伝えたんく

日々の何気ないできごとに感じた幸せ

そろそろ・・・

2008-10-16 22:47:23 | 言いたんく

そろそろ勉強しようと思う。
コンピューターのね。
ワードでテキストの入力
エクセルで表計算
音も録音すれば、映像も編集する。
画像はもちろん好きにできる。

と、ざっとこれだけ出来るようになったのかなぁ。

まだ未踏の領域がある。
それはエクセルのVBAだ。
コンピュータ語を操り、自分でプログラミングするアプリケーションである。
VBAはビュジュアル・ベーシック・フォァ・アプリケーションのことで、この言語を使ってオフィスのアプリケーションが作られているのだ。

写真は技術評論社のエクセルVBAのテキストだ。
なんとエクセル2000の時代に買ったものだ。
8年間、日の目を水に本棚を守っていてくれたやつだ。

これにいよいよ取り組んでみようと思う。

人間は、何事を身につけるにも最初が一番大変である。
特に経験則のない分野においては、初心者の時に経験した苦労を再びしたくないと思う。この時期を乗り越えてこそ楽しい時間が待っているのだが、それを辛抱できない根性無しになっているのも事実である。

何かの本に書いてあった。もちろん買って読んだのではない。
毎日30分だ。毎日絶やすことなく30分取り組むことで、課題を解決することができるという本だ。

そんなに短い時間で大丈夫なのと思う方もいらっしゃるかもしれない。
しかしものは考えようだ。
30分間、腕立て伏せができるか。
30分間、懸垂をすることができるか。
そんなことは、特別な人でしかできないものだ。
それよりも「そんなに長く」と思うだろう。

毎日30分。何があっても30分。分らなくても30分。
取り組んでいるうちに見えてくるものもある。
今現在はVBAに対するものさしを持っていない自分だ。
大変そうだ。はたして自分にできるかと思っても不思議ではない。
しかし、現在身につけた様々なことについても最初は見通しが立たなかったではないか。

この本が1冊終わる頃には、何かを見につけていることだろう。
しかし、ゆきたんくの趣味の1つ、ホームページ作りをするのに使っているアプリケーション(ホームベージビルダー7)のマニュアル本を全部見てはいない。
必要な所だけ取り出して満足できるホームページが作れている。

まずは仕事がらみで、必要な事柄からやりますか。

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何でしょう。

2008-10-15 23:48:25 | スポーツ

ゆきたんくと長男のオーちゃんはハンマー投げが専門種目だ。
もちろんゆきたんくは引退している。
おーちゃんは、後1年の現役を頑張ろうとしている。

そんな2人に、それぞれのスターはちゃんといる。
ゆきたんくは室伏重信氏。
おーちゃんは室伏広治選手。

写真はアテネ五輪で金メダルを獲得した年のものだ。
室伏広治選手の母校、成田高等学校にあった横断幕達である。
室伏選手のだけ縦で別格扱いだ。

その金メダルは、試合終了時の記録が一番良かったハンガリーのアヌシュ選手のドーピング失格によって繰り上がったものだ。
そのアヌシュ選手は、室伏選手が世界歴代3位の記録を投げた試合に出場している。そして大記録樹立後の室伏と抱き合って喜んでいるのだ。
そのアヌシュ選手は、陸上競技の世界から永久追放の身だ。

そして今年は北京五輪があった。
室伏選手は5位入賞。
しかし、ベラルーシの2選手がドーピング検査により失格になる可能性がある。そうなれば室伏選手は銅メダルを手に入れることになる。
その2選手は、室伏選手を世界歴代3位から5位にした選手たちである。
そのうちの一人は世界記録にあと1cmに迫った世界選手権3連覇をなしとげたイワン・ティホン選手だ。

記憶に新しい昨年大阪で行われた世界選手権で6投目に大逆転劇を演じ、アナウンサーに「さすが86mスローワー」と言わしめた選手である。
そして試合が終了すればノーサイド。ホスト国の代表選手である室伏選手と一緒にウイニングランを走った親友だ。

