
2020年 6月15日に起きた出来事は、陸上自衛隊にとって青天の霹靂だった。この日、防衛相の河野太郎が、秋田県と山口県に配備を予定していた地上配備型迎撃システム「イージスアショア」について、配備断念の重大発表を行った。
アショアは弾道ミサイル防衛(BMD)を強化するため、17年末に導入を決めた装備。
高高度でのミサイル迎撃はイージス艦のみが担っていたが、地上で迎撃ミサイルを発射する体制を整えることで、海上自衛隊のイージス艦がBMDだけでなく、敵の航空機や巡航ミサイルを警戒する防空任務に当たれるようにすると同時に、地上の利を生かして24時間365日態勢で警戒する狙いがあった。
しかし、防衛省は地元に対し、迎撃ミサイルの発射後に弾頭から切り離されるブースターが陸自演習場に落ちるよう設計すると説明していたが、実際はそれが難しい。演習場に落ちるようにするため、改修に10年以上の時間と多額の経費が必要となることが判明。
5、6年で運用を開始する予定だったが、さらに10年の遅れが生じるとなれば北朝鮮が開発する変則軌道の極超音速ミサイルに対応できない恐れもあった。
経費が高額すぎるとしてアショア配備に否定的な立場だった河野大臣は、即座に配備断念を決断。
首相の安倍晋三、官房長官の菅義偉に報告し、配備断念に向けた調整が進んだ。
「バクチョウ、大変です。大臣がアショアを見送るって言っています」
「バクチョウ」とは、陸海空自衛隊の各トップである幕僚長の略称だ。当時の陸上幕僚監部関係者によると、陸上幕僚長を務めていた湯浅悟郎は、アショア配備を断念する事実を事前に知らされていなかった様子だったという。配備計画の責任者である防衛課長も寝耳に水だった。
アショアは弾道ミサイル防衛(BMD)を強化するため、17年末に導入を決めた装備。
海上自衛隊のイージス艦がBMDだけでなく、敵の航空機や巡航ミサイルを警戒する防空任務に当たれるようにすると同時に、地上の利を生かして24時間365日態勢で警戒する狙いがあった。
河野による「重大発表」の約 2週間前の20年 6月 3日、報告がもたらされる。防衛省は地元に対し、迎撃ミサイルの発射後に弾頭から切り離されるブースターが陸自演習場に落ちるよう設計すると説明していたが、実際はそれが難しいという内容だった。演習場に落ちるようにするため、改修に10年以上の時間と多額の経費が必要となることが判明した。
首相の安倍は、もともとアショア配備に懐疑的な見方をしていた。
北朝鮮のミサイル開発が進むにつれ、ミサイルをミサイルで撃ち落とすBMDでは対処しきれない。それならば、敵の発射機や司令部を直接攻撃してミサイル発射を阻止する打撃力を保有すべきだ、というのが安倍の持論だった。
「せめてレーダーだけでも演習場に置かせてもらえませんか」と申し出た防衛事務次官の高橋に対し、安倍はこう述べた。
「それも無理だ。もうやめておけ」
安倍にとって気がかりだったのは、米国政府の反応だった。安倍は米国製のアショア購入を対米外交のカードに使っていた。同盟国の負担増を求める米大統領のドナルド・トランプに対し、対外有償軍事援助(FMS)で総額6000億円超のアショアを買うとアピールし、圧力を回避しようとしていたと、産経・杉本氏。
ところが、配備断念に至るまで、米国側と事前の根回しをしていなかったと。
当時、国家安全保障局(NSS)局長を務めていた北村滋は、国家安全保障担当の米大統領補佐官、ロバート・オブライエンとの電話会談でアショア配備断念を伝えると同時にフライング気味のメッセージも送った。
「基本的に今までのFMSについては減額されることはないだろう」
安倍の了解をとった上で、アショアの配備を断念しても米国からの装備調達額を維持するという見通しをオブライエンに伝えたのだそうです。
