その日暮らし

田舎に暮らすこの虫は「カネ、カネ、カネ」と鳴くという。

雲と自由が棲むという里で百姓に成りきれるかな?

曲がりなりにも…

2021-09-08 08:37:30 | 転職

「曲がりなりにも」生きている^^;

「コロナは曲がりなりにも収束し…。」と麻生財務大臣が、菅総理不出馬の心情を代弁し、またまた炎上してしまっているようでありますなぁ^^;
「曲がりなりにも」という表現は、「十分とまではいかないが…」というニュアンスを含む言葉であるから、あながち間違った表現とも思えないのだが…「コロナ感染者の第五波は曲がりなりにも収束に向かいつつあり…。」とでも表現すればマスコミに噛みつかれることも無かったのだろうか?
『おやじぃ』を含めた庶民の勝手な発言と違って、社会的地位の高い方々の「言葉」は影響力があるから、そのひと言ひと言には注意が必要ではあるのだろうけれど、最近は「言葉尻」を捕らえることに『全集中』されているようにも見えますけれどねぇ…。むしろ、総裁選に立候補を表明されている某氏の「国民に寄り添った政治の実現」などという言う『お耳に優しい言葉』には一切噛みついたりはしない。「国民に寄り添う。」ってどういうこと?あれやこれやと出て来る「国民の要求」には、何でも応えてくれるということでしょうか?…「寄り添う」とは、本来、「そばに寄る」「もたれかかる」という意味だから、一国の総理大臣がそばに寄られても気色悪いし、むしろ「国民にさらにもたれかかって、難局を打開していきます。」なんて発信されているようで薄気味悪いのでありますよ。これって究極の「言葉狩り」「言葉尻を捕らえた」解釈でありますなぁ^^;


肌寒い夜には名物『ひっぱりうどん』で…

「味方千人敵千人」…「秋田県イチゴ農家の長男で叩き上げの苦労人、酒煙草を嗜まず、パンケーキ好きの気さくなオジサン」なんてね、「苦労人は人に優しい」って誰が決めたの?(当然、人を出し抜いて這い上がって来たとも受け取れる。)酒煙草は罪悪かい?(結構な国税払っているんですけれど。)勝手に人物像を作り上げ、とことん持ち上げてから奈落の底に陥れる…何かなぁ、こんな風潮に嫌気が差してきましたよ。
「今は、これは出来るが、残念ながらそれは出来ない。」とリーダーは言ってはいけないのかなぁ?曖昧なままに要求を丸飲みし、曖昧な結果でお茶を濁す…何だかんだと言いながら、前進したのか停滞しているのか後退しているのかさえ分からない。
『おやじぃ』は、早期退職して「曲がりなりにも生きている。」…夜のおつまみが「A5ランクの国産牛」であっても、地元名物「ひっぱりうどん」であっても、そこそこに満足して夜の眠りにつけるから、「曲がりなりにも幸せ」を感じながら生きている。残りの人生それでも十分と感じている人間だもの^^; むしろ、これからを背負わされる「若者世代」に回されるツケの方が心配だわ…「選ぶ」ということを放棄してきた訳ではないけれど、それでも時の風に流されてきたような気がする。だから、「若者世代」が未来を選択して欲しいと願うのでありますが、「選択すべき人」が居ないんじゃねぇ…「曲がりなりにも幸せ」を感じられる選択(責任)をしてちょうだいね!自己逃避(笑)

コメント
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