今度メダルを獲得することになれば、実績は上がるが友人を失ってしまう恐れがある。手放しで喜べないメダルの獲得が2大会連続である。もうロンドン五輪の時には37歳になってしまう室伏選手に再浮上を望むのは酷だろう。
父親は37歳の時に自己新記録を出して「中年の星」と呼ばれていたことがあるが、その時とは状況が違う。

世界に名を残すハンマースローワーとして満足の行くオリンピックがあったのだろうか。ハンマー投げに取り組む姿勢精神は枯淡の域に達してはいるが、気持ちのよい結果に恵まれなかったことは本当にかわいそうな選手である。
 彼の博士論文に著した理論を、自分で検証するつもりだったろう室伏広治選手も体はもうボロボロだという。せめて今後に彼の理論を実践できる選手が出てくることを祈らずにはいられない。

 室伏親子はとは記録も、競技レベルも比較することができないゆきたんく親子ではあるが、平凡な幸せを味わっていることに関しては感謝である。

しかしね、IOCの方々は早くすっきりしてあげないと、室伏選手が気の毒に思います。

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旅の楽しみ26…千葉県南房総市

2008-10-14 20:33:41 | 

「いやぁ、旅の楽しみは食い物さ!」と言い切る御仁がいる。
ゆきたんくはもちろん賛成である。
食い物は、とれたその地で食べるのが最高だからだ。
まあ魚などは遠くで泳いでいるのだが、水揚げされた地で食べるのがいい。

今年の3月に職場の上司が定年を迎えた。
ゆきたんくの数少ない尊敬できる上司である。
その上司の故郷である千葉県は南房総市の千倉に行った。

ゆきたんくと同僚のS氏は、若手のアンダー30に対抗して、オーバー80なる団体を作った。とは言っても一人抜け、二人抜けとこの時点で二人である。
ところでオーバー80’sというのはもちろん年齢ではない。
体重である。80㎏以上の人ならば誰でも入れるのである。
もちろん食いしん坊でもある。
かっこよく言えば美食家だい。

 上司の故郷では、上司の兄が食べ物屋を経営しているという。
名前は「天作(てんさく)」だ。

昼時に行ったのでお客で一杯だ。
予約席に職場の仲間と座る。
ゆきたんくとS氏と上司は同じテーブルだ。

まず前菜とばかり出てきたのが・・・


金目の煮付けだ。体長30cmの大きいやつだ。

それが、オーバー80'sにかかるとものの数分で・・・


この有様だ。もちろん目玉もしゃぶりつくしている。

それで食欲に火がついたオーバー80'sだ。
次の食べ物を待つ間も、お品書きや店内のメニューポスターに目を泳がす。


超豪華なてんぷら刺身定食だ。

定食が来た。これで足りるわけがない(笑)
ここでオーバー80'sは意気投合。
あの金目の煮汁の味が忘れられない。
そこで一計。
ご飯はもちろんお代わりする予定のオーバー80's。

一杯目を刺身で美味しくいただく。

・・・お代わりをいただく。
煮汁のリクエストをして、二杯目を煮汁ご飯にいていただく。
なんと煮汁は丼いっぱいに出してくれたのである。


金目の旨みたっぷりの煮汁ご飯。
モデルはS氏だ。腹を引っ込めるんじゃない!

煮汁ご飯をつゆだくでいただく。

・・・・・・お代わりをいただく(笑)

 残しておいたてんぷらをご飯に乗せ、金目の煮汁をたっぷりとかけて天丼にして美味しくいただく。


金目の煮汁天丼だ。

 もういうことはない、魚の美味いところで魚の旨みたっぷりの食事をいただいたのだ。ただ1つの難点は、ご飯が美味すぎて帰り道眠くなったことだけだ。
 幸せな一時を過ごすことができたのは、天作のご主人はもとよりお店の方々にも感謝感謝である。そして上司にも感謝である。本当に有り難いことだ。

さて、ここで一言言わせていただきたい。

「いやぁ、旅の楽しみは食い物さ!」

 