収まらないのは与党だった。自民党幹部や防衛相経験者には事前の説明をせず、突如としてアショアの見直しを発表した防衛相の河野に怒りの矛先が向けられたと、産経・杉本氏。
不満が渦巻いたのは与党だけではない。
海上自衛隊からすれば、アショアはイージス艦の負担を軽減する上で不可欠の装備だった。そのアショア配備を断念する理由がブースターというのは、納得できなかった。アショア導入決定時に海上幕僚長を務めていた村川豊は「核弾頭搭載の可能性のあるミサイルが飛んできて、何万人もが犠牲になるかもしれないという時に、ブースターが心配だから迎撃ミサイルを撃てませんと言ってしまったら、どうすればよいのか」と不満を隠さない。
アショアから発射される迎撃ミサイルSM3は、広範囲を守るため高高度で迎撃するミサイルであり、ブースターの落下は「東京を守るために地元を犠牲にする」という構図になりかねない。これが断念時の防衛省の懸念だったと、産経・杉本氏。
NSS局長の北村は「手続き的にはどう考えても変だ」と受け止めていた。
北村によると、アショア配備を「凍結」する案も検討されたが、「この話が出た瞬間に『凍結』では収まらなくなって、結局は『中止』にならざるを得ない」として、配備断念の方針を確認した。
防衛政策の重要な問題はNSCで決定されるはずだった。外交・安全保障政策の司令塔として13年末に発足したNSCは、形骸化の危機に立たされることになった。
NSCの事務局機能を担うNSSトップの北村は、割り切れない思いを抱えていたが、それを忘れさせるような話を安倍の口から聞くことになる。
アショアの配備断念を受け、打撃力保有に向けた検討に着手する考えを安倍は温めていたと、産経・杉本氏。
飛来する多数の進化したミサイルを、迎撃ミサイルで撃ち落とすには限度があるのは、素人でも解る話。
余談ですが、ロシアのウクライナへのミサイル攻撃で、ウクライナ側被害を被っていますが、それなりに撃墜しているのは感心しています。
臭い匂いは元から断て!発射する敵基地攻撃能力の保有がより有効ですし、その能力の向上が抑止力にもなりますね。
# 冒頭の画像は、「イージスアショア」の配備プロセス停止を発表した翌日の河野太郎防衛相(当時)

この花の名前は、カリガネソウ
↓よろしかったら、お願いします。





アショアは弾道ミサイル防衛(BMD)を強化するため、17年末に導入を決めた装備。
高高度でのミサイル迎撃はイージス艦のみが担っていたが、地上で迎撃ミサイルを発射する体制を整えることで、海上自衛隊のイージス艦がBMDだけでなく、敵の航空機や巡航ミサイルを警戒する防空任務に当たれるようにすると同時に、地上の利を生かして24時間365日態勢で警戒する狙いがあった。
しかし、防衛省は地元に対し、迎撃ミサイルの発射後に弾頭から切り離されるブースターが陸自演習場に落ちるよう設計すると説明していたが、実際はそれが難しい。演習場に落ちるようにするため、改修に10年以上の時間と多額の経費が必要となることが判明。
5、6年で運用を開始する予定だったが、さらに10年の遅れが生じるとなれば北朝鮮が開発する変則軌道の極超音速ミサイルに対応できない恐れもあった。
経費が高額すぎるとしてアショア配備に否定的な立場だった河野大臣は、即座に配備断念を決断。
首相の安倍晋三、官房長官の菅義偉に報告し、配備断念に向けた調整が進んだ。
【冷戦後の防衛政策50】ちゃぶ台返しの「イージスアショア」配備断念 - 産経ニュース 2023/11/14 編集局政治部編集委員 杉本 康士
2020年 6月15日に起きた出来事は、陸上自衛隊にとって青天の霹靂だった。この日、防衛相の河野太郎が、秋田県と山口県に配備を予定していた地上配備型迎撃システム「イージスアショア」について、重大発表を行った。
