Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

パンチドランク・ラブ

2009-12-04 | 外国映画(は行)
★★★ 2002年/アメリカ 監督/ポール・トーマス・アンダーソン
「アダム・サンドラーをよく知らないもんで」

コーエン監督の「バーン・アフター・リーディング」もそうらしいのですが(未見)、P・T・A監督も俳優自身が元々持っているキャラクター、その虚像とリアルを巧く織り交ぜながら撮るタイプの監督ではないでしょうか。いちばんわかりやすいのは「マグノリア」におけるインチキSEX啓蒙家を演じたトム・クルーズ。なので、この「パンチドランク・ラブ」という作品も、アダム・サンドラーという役者が世間的にどういうイメージなのかわかっていればより楽しめるのかも知れない。おそらく、すぐにキレてしまう男、という設定がアダム・サンドラー自身のキャラとのギャップを生んでいるんだろうと。まあ、そうして推測するしかないわけです。

突然キレる、突拍子もない事件に巻き込まれる、こうした「なんで、そうなる?」が連鎖反応的に次々起こる展開は、いかにもP・T・A監督らしいのですが、そのノリを楽しめないのは、やはりアダム・サンドラーがしっくり来ないからなんですよねえ。ギャグの連発がどれもこれもスベってて、だんだん虚しい気分に。でも、観客のしらけムードをよそに、あくまでも最後まで受けないギャグを言い続けられてるような気分。何とも不思議な味わいの作品でした。面白いのかも知れないけど、よくわかんなかったなあ、って後味が、ポン・ジュノの「ほえる犬は噛まない」に似ているかも。

幸せのレシピ

2009-12-03 | 外国映画(さ行)
★★★☆ 2007年/アメリカ 監督/スコット・ヒックス
アメリカ人は猫も杓子も家族愛

ドイツ版オリジナル「マーサの幸せレシピ」が面白かったので観賞。

ハリウッド版リメイクというのは、良くも悪くもアメリカ人向けに改変します。その変わりっぷりをへーとかなるほどーとか、つぶやきながら見るのが結構楽しい。

まず、主演のキャサリン・ゼタ・ジョーンズがとてもいい。日常生活では、ストレートな髪をひとつに結わえて、黒のパンタロン姿。その後ろ姿が凛々しくて、美しい。脚も長いし。シェフらしい清潔感も漂っています。でも、勝ち気でこだわりのある女シェフという刺々しさはオリジナルよりは半減しています。かたくなな心が氷解するというプロセスを描くのであれば、彼女のその刺々しさは必要なはずなんですが、実はそのプロセスは別のモノに取って変わられている。この点については、私はとてもガッカリでした。

オリジナルでは女性シェフと姪の少女は、互いにすれ違い、ぶつかり合い、決定的な溝が生まれ、そこを「ふたりで」乗り越えます。しかし、このハリウッド版は違う。「仕事持ちのオンナ+母を失った寂しい少女」の組み合わせはアンバランスであり、そこに父親代わりの男性を加えることで「疑似家族としての心地よさ」が少女の心を開くのだと見せています。オリジナルでもイタリア人男性シェフの陽気さが少女の心の扉を開ける展開にはなっています。なってはいますけども、少女が女性シェフと一緒にいたい、と言う結論に至るのは、あくまでも2人で喧嘩してぶつかり合った日々を思い返してのこと。

オリジナルでは少女は「本当の父親ではなく、わかり合える叔母」を選ぶ。
リメイク版は「女2人の不安定な関係よりも、家族的安定さを」を選ぶ。
この違いはあまりにも大きい。(父を捜すというくだりもバッサリ抜き取られていますしね)

この改変を見ればあのエンディングも自然なことでしょう。実は観賞前にハリウッド版ならこうするんではないかとエンデイングを想像していたのですが、あまりにも思った通りで驚いてしましました。女性シェフの仕事に対するプライドはどこに行ったのだろうか。一流ホテルにも引き抜きを受けようという腕前のシェフが「家族3人のレストランを開けたから私は幸せだわ」なんて、声が聞こえてきそうなエンディング。私は断然納得しがたいのでした。そうそう、オーナーを演じていたパトリシア・クラークソン。彼女の存在は光っていましたねえ。これだけリメイクに軍配。

曽根崎心中

2009-12-02 | 日本映画(さ行)
★★★★ 1978年/日本 監督/増村保造

「浄瑠璃の世界そのままに」


抑揚の効いたセリフ回しに大げさな演出。最初は「何じゃこれ?」と思って見始めましたが、次第にぐんぐん引き込まれます。しばらくして、ふと頭をよぎる。これは、人形浄瑠璃の世界観をそのままスクリーンにもってきたんではないか?と。そう考えれば、全てに合点がいきます。

庶民が愛した人情浄瑠璃。悪いヤツは最後にお仕置きされるのが常のようですが、本作で悪役を演じる橋本功がめった打ちに合うシーンが圧巻です。額からダラダラと血を流し、スクリーン正面に向かって(!)裾のはだけたふんどし姿の股間をさらし、女郎屋の玄関先でのたうち回ります。「騙される奴が阿呆なんじゃー」と最後の最後まで悪態を付いて。いやはや。あまりに露骨な演出に思わず笑いそうになっちゃいますが、こういうオーバーアクトがいかにも増村監督らしいです。しかも、橋本功の演技の何とまあ憎たらしいこと! 時代劇の悪人役としてよく拝見していたのですが、この方50代にして亡くなられていたんですね。残念です。

さて、梶芽衣子が心の奥から叫び、嗚咽する。大きな目を見開いて、何としても徳兵衛さんとあの世で添い遂げたい、と懇願する。後半部は梶芽衣子の独壇場で、一挙手一投足に思わず自分の手を強く握りしめてしまうほどでした。互いの体を木に縛り合い、刃物で傷つけ合う心中のシークエンスは、まさに男と女の情念がめらめらと燃え上がるよう。そして、血に染まった手と手を握り合い、額と額を付き合わせ、くの字の姿で命尽き果てたふたりの姿は、まさに人形そのもの。まるで太夫の語りが聞こえてきそうな、ラストシーンでした。


笑う警官

2009-12-01 | 日本映画(や・ら・わ行)
★☆ 2009年/日本 監督/角川春樹
「酷すぎて絶句」

あんまりお粗末な作品だったので、特に書くことはないです。
なーんて、言い切り。
これほど酷いと思った作品はいつ以来でしょうね。しかも、映画館で。

演出が古いとか、新しいとか、
そういう時代性とは何の関係もないですね。まるで素人。
とにかくのっぺりとした絵ヅラで、
ただ役者が順番に台詞を言ってるだけ。

サスペンスとしてのスリリングは皆無です。
24時間内に殺人事件を解決しなければならない緊張感、まるでナシ。
しかも、話の辻褄が合っていない脚本。
原作と違うワケのわからない改変。

とにかく全てが駄目ですから、
一つひとつ取り上げてダメ出しすることもないでしょう。
字数の無駄です。

それより、悲しいのは、本作品に出演したことで
大森南朋は割りを食ったなあ、ということです。
それに尽きます。
今年は「ハゲタカ」が評価を受けて、一躍有名になった彼。
ベストセラー本の主演ということで注目も大きかった作品なのに、
こんな仕上がりじゃ、可哀想すぎます。

数限りない映画作品に出演し、
どの作品においても希有な存在感を放っていた彼が、
こんな凡庸でヘタクソで全く魅力的に見えない役者に
撮られてしまうなんて酷すぎます。
誰か角川監督に助言する人はいなかったんでしょうか。
大森くん、この仕事のことはサッサと忘れてしまうんだよ。ねっ。