天作
天作の場所
千葉県南房総市千倉町大川964
ご主人の作ったホームページ

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思い出になった味

2008-10-13 22:48:00 | マイグルメ

 東京都の水元公園近くにゆきたんくの好きなラーメン屋さんがあった。 
残念ながら、閉店してしまったが研究熱心なご主人の姿は目に焼きついている。

和食を追求したしょうゆらーめん。
 かつおのきいたスープに細い麺が美味しかった。


洋食の技法がスープに生きているみそらーめん。
 ついに正体が分らなかったスープの秘密。友達と行くと、その友達はみそしかたべなかった。


油そばに似ているまるきゅうそば(写真)。
 葱油(つぉんゆ)の香りとラー醤の香りがたまらなかった。
 ちなみにゆきたんくは、いつもこれを食べていた。


まるきゅうそば大盛り
これにチャーシューとバターのトッピングが好きだった。

 行き始めのころは、おにぎりもおいてあった。
ボールにすだれを敷き、その上にラップに包んだおにぎりと味付け卵が置いてあるのだ。おにぎりは三種類あって、塩結びに海苔、ふりかけまぶし、味噌にぎりだ。
 この味噌にぎりの味が秀逸で、味付け卵と一緒にいつも食べていた。


味付け卵
丁寧にラップでくるんである。

 ある土曜日、いつものように友達と連れ立って「丸久」に出かけた。
その日は定休日ではなかった。シャッターに何か貼ってある。車を停め、見に行った。そして目に飛び込んできた字は・・・

「テナント募集」

 目を疑った。つい先日まで元気な姿を見せていたご主人がいた。
客もそんなに多いわけではないが、途切れることはなかった。
なぜ閉店されたのだろう。
 丸久の近所に知り合いがいる訳でもなく、インターネットを見た。

 ネットからは体調を崩して閉店されたということが分った。
50代半ばにしては、歳よりも若く元気に見えたご主人。
いったいどうしたのだろう。
今となっては知る由もない。

 自分の舌に刻まれた「まるきゅうそば」の味を、ゆきたんくの脳みそは欲しがっている。今一度丸久らーめんを味わいたいのだ。

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旅の楽しみ25…ホームページ作り

2008-10-12 23:58:54 | 

やあ、インドネシア2007-08ができあがった。

冒頭の写真は成田に向かう旅客機の窓からの風景だ。
朝焼けが見え、そろそろ日の出を待つばかりの時間帯だ。

この時に思っていたことは、「ようやく旅が終わる。」と言った気分だ。
インドネシアのページが出来上がった今の気分に似ている。

ところで、今まで言ったことのある場所は大体旅の本を見れば分る所が多かった。
 今回のインドネシアは何度も書いてはいるが、インドネシア在住の義兄夫婦の案内により楽しむことができたのである。

インドネシアについては旅の本は、そんなに細かくは書いていない。また、観光地で人気のバリ島の本はよく出ているが、インドネシアという題の本は、「地球の歩き方」のみであった。


地球の歩き方

 他にも本を探してみたが、使えそうだと思ったのは、「バリ島(るるぶ)」という本に副題でボロブドゥールとあったやつだ。ボロブドゥールについては地球の歩き方より詳しく載っていた。


バリ島(るるぶ)

 しかし今回大活躍してくれたのは、帰国時に閉店間際の売店で仕入れた地図である。アジアで一番売れている地図らしいが、ゆきたんくは初めての遭遇だった。

 それがこれだ。
Periplus Travel Mapsだ。


ジョグジャカルタ編

 なんて言ってもグーグルで道の名前や地名が分らない時は目が点になったが、この地図のおかげで知ることができた。ホームページとグーグルマップのリンクをすることができたのもこの地図のおかげだ。


ジャカルタ編

 こちらがジャカルタ編。
入り組んでいる細かい道の名前が調べやすかった。

 ホームページ作りをすることが、旅をおさらいすることになるので記憶もよりはっきりしてくる。ちょっと早いがぼけ防止にはなりそうだ。

そうそう、Periplus Travel MapsのURLを今日(10/12)初めて見た。
ここに紹介する。

https://peripluspublishinggroup.com/periplus/

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旅の楽しみ24…宗教

2008-10-11 23:26:55 | 

今日の題材は宗教施設。
自分の宗教の好みの話ではない。
以前ロシアに出張していた高校の同級生から写真をもらった。
その解説は旅たんくの友達編を見ていただくと分りやすい。