「バクチョウ、大変です。大臣がアショアを見送るって言っています」
「バクチョウ」とは、陸海空自衛隊の各トップである幕僚長の略称だ。当時の陸上幕僚監部関係者によると、陸上幕僚長を務めていた湯浅悟郎は、アショア配備を断念する事実を事前に知らされていなかった様子だったという。配備計画の責任者である防衛課長も寝耳に水だった。
アショアは弾道ミサイル防衛(BMD)を強化するため、17年末に導入を決めた装備だ。高高度でのミサイル迎撃はイージス艦のみが担っていたが、地上で迎撃ミサイルを発射する体制を整えることで、海上自衛隊のイージス艦がBMDだけでなく、敵の航空機や巡航ミサイルを警戒する防空任務に当たれるようにすると同時に、地上の利を生かして24時間365日態勢で警戒する狙いがあった。
アショアを運用するのは陸自だ。河野はアショア配備の「プロセスを停止」と説明したが、配備を断念することは、当事者である陸自が知らないところで決まっていた。
19年 9月の内閣改造で防衛相に就任した河野は、経費が高額すぎるとしてアショア配備に否定的な立場だった。しかし、山口県に関しては配備に向けた調整が進んでいた。事務方の説明を受けた河野は「とりあえず文句は言わない」と矛を収めていた。
ところが、河野による「重大発表」の約 2週間前の20年 6月 3日、報告がもたらされる。防衛省は地元に対し、迎撃ミサイルの発射後に弾頭から切り離されるブースターが陸自演習場に落ちるよう設計すると説明していたが、実際はそれが難しいという内容だった。演習場に落ちるようにするため、改修に10年以上の時間と多額の経費が必要となることが判明した。
当初、アショアは 5、6年で運用を開始する予定だったが、さらに10年の遅れが生じるとなれば北朝鮮が開発する変則軌道の極超音速ミサイルに対応できない恐れもあった。当時、防衛事務次官を務めていた高橋憲一は「アショアの整備が10年後になれば、システムが古くなっていて意味がなくなる可能性もある。もう一度、地元との調整もしなければならない。その間にBMDに空いた穴が、どんどん広がっていくじゃないか。そこに大きな問題があった」と振り返る。
河野は即座に配備断念を決断した。だが、アショアの配備は18年末に閣議決定された「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画(中期防)」に盛り込まれた政府の決定だ。防衛省の一存で決めるわけにはいかない。翌日には首相の安倍晋三、官房長官の菅義偉に報告し、配備断念に向けた調整が進む。
「せっかく受け入れようとしてくれていた地元の首長に申し訳ない。自分が首長に直接断念を伝えるから、それまでは政治家も含めて外部に一切漏らすな」
河野の指示で、アショア配備の断念は 2週間近くの間、徹底的な箝口令が敷かれた。
■「もうやめておけ」
首相の安倍は、もともとアショア配備に懐疑的な見方をしていた。
北朝鮮のミサイル開発が進むにつれ、ミサイルをミサイルで撃ち落とすBMDでは対処しきれない。それならば、敵の発射機や司令部を直接攻撃してミサイル発射を阻止する打撃力を保有すべきだ、というのが安倍の持論だった。17年末にアショア導入を閣議決定した際は、BMD強化について「これで最後だからね」と防衛省幹部に告げていた。
そのアショアの配備が難しくなったという報告を受け、安倍は秋田、山口両県への配備断念を指示する。ただ、防衛省はアショア用のレーダー「SPY7」の取得契約を済ませており、調達費約350億円のうち約65億円をすでに支出していた。調達を中止すればキャンセル料が発生する上に、群を抜いて性能が高いと評価されていたレーダーも入らなくなる。山口県は配備受け入れまであと一歩のところまできていた。
「せめてレーダーだけでも演習場に置かせてもらえませんか」と申し出た防衛事務次官の高橋に対し、安倍はこう述べた。
