「大人なら素直にだまされてやるかぁ^^;」
9月下旬となり、加工用のナンバンも成長が止まってしまったようであります。それでも2時間ほど腰を屈めながら収穫し、時給単価ほどの量は確保できました。お隣の『善助さん』ちの田んぼでは、息子たちが大型コンバインで稲刈り作業…こちらはチマチマと「婦女子がする」ような摘み取り作業でありますよ。子どもの頃から、祖母やお袋、姉たちと細々とした畑の収穫作業を手伝っていたから、「男のくせに」『おやじぃ』は、こういう作業は得意なのかも知れない。そして、2時間もの間、「哲学」する…「早期退職、そして転職とは何だったのか?」なんてね^^;
さて、高校時代に曽野綾子さんの「二十一歳の父」という小説を読み、丁度、時を同じくしてNHKの「銀河ドラマ小説」で放映されていた。(この小説が1963年作であることや映画化されていたことは今朝まで知らなかった^^;)エンディング曲にビートルズの「イエスタデイ」が流れ、吉沢京子さんが盲目の妻を演じ、主人公が「基次」という名前だったという朧げな記憶しかないのであるけれど、「顔を洗わなくても朝ご飯が食べられる生活」という主人公のセリフだけが記憶に残っている。
そうである。早期退職によって、毎朝、髭も剃らず、鬱陶しく首を絞めつけるネクタイから解放された生活を送れるようになった。何とか専従者・長男『ポン太郎君』のお給金だけは支払えるだけの資金収支にはなってきた…事業主の蓄えは、当然目減りしているけれど^^;
「燕雀 安(いずく)んぞ鴻鵠の志を知らんや」
そして、ドラマの中で妻を亡くした「基次」に兄が掛けた言葉だけは鮮明に覚えている。血気盛んな高校生にしてみれば、学業成績の振るわない「燕雀」が果たして「鴻(おおとり)」を目指したのかどうかは語るまい…歳を重ねて、日々の食を求めてあくせくしている「燕雀」も悪くはないなどと思い始めている。(志をどこかに置き忘れてしまっている^^;)
そうそう、人気作家である「曽野綾子さん」の小説は、この一編しか読んでいない。「二十一歳の父」には社会の不条理を感じ、また、作者の優しい視点も少しは感じたのだけれど、中教審委員などを務め始められた頃からは、漏れ伝わる話題で、彼女の人物像を勝手に作り上げ、読もうと言う意識さえ押し殺しているような気もするけれど…。(弱者や女性に意外にもキツイ発言をされているようなのだけれど、恐らくは自立した女性として、己に厳しい側面も持たれているに違いない…これまた、勝手な想像です^^;)
「国を守る。」…他国から蹂躙されることを、只々指をくわえて眺めていようとは『おやじぃ』も思わないけれど、ある意味で威勢の良い女性総裁候補は、「愛国婦人会」の香りさえ漂わせている。(これもまた勝手な思い込みです。)「小人物に大人物の考え方や志がわかるはずもない。」分かろうとも思わない…「兵器(抑止力)」は作っただけでは無用の長物なんだよなぁ…使わなければ、次の生産の目途が立たないもの^^; こうして2時間の「哲学」は終了する…「そんなに気色ばんで強がらなくても良いんじゃないかなぁ?」「戦後強くなったのは女性とストッキングである。」…などというフレーズもありましたけれど、女性は元々、芯が強いですよ。元々、芯などというものがない『おやじぃ』は、失うものも無いけれどね(笑)