 ロシアのクレムリンの中にロシア正教教会とモスクの異宗教の施設があることが不思議だと述べておられた。


クレムリン内のキリスト正教教会


クレムリン内のモスク

 宗教に疎い代表と言われることもある日本人。
ゆきたんくはその日本人の一人である。
他国の人間がどんな気持ちで宗教をやっているか考えることがたまにある。
信じるものの違い、その思い、時には宗教闘争と言って命をかけた闘いをする方々もいる。「そんなの仲良くやればいいじゃないか」という日本人的な発想は通用しない。諸外国の方々は、日本人のその部分を小ざかしいと思っている訳だから。

 ところで、異宗教の施設が近くにある光景をインドネシアでも見た。
ロシアのようにクレムリンの中ではないが道を隔ててすぐの所である。


ジャカルタのカテドラル


ムルデカ広場から見たインスティクラル・モスク

 キリスト教(カトリック)の大聖堂とイスラム教のモスクが日本風に言えば、〇〇市〇〇町〇丁目まで同じような所に経っているのである。

 インドネシアで言えば、全人口のうち87%がイスラム教、プロテスタントが6%、カトリックが4%、ヒンドゥー教が1.8%、仏教が0.3%等ほぼ100%の人たちが自分の信じる宗教がある。

 10/2の投稿で書いたが、イギリスでは英国国教会85%、カトリック10%、バプティスト3%、で他にイスラム今日、ヒンズー教、ユダヤ教等と、これも100%に近い。

 つまりは国民の誰もが自分の信じる宗教を持っているのが当たり前だということだ。そういう意味では日本は特異であるかもしれない。
 友達が不思議だと、思ったことをゆきたんくも不思議だと思ったからだ。

 外国では日常的な祈りはもちろん、礼拝やミサに預かることが当たり前なのである。真面目だと言われる日本人ではあるが、宗教に関しては節操がない。また、信教の自由として公立学校では宗教の授業はない。一部の私立学校において行われているだけだ。

 だから、お宮参りは(神道)で、結婚式はキリスト教式(教会)で、葬式は仏教でなんてことが出てくるわけだ。
 日本人が不思議に思うことは、諸外国では当たり前のことなのだろう。
 (日本とは全く逆の発想で、信教の自由のない国もある。中華人民共和国は信教について制限をされている。仏教徒とキリスト教徒がわずかにいるだげてある)

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旅の楽しみ23…羽田→高知龍馬

2008-10-10 23:38:02 | 

いやぁ、「便利になったねぇ」と思ったこと。
今年の夏の旅行は四国行きだった。
HISさんに予約をとって、送られてきた書類の通りにすればよいとのこと。

書類に書いてある記号・番号を入力する場所があると・・・


あれか・・・


電車等の券売機とほとんど変わらないと思う
液晶・タッチパネル式だ。

 簡単に搭乗券を手にし、出発ゲートへ向かう。
飛行機には国内外含めて何度か乗ったことがあるがこんなに簡単だったのか。
もっとも、自分で手続きをした覚えが殆どないので。

 前回の飛行機に乗った旅行はインドネシアだった。
 成田空港でどんな手続きをしたかは覚えていない。
というよりも、海外旅行の際は、待ち時間もさることながら、荷物を載せる手配が加わったり、切符を手に入れる場所に人が沢山並んでいたりすることに気をとられていると思うのだ。

 美味いラーメン、行列のできるラーメン店に行ったことがあるが、食べる時間の何倍も並んでいるのだから、味なんて記憶に残ることは少ない。友達と一緒に行ったことやその時の楽しい雰囲気の記憶が強く、その時に食べたラーメンだから記憶に残っているのだ。残念ながら味は記憶に残っていない。搭乗券購入は、それと似ているとこじつけさせてもらった。