「それも無理だ。もうやめておけ」
アショア断念のプロセスに直接関わっていなかった官房長の島田和久は、河野の指示で配備断念に至る過程の検証作業を指揮した。島田は「総理がおっしゃったのは、地元に約束したことが実現できないんであれば、考え直すべきではないかということだった。レーダーだけでもいいやということにはならなかった」と説明する。
安倍にとって気がかりだったのは、米国政府の反応だった。安倍は米国製のアショア購入を対米外交のカードに使っていた。同盟国の負担増を求める米大統領のドナルド・トランプに対し、対外有償軍事援助(FMS)で総額6000億円超のアショアを買うとアピールし、圧力を回避しようとしていた。
ところが、配備断念に至るまで、米国側と事前の根回しをしていなかった。安倍は回顧録で「この話題はトランプには言わないでくれ、と米政府に働きかけたのです」と語っている。
当時、国家安全保障局(NSS)局長を務めていた北村滋は、米側との調整に奔走した一人だ。 6月11日に国家安全保障担当の米大統領補佐官、ロバート・オブライエンとの電話会談でアショア配備断念を伝えると同時にフライング気味のメッセージも送った。
「基本的に今までのFMSについては減額されることはないだろう」
北村は事前に安倍の了解をとった上で、アショアの配備を断念しても米国からの装備調達額を維持するという見通しをオブライエンに伝えた。これを振り出しに、北村はオブライエンや駐日臨時代理大使のジョセフ・ヤング、国務副長官のスティーブン・ビーガンらと連日のように協議に当たることになる。
「日米安全保障協力の要みたいな話がボカーンとひっくり返った。契約をどうするか、首脳会談で言ったことは何だったのか。ちゃぶ台返しの後の作業は大変だった。膝をさすりながら歩くみたいな感じだった」と北村は振り返る。
■「何を考えているんだ」
収まらないのは与党だった。自民党幹部や防衛相経験者には事前の説明をせず、突如としてアショアの見直しを発表した防衛相の河野に怒りの矛先が向けられた。
元防衛相の浜田靖一は、河野が発表した翌日の党会合で「テレビを通してしか説明がないなら野党と同じだ。何を考えているんだ」と声を荒らげた。同じく防衛相経験者の稲田朋美も「こんな重大な問題で事前説明がないのはなぜか」と問い詰めた。
17日の党会合では、釈明のため出席した河野に対し、幹事長の二階俊博が苦言を呈した。
「国防の重要な問題は、これまで党と政府はともに進めてきたはずだが、今回は何の相談もなく一方的に発表されたことは表現のしようがない」
不満が渦巻いたのは与党だけではない。
海上自衛隊からすれば、アショアはイージス艦の負担を軽減する上で不可欠の装備だった。そのアショア配備を断念する理由がブースターというのは、納得できなかった。アショア導入決定時に海上幕僚長を務めていた村川豊は「核弾頭搭載の可能性のあるミサイルが飛んできて、何万人もが犠牲になるかもしれないという時に、ブースターが心配だから迎撃ミサイルを撃てませんと言ってしまったら、どうすればよいのか」と不満を隠さない。
それまで政府は、地対空誘導弾パトリオット(PAC3)でミサイルを迎撃した場合、破片が落ちて被害が生じる可能性があると説明してきた。ただ、PAC3が守るのは半径約20キロの範囲で、被害が生じ得る地域とPAC3で守る地域が重なる。一方、アショアから発射される迎撃ミサイルSM3は、広範囲を守るため高高度で迎撃するミサイルであり、ブースターの落下は「東京を守るために地元を犠牲にする」という構図になりかねない。これが断念時の防衛省の懸念だった。
