落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

道徳の宇宙にかかる虹

2012年04月23日 | book
『現代奴隷制に終止符を! いま私たちにできること』 ケビン・ベイルズ著 大和田映子訳
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人身売買のいまを地球規模で紐解いた名著『グローバル経済と現代奴隷制』の著者ケビン・ベイルズの新刊。原著は2007年刊行。
全世界で2700万人いるといわれている人身売買の被害者(アメリカ国務省の数字では2億人)。人類の歴史上5000年間続いたこの「産業」、実は現在最盛期を迎えている。人身売買が合法だった18世紀ですら、奴隷は500万人程度だった。16世紀から19世紀の400年間にアフリカから大西洋を渡ってアメリカ大陸へ拉致された奴隷は1500万人。21世紀のいまこの瞬間、奴隷状態にいる人の数はそれらを遥かに超えている。
地球上どこへ行っても人身売買が禁止されているというのに、その被害は史上最大規模に拡大している。これほどの矛盾があるだろうか。なぜこんなことが起こるのだろうか。
理由は簡単だ。人身売買が非合法になったから、奴隷の存在は社会から見えなくなった。誰もがそんなことがあるわけはない、と思えば被害者はいないものとされる。実際にそこにいて呼吸していても、その人が「奴隷」であり「人身売買の被害者」だとは誰も気づかないし、本人ですら気がついていなかったりする。奴隷を売り買いし搾取する人々は、奴隷を透明化することにかけてはプロのマジシャン顔負けのトリックを幾重にも駆使する。周囲の目をごまかし、奴隷本人を脅迫し、洗脳する。被害者が社会から隔絶されてしまえば、誰もその地獄の存在には気がつかない。
そういう犯罪システムがどんどん発展し、やがて誰もがうっすら「怪しい」と感じている存在がいつしか「当たり前」になる。見えないものは見なくていいものという判断が「常識」になる。
そして人身売買というおいしいビジネスがぶくぶくと肥え太っていく。奴隷を無視する社会が、人身売買という犯罪を助長している。

たとえば、チョコレートの原材料カカオ豆の生産地で悲惨な労働搾取が行われていることが知られて久しいが、カカオ豆の世界シェア4割を誇るコートジボワールでは、子どもが1500~3000円で農場に売られている。
この国の農場で保護されたアマドゥという少年は、チョコレートなんてものは知らなかった。ただ毎日殴られ、蹴られ、鞭打たれ、報酬は無論のこと食事すら与えられず、5年半という長い年月、ひたすら搾取され続けていた。
「皆さんはぼくが苦しんで作ったものを楽しんでるんです。(中略)皆さんはぼくの体を食べてるんですよ」と彼はいった。
チョコレートを食べるとき、誰もそんな少年のことは思い出したくない。だからその少年の存在は社会から「いなくなる」。奴隷はいなかったことになってしまう。その方が、誰もが気持ちよくチョコレートのおいしさを楽しむことができる。
ぐりや、あなたがおやつに食べているチョコレート、バレンタインに贈りあっているチョコレートの向こうに誰がいるのか、その人はいくつでどこに住んでどんな顔をしているのか、知る手だては何もない。
しかし少なくとも、奴隷の搾取なしに生産されているチョコレートの存在は誰でも知っている。フェアトレードだ。
フェアトレード商品は確かに安いものではない。これはなにも贅沢な製法によるものでもなければ人件費が法外に高額だからでもなく、生産・流通のロットが小さいからである。みんながフェアトレード商品を欲しがるようになれば流通量も増えるし、増えればある程度までは価格は下がっていくはずだ。

奴隷制をなくす方法はフェアトレードだけではないことをこの本は教えてくれる。
なぜ奴隷制は撲滅されるべきかということも教えてくれる。
奴隷が自ら自由を獲得し、革命を成功させた例もいくつもある。逆に、政府が奴隷制の撤廃に大失敗した例も紹介されている。
今や奴隷制は人工衛星からでも発見できる。環境破壊が進行しているところには