出発ゲートまで来ると、見やすい液晶掲示板でご案内である。
行き先の気温まで出ている

そして飛行機嫌いのゆきたんくでも、これだけは好きという、窓からの眺め。
いつでも青空と雲である。
雨雲のはるか上を飛んでいるから当たり前の話ではあるが・・・


到着後の機内。


降りる時の一枚。
しかし小さい飛行機だったこと。
座席(2×2)を考えると新幹線並みの空間だ。
ボーイング737だったっけ。


到着ゲートの窓からの一枚
ここまでくれば墜落の心配はなし。

 あっ、券を手に入れる話だった。すぐずれちゃうんだよなぁ。
手続きが随分簡単になったと思うゆきたんくである。

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旅の楽しみ22…気遣い インドネシア

2008-10-09 23:42:25 | 

 インドネシアのジャカルタ義兄宅で目を覚ますのは4日目である。
 朝4時30分、測ったように(測っているっちゅーの)目の前にあるモスクのスピーカーからコーランが流れる。
 イスラムの方々はとても熱心に信仰活動に取り組んでいることが分る。


義兄アパートメント近くのモスク

 いわば、インドネシアでイスラム教を信仰されている方々の1日の始まりと言ってもよい。信仰の教義に則って1日の生活が始まるのだ。

 この日はインドネシア最終日、最後の朝食を口にする時がやってきた。
テレビは日本の宝塚を映している。


テレビの宝塚だ。

 お雑煮に似た食べ物が目の前にあった。
メイドさんに聞くと「オゾウニ」という声が返ってきた。
テレビに目を移すと宝塚が映っている。

「オゾウニノアジハドウ」

メイドさんはインドネシアの方だ。お雑煮の味を詳しく知るわけはない。
しかし、雑煮の味は少し甘口で美味しかった。

「〇〇〇さん、トリマカシ(ありがとう)」と言っておかわりをした。

 そして、ゆきたんくとおーちゃんが食事のテーブルに着く前から宝塚のテレビがついていたということは・・・

 日本人の我らが喜ぶように気遣ってくれたのだと思う。
インドネシア特有の、甘口醤油のお雑煮は不思議な美味さだ。

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柏市の戦争遺跡01…点と線

2008-10-08 23:56:30 | 戦争遺跡

ゆきたんくの特技の一つなのか・・・。
友達が言うにはゆきたんくの車に乗ると楽しいと言う。
その訳は、目的地に着くまでに渋滞があったり、やけに信号に引っかかったりした時には、通常のルートを通らないというゆきたんくのイプサム。
そう、通ったことの無い道を通ることが「楽しい」の秘密なのだ。
と友達は言う。

 これを特技というのならば、最初からそういうことが出来たわけではない。
 車に乗りたてのころのことだ。ゆきたんくはどうしても狭い道を通るのが好きだった。そう名前は思い出せないが、以前テレビでやっていた番組に「イライラ棒」というのが登場する。巨大な双六を立てたみたいなやつがあって、スタートからゴールまで溝に沿って棒を動かすやつ。その溝の端に触れると電流が流れて火花が散り、ゲーム修了ってやつ。あれのように狭い道を車で通るのである。

よって、山道の坂の部分に乗り入れ、レッカー車を2台呼んだこともあった。
入ったら、角にはまってしまい出れなくなったこともあった。(1時間後に脱出した)
見たことあるような景色にリードされ、とんでもない所に着いた。などなどだ。

まだまだあるのだが、とにかくそういう経験をしたということ。
ある日紛れ込んだ道を、引き返さずにどんどん行くと、かつて行き止まりだと思って引き返した道に出たことがあった。
 「なんだ、この道ここに出るのか。」
宝物か見つかったかのように楽しかった。それから、堰を切ったように宝物はどんどん見つかった。


柏公園近くの標柱
文字が読めない。しかし御影石製の陸軍様のものだ。

 

上の写真は、冒頭の写真と道を挟んで並んでいる標柱のものだ。
両者とも標柱の字は読めなかった。きっと隠れている面に字があるかもしれないと思い、その日は読むのをあきらめた。2005.11/23のことであった。


柏公園入り口近くの標柱。2008.8/14

 