BMD強化の代替措置は後にイージスステム搭載艦に決定される。洋上の艦艇から発射されれば、ブースターが民家に落ちる懸念はない。ただ、海自の負担軽減は実現しないことになり、代替策決定時に防衛事務次官を務めていた島田は「海には本当に悪いことをした」と語る。
一方、NSS局長の北村は「手続き的にはどう考えても変だ」と受け止めていた。
北村がアショアの配備断念について、安倍と話をしたのは 6月 8日のことだった。防衛省が安倍に報告した 4日後だ。北村によると、アショア配備を「凍結」する案も検討されたが、「この話が出た瞬間に『凍結』では収まらなくなって、結局は『中止』にならざるを得ない」として、配備断念の方針を確認した。
アショアの配備断念が国家安全保障会議(NSC)に報告されたのは、さらに遅れて 6月24日だった。河野が秋田、山口両県への配備プロセスの停止を発表した 9日後だ。防衛政策の重要な問題はNSCで決定されるはずだった。外交・安全保障政策の司令塔として13年末に発足したNSCは、形骸化の危機に立たされることになった。
NSCの事務局機能を担うNSSトップの北村は、割り切れない思いを抱えていたが、それを忘れさせるような話を安倍の口から聞くことになる。アショアの配備断念を受け、打撃力保有に向けた検討に着手する考えを安倍は温めていた。=敬称略。肩書は当時(杉本康士)【参考文献】 安倍晋三『安倍晋三回顧録』
2020年 6月15日に起きた出来事は、陸上自衛隊にとって青天の霹靂だった。この日、防衛相の河野太郎が、秋田県と山口県に配備を予定していた地上配備型迎撃システム「イージスアショア」について、重大発表を行った。
「バクチョウ、大変です。大臣がアショアを見送るって言っています」
「バクチョウ」とは、陸海空自衛隊の各トップである幕僚長の略称だ。当時の陸上幕僚監部関係者によると、陸上幕僚長を務めていた湯浅悟郎は、アショア配備を断念する事実を事前に知らされていなかった様子だったという。配備計画の責任者である防衛課長も寝耳に水だった。
アショアは弾道ミサイル防衛(BMD)を強化するため、17年末に導入を決めた装備だ。高高度でのミサイル迎撃はイージス艦のみが担っていたが、地上で迎撃ミサイルを発射する体制を整えることで、海上自衛隊のイージス艦がBMDだけでなく、敵の航空機や巡航ミサイルを警戒する防空任務に当たれるようにすると同時に、地上の利を生かして24時間365日態勢で警戒する狙いがあった。
アショアを運用するのは陸自だ。河野はアショア配備の「プロセスを停止」と説明したが、配備を断念することは、当事者である陸自が知らないところで決まっていた。
19年 9月の内閣改造で防衛相に就任した河野は、経費が高額すぎるとしてアショア配備に否定的な立場だった。しかし、山口県に関しては配備に向けた調整が進んでいた。事務方の説明を受けた河野は「とりあえず文句は言わない」と矛を収めていた。
ところが、河野による「重大発表」の約 2週間前の20年 6月 3日、報告がもたらされる。防衛省は地元に対し、迎撃ミサイルの発射後に弾頭から切り離されるブースターが陸自演習場に落ちるよう設計すると説明していたが、実際はそれが難しいという内容だった。演習場に落ちるようにするため、改修に10年以上の時間と多額の経費が必要となることが判明した。
当初、アショアは 5、6年で運用を開始する予定だったが、さらに10年の遅れが生じるとなれば北朝鮮が開発する変則軌道の極超音速ミサイルに対応できない恐れもあった。当時、防衛事務次官を務めていた高橋憲一は「アショアの整備が10年後になれば、システムが古くなっていて意味がなくなる可能性もある。もう一度、地元との調整もしなければならない。その間にBMDに空いた穴が、どんどん広がっていくじゃないか。そこに大きな問題があった」と振り返る。