柏公園標柱1
陸軍文字入り境界標柱の位置

 それから約3年、標柱には「陸軍」の文字がはっきりと彫られているものが見つかった。陸軍の境界標柱には似ているが、「陸軍」の字が確認できなかったばかりに謎の標柱として自分の中に残されていた物件だ。その物件は名称入り境界標柱のあった道沿いにあったものだ。

謎の境界標柱
謎の境界標柱の位置
このピンを挟んで2本ある。

 3年ぶりに胸のつかえが取れた気がした。
分っているようで、分っていないものがあると時々頭の中でその物件が浮かんでは消えることがある。ありていに言えば化けてでるというやつだ。まあお化けでないのが幸いではある。

 点だったものが、はっきりとした物件が出てくることで線になる。今ゆきたんくは柏公園について調査中だ。陸軍の境界標柱が発見できたこと。柏公園の入り口の柱が太くて、他ではあまりみられないこと。そして近くの広い土地を持つ施設といえば柏公園や周囲の施設を含む広大な土地があるということ。
 せっかく引けた線を長くしてみたいものだ。

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旅の楽しみ21…千葉県柏市(旧沼南町)

2008-10-07 23:18:47 | 

昨日は愛猫ジローの死がショックだった。
女房のニャンは夜中悲しそうな声でつぶやくように鳴いて(泣いて)いた。
いつもはゆきたんくを見ると、すぐに逃げるミーも呼ぶとこっちへくる。
何かいつもと違う空気が家を支配していた。

今日は荼毘と納骨が済んだことをご報告する。

今日のお題は、「旅の楽しみ」である。
しかし、人間はショックを受けると急に記憶が蘇ることがあるものだ。
何があったか。

ジローそっくりの猫に遇ったのだ。
というよりも、偶然あった猫がジローにそっくりだと思ったのだ。

その場所は柏市の泉にある手賀西小学校のすぐ脇だ。
旧沼南町の史跡めぐりをしていて、「おせし様」を見つけた時のことだ。
おしせ様のすぐ横に猫がいたのだ。ジローに似ていたので写真を撮れたのがこれだ。


ジローに似ていた猫

しかし、手賀西小学校まではすぐに分った。
そこから先は車を停めて、少し探した。
小学校のグラウンド前の道はティー字路になっている。
垂直ではなく、すこし斜めになっている。
 その鋭角の、そう図形作成の時に角度を書き入れる部分に「おせし様」はいらっしゃったのだ。

 おせし様は「勢至」と書くが、緑泥片岩を使ったもののおおい、板碑の一種だ。卒塔婆の1つと考えてもよいが、ここのお勢至様は卒塔婆としての板碑と、青面金剛に代表される庚申信仰の庚申が合わさったものだという。風除けの茶が備えられているようだ。


おせし様のいらっしゃった場所
左側、道を下った先に手賀西小学校の校庭が見える。

 
おせし様が見える。
かわいい階段を上るのだ
寒さ除けの藁帽子がかわいい。

おしせ様
手賀西小学校徒歩0分だ。

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さようならジロー

2008-10-06 22:44:19 | 言いたんく

 写真は我が家のネコトリオのうちの一匹、ジローだ。9/27の「親の愛情って」で登場したオスのキジトラである。
 そのジローが昨日入院し、他界した。
 我が家には11年いた。家族同様だった。
 悔やまれるのは、先日玄関のドアが半ドアになっていたために外へ飛び出したことだ。夜遅く帰ってきて、それから具合が悪くなった。人間でいえば老人である。
 死因は腎不全。この手の種類のネコには多いようだ。餌も指定の餌を与えないとすぐに尿管づまりのために排尿できず、全身が衰弱する。
 仕事があったとはいえ、自分の都合を優先したために手遅れになったと思っている。本当に申し訳ない。

 ジローは、鳴き声に特徴があり、まるでしゃべっているようだった。ついに録音することが無かったのが悔やまれる。心は優しいやつだった。穏やかなやつだった。


ニャンとの間に設けた子のお守りをするジロー

 この写真は10年前のものだ。子猫にだんだん体力がついてきて、満足に寝ることもできなかったジローである。すぐに子猫が起こすのだ。しかし、優しくなめたり、かごから落ちないように手で押さえてあげたりしていた。


新しい家族のミーと食事。

 ミーには1つの餌場、ジローはわざわざニャンの横に行って食べていたのが思い出される。



ミーには頼りになる兄貴だったか・・・

 幼いミーはいつもジローにちょっかいを出していた。ジローも上手に相手をしていたと思う。ただおいたが過ぎると「シャー」、びびるミーである。


時には揃って寝ていたのだ。

 


冬、ハロゲンランプの前で

ジローお気に入りのアイテムだ。これが出るとその前からは動かない。
温かいのが好きだったようだ。

しかし、この姿はもう見ることできないし、その声を聞くこともない。

この11年間、安らぎを与えてくれた猫のジロー。
安らかに眠ってくれたまえ。

本当に、有難う。

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他県の戦争遺跡…福島県

2008-10-05 23:51:50 | 戦争遺跡

いきなり他県じゃ分らないよね。
ゆきたんくの現在の地元は、もう20年以上も住んでいる千葉県だ。

ところで今日紹介する遺跡は、造られたばかりのようなピカピカの碑だ。
8月中旬に友人の親御さんが亡くなったので告別式に出席した時に出会ったものだ。

 場所は福島県南会津町。冬になると雪が多く、小さい頃からスキーが上手くなる地域だ。


道路にある融雪孔

 写真などでは見たことがある、と言い切っていいだろう。どこかで見たことがあるような記がするが、その場所を全く思い出せないのだ。であれば、テレビか、本で見たのを実際に見たの勘違いしているはずだ。この施設があるのは雪の多い地方だ。そして人手が足りなくてもよい所でもある。


山に吸い込まれるような道路。
しっかりと融雪孔がある。

 三方を山に囲まれているこの地域は喉かな田園地帯だ。
友達には失礼な言い方になるが、県の中心からは随分と離れている地でもある。
そこに戦争に出征する軍馬の碑は似合わない。
実際に発見した時にはドキッとしたものだ。
軍馬が育てられ、出征していくのならば、ここらで牧場があったのではないか。
残念ながら、馬を育てるにはとても格好の地であると思ったゆきたんくである。
冬は深い雪の中を歩く訓練もできる。何も太平洋戦争に限ったことではない。
日露戦争であれば、寒い時期は雪の中で活躍することだろう。

 つい先ほど「軍馬の碑は似合わない」と書いたばかりなのに、悲しいつじつま合わせをしているゆきたんくである。


素敵な青空や自然の中でドライブした。

 戦争の語り手がどんどん減ってきている昨今、時間があればご老人を探してインタビューしたかったゆきたんくだ。また近いうちに訪れたい所である。

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旨い!

2008-10-04 23:52:34 | マイグルメ

 今年もまた待ちに待った季節がやってきた。
そう、今は秋、誰もいないう・・・・。

違う、秋だ。収穫の秋だ。
そして、何を待っていたか。
「米」である。
ただの米とは違う。
稲作のメッカ(本当か?)茨城県は稲敷郡河内町の田んぼでとれた米である。

その田んぼの持ち主は、ゆきたんくである。
正確には私の父親が持っていた田んぼを、ゆきたんくが譲り受けたものだ。


ひろびろとした田んぼ

 茨城県稲敷郡といえば、美味い米が取れることで有名なのだ。

 亡くなった父が言っていたが、「河内の米はおかずがいらない。」ほど旨いのだそうだ。もっとも普段から河内の米を食べていたから、「河内の米を食べてもいつも通りという評価になってしまう。今は子供達も大きくなり、米をがんがん食べるようになると、いつも頂いている量では足りない。買って食べるようになるが、その時に初めて「今まで」食べていた米の旨さを確認することができるのだ。


夏の青空と、緑の田んぼのコントラスト

 宮内庁ご用達の米は、茨城県稲敷郡河内町の米と聞いたことがあるが、確かめてはいない。しかし市町村の境に、町の誇れるものを「ようこそ〇〇市へ」なんて看板と一緒に表示があるのを見たことがあるだろう。