河野は即座に配備断念を決断した。だが、アショアの配備は18年末に閣議決定された「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画(中期防)」に盛り込まれた政府の決定だ。防衛省の一存で決めるわけにはいかない。翌日には首相の安倍晋三、官房長官の菅義偉に報告し、配備断念に向けた調整が進む。
「せっかく受け入れようとしてくれていた地元の首長に申し訳ない。自分が首長に直接断念を伝えるから、それまでは政治家も含めて外部に一切漏らすな」
河野の指示で、アショア配備の断念は 2週間近くの間、徹底的な箝口令が敷かれた。
■「もうやめておけ」
首相の安倍は、もともとアショア配備に懐疑的な見方をしていた。
北朝鮮のミサイル開発が進むにつれ、ミサイルをミサイルで撃ち落とすBMDでは対処しきれない。それならば、敵の発射機や司令部を直接攻撃してミサイル発射を阻止する打撃力を保有すべきだ、というのが安倍の持論だった。17年末にアショア導入を閣議決定した際は、BMD強化について「これで最後だからね」と防衛省幹部に告げていた。
そのアショアの配備が難しくなったという報告を受け、安倍は秋田、山口両県への配備断念を指示する。ただ、防衛省はアショア用のレーダー「SPY7」の取得契約を済ませており、調達費約350億円のうち約65億円をすでに支出していた。調達を中止すればキャンセル料が発生する上に、群を抜いて性能が高いと評価されていたレーダーも入らなくなる。山口県は配備受け入れまであと一歩のところまできていた。
「せめてレーダーだけでも演習場に置かせてもらえませんか」と申し出た防衛事務次官の高橋に対し、安倍はこう述べた。
「それも無理だ。もうやめておけ」
アショア断念のプロセスに直接関わっていなかった官房長の島田和久は、河野の指示で配備断念に至る過程の検証作業を指揮した。島田は「総理がおっしゃったのは、地元に約束したことが実現できないんであれば、考え直すべきではないかということだった。レーダーだけでもいいやということにはならなかった」と説明する。
安倍にとって気がかりだったのは、米国政府の反応だった。安倍は米国製のアショア購入を対米外交のカードに使っていた。同盟国の負担増を求める米大統領のドナルド・トランプに対し、対外有償軍事援助(FMS)で総額6000億円超のアショアを買うとアピールし、圧力を回避しようとしていた。
ところが、配備断念に至るまで、米国側と事前の根回しをしていなかった。安倍は回顧録で「この話題はトランプには言わないでくれ、と米政府に働きかけたのです」と語っている。
当時、国家安全保障局(NSS)局長を務めていた北村滋は、米側との調整に奔走した一人だ。 6月11日に国家安全保障担当の米大統領補佐官、ロバート・オブライエンとの電話会談でアショア配備断念を伝えると同時にフライング気味のメッセージも送った。
「基本的に今までのFMSについては減額されることはないだろう」
北村は事前に安倍の了解をとった上で、アショアの配備を断念しても米国からの装備調達額を維持するという見通しをオブライエンに伝えた。これを振り出しに、北村はオブライエンや駐日臨時代理大使のジョセフ・ヤング、国務副長官のスティーブン・ビーガンらと連日のように協議に当たることになる。
「日米安全保障協力の要みたいな話がボカーンとひっくり返った。契約をどうするか、首脳会談で言ったことは何だったのか。ちゃぶ台返しの後の作業は大変だった。膝をさすりながら歩くみたいな感じだった」と北村は振り返る。
■「何を考えているんだ」
収まらないのは与党だった。自民党幹部や防衛相経験者には事前の説明をせず、突如としてアショアの見直しを発表した防衛相の河野に怒りの矛先が向けられた。
元防衛相の浜田靖一は、河野が発表した翌日の党会合で「テレビを通してしか説明がないなら野党と同じだ。何を考えているんだ」と声を荒らげた。同じく防衛相経験者の稲田朋美も「こんな重大な問題で事前説明がないのはなぜか」と問い詰めた。
17日の党会合では、釈明のため出席した河野に対し、幹事長の二階俊博が苦言を呈した。
「国防の重要な問題は、これまで党と政府はともに進めてきたはずだが、今回は何の相談もなく一方的に発表されたことは表現のしようがない」
不満が渦巻いたのは与党だけではない。
海上自衛隊からすれば、アショアはイージス艦の負担を軽減する上で不可欠の装備だった。そのアショア配備を断念する理由がブースターというのは、納得できなかった。アショア導入決定時に海上幕僚長を務めていた村川豊は「核弾頭搭載の可能性のあるミサイルが飛んできて、何万人もが犠牲になるかもしれないという時に、ブースターが心配だから迎撃ミサイルを撃てませんと言ってしまったら、どうすればよいのか」と不満を隠さない。
それまで政府は、地対空誘導弾パトリオット(PAC3)でミサイルを迎撃した場合、破片が落ちて被害が生じる可能性があると説明してきた。ただ、PAC3が守るのは半径約20キロの範囲で、被害が生じ得る地域とPAC3で守る地域が重なる。一方、アショアから発射される迎撃ミサイルSM3は、広範囲を守るため高高度で迎撃するミサイルであり、ブースターの落下は「東京を守るために地元を犠牲にする」という構図になりかねない。これが断念時の防衛省の懸念だった。
BMD強化の代替措置は後にイージスステム搭載艦に決定される。洋上の艦艇から発射されれば、ブースターが民家に落ちる懸念はない。ただ、海自の負担軽減は実現しないことになり、代替策決定時に防衛事務次官を務めていた島田は「海には本当に悪いことをした」と語る。
一方、NSS局長の北村は「手続き的にはどう考えても変だ」と受け止めていた。
北村がアショアの配備断念について、安倍と話をしたのは 6月 8日のことだった。防衛省が安倍に報告した 4日後だ。北村によると、アショア配備を「凍結」する案も検討されたが、「この話が出た瞬間に『凍結』では収まらなくなって、結局は『中止』にならざるを得ない」として、配備断念の方針を確認した。
アショアの配備断念が国家安全保障会議(NSC)に報告されたのは、さらに遅れて 6月24日だった。河野が秋田、山口両県への配備プロセスの停止を発表した 9日後だ。防衛政策の重要な問題はNSCで決定されるはずだった。外交・安全保障政策の司令塔として13年末に発足したNSCは、形骸化の危機に立たされることになった。
NSCの事務局機能を担うNSSトップの北村は、割り切れない思いを抱えていたが、それを忘れさせるような話を安倍の口から聞くことになる。アショアの配備断念を受け、打撃力保有に向けた検討に着手する考えを安倍は温めていた。=敬称略。肩書は当時(杉本康士)【参考文献】 安倍晋三『安倍晋三回顧録』
「バクチョウ、大変です。大臣がアショアを見送るって言っています」
「バクチョウ」とは、陸海空自衛隊の各トップである幕僚長の略称だ。当時の陸上幕僚監部関係者によると、陸上幕僚長を務めていた湯浅悟郎は、アショア配備を断念する事実を事前に知らされていなかった様子だったという。配備計画の責任者である防衛課長も寝耳に水だった。
アショアは弾道ミサイル防衛(BMD)を強化するため、17年末に導入を決めた装備。
海上自衛隊のイージス艦がBMDだけでなく、敵の航空機や巡航ミサイルを警戒する防空任務に当たれるようにすると同時に、地上の利を生かして24時間365日態勢で警戒する狙いがあった。
河野による「重大発表」の約 2週間前の20年 6月 3日、報告がもたらされる。防衛省は地元に対し、迎撃ミサイルの発射後に弾頭から切り離されるブースターが陸自演習場に落ちるよう設計すると説明していたが、実際はそれが難しいという内容だった。演習場に落ちるようにするため、改修に10年以上の時間と多額の経費が必要となることが判明した。