 河内町は「おかずなしで食べれる おいしい お米」という看板がある。ゆきたんくが小さい頃父親が聞かせてくれたフレーズだ。

 毎年180kg。味わって食べるぞぉ~。

 


道路の他は、稲の緑、緑、緑

 この通り沿いに、ゆきたんくの田んぼはあるのだ。

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1周年

2008-10-03 20:42:56 | 言いたんく

 今日10月3日は、ゆきたんくのgooブログデビューの日だ。
もちろんそれ以前の日にちの投稿もあるのだが、それは後からつけたしたものだ。
 正真正銘の最初の日が10月3日なのである。
そして10月30日からは連続して投稿している。
 作成途中で草稿(下書き)にして日にちを跨いでしまったものについては調整させていただいたが、ほぼコンスタントに投稿することができた。
 途中、年末年始の1週間をインドネシアで過ごしたので投稿できないと思っていた。
自分の携帯電話が国際電話に対応していなかったからである。
 しかし、INDSATの表示が出て、電話をかけるのとメール送信ができることがわかったので、短い文だが投稿することができた。

 特にジャンルで分類はしていない。全てweblog形式になっている。

 
スポーツシリーズ


自分のサイト「幸たんく」の紹介


芸術シリーズ


音楽シリーズ


仕事シリーズ

 


国内旅行シリーズ


時事ネタ


海外旅行シリーズ

 


発見ネタ

 以上様々なネタで更新ができた次第である。これからもよろしくお願いしたい。

 

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旅の楽しみ20…UKソールズベリ大聖堂

2008-10-02 23:01:39 | 

 旅の楽しみの1つに神社仏閣めぐりがある。
そんな名刹はヨーロッパの方では、教会が多いのではないだろうか。
 写真はイギリスのソールズベリ大聖堂だ。私達日本人には馴染み深くはないが、正式にはグレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国(UK…The United Kingdom of Great Britain & Northern Ireland)と呼ぶのだそうだ。この4つの国からなる連合王国のことを私達は一般的にイギリスと呼んでいるのだ。それはイングランドから変化したものだから、世界では通用しないのだ。

 そのイングランドで一番高い123mの尖塔(とがった塔)を持つのが写真のソールズベリ大聖堂だ。ソールズベリという名前で有名なのは、世界遺産にも登録されているストーンヘンジだ。ゆきたんくは、一番にウッドヘンジ(ストーンヘンジの前に祭事に使われていたという)とストーンヘンジを楽しみにしていた。ソールズベリ大聖堂はちょっと寄るだけのつもりだったのが、女性というのはこっちの方が好きなようで…

 ところでイギリスは英国国教会85%、カトリック10%、バプティスト3%、で他にイスラム今日、ヒンズー教、ユダヤ教の信者がいる。この大聖堂は英国国教会管理のものだ。


大聖堂西側

 なんて広いのだろう。教会と大聖堂はどこが違うのか。
 教会というと小さい建物、大聖堂は大きな建物と簡単に位置づけるわけにはいかない。元々教会というのは建物を指すのではなく、人々の集まりのことを指すからだ。大聖堂はカトリックでいうと教区の司教がいる建物を指すという。

 ここソールズベリ大聖堂はもともとはカトリック教会であったが、1531年に、ヘンリー8世をイングランドの首長であるとイングランドの聖職者達が認め、エリザベス1世の時代の1559年に、正式にローマ教皇庁から離れ、独立した教会となった。

 となればプロテスタントだが、教義的な問題でなく、政治的な問題により分裂したため、典礼的にはカトリックとの共通点が多いという。

  


大聖堂北側。椅子の下には聖人が眠っている。

 
大聖堂東側、壁にパイプオルガンが見える。



大聖堂南側だ。こちらには告解の部屋があった


大聖堂中央にある説教台

 すごく広い大聖堂だ。中央にあめ説教台からの話は隅まで届いたのだろうか。

 


中庭だ。中央に2本の木が葉を広げてバラソルになっている。

 イングランド1と記したが、イギリスで一番尖塔の高い大聖堂だそうだ。できるだけ神に近づこうとした訳だ。

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