首相の安倍は、もともとアショア配備に懐疑的な見方をしていた。
北朝鮮のミサイル開発が進むにつれ、ミサイルをミサイルで撃ち落とすBMDでは対処しきれない。それならば、敵の発射機や司令部を直接攻撃してミサイル発射を阻止する打撃力を保有すべきだ、というのが安倍の持論だった。
「せめてレーダーだけでも演習場に置かせてもらえませんか」と申し出た防衛事務次官の高橋に対し、安倍はこう述べた。
「それも無理だ。もうやめておけ」
安倍にとって気がかりだったのは、米国政府の反応だった。安倍は米国製のアショア購入を対米外交のカードに使っていた。同盟国の負担増を求める米大統領のドナルド・トランプに対し、対外有償軍事援助(FMS)で総額6000億円超のアショアを買うとアピールし、圧力を回避しようとしていたと、産経・杉本氏。
ところが、配備断念に至るまで、米国側と事前の根回しをしていなかったと。
当時、国家安全保障局(NSS)局長を務めていた北村滋は、国家安全保障担当の米大統領補佐官、ロバート・オブライエンとの電話会談でアショア配備断念を伝えると同時にフライング気味のメッセージも送った。
「基本的に今までのFMSについては減額されることはないだろう」
安倍の了解をとった上で、アショアの配備を断念しても米国からの装備調達額を維持するという見通しをオブライエンに伝えたのだそうです。
収まらないのは与党だった。自民党幹部や防衛相経験者には事前の説明をせず、突如としてアショアの見直しを発表した防衛相の河野に怒りの矛先が向けられたと、産経・杉本氏。
不満が渦巻いたのは与党だけではない。
海上自衛隊からすれば、アショアはイージス艦の負担を軽減する上で不可欠の装備だった。そのアショア配備を断念する理由がブースターというのは、納得できなかった。アショア導入決定時に海上幕僚長を務めていた村川豊は「核弾頭搭載の可能性のあるミサイルが飛んできて、何万人もが犠牲になるかもしれないという時に、ブースターが心配だから迎撃ミサイルを撃てませんと言ってしまったら、どうすればよいのか」と不満を隠さない。
アショアから発射される迎撃ミサイルSM3は、広範囲を守るため高高度で迎撃するミサイルであり、ブースターの落下は「東京を守るために地元を犠牲にする」という構図になりかねない。これが断念時の防衛省の懸念だったと、産経・杉本氏。
NSS局長の北村は「手続き的にはどう考えても変だ」と受け止めていた。
北村によると、アショア配備を「凍結」する案も検討されたが、「この話が出た瞬間に『凍結』では収まらなくなって、結局は『中止』にならざるを得ない」として、配備断念の方針を確認した。
防衛政策の重要な問題はNSCで決定されるはずだった。外交・安全保障政策の司令塔として13年末に発足したNSCは、形骸化の危機に立たされることになった。
NSCの事務局機能を担うNSSトップの北村は、割り切れない思いを抱えていたが、それを忘れさせるような話を安倍の口から聞くことになる。
アショアの配備断念を受け、打撃力保有に向けた検討に着手する考えを安倍は温めていたと、産経・杉本氏。
飛来する多数の進化したミサイルを、迎撃ミサイルで撃ち落とすには限度があるのは、素人でも解る話。
余談ですが、ロシアのウクライナへのミサイル攻撃で、ウクライナ側被害を被っていますが、それなりに撃墜しているのは感心しています。
臭い匂いは元から断て!発射する敵基地攻撃能力の保有がより有効ですし、その能力の向上が抑止力にもなりますね。
# 冒頭の画像は、「イージスアショア」の配備プロセス停止を発表した翌日の河野太郎防衛相(当時)

この花の名前は、カリガネソウ
↓よろしかったら、お願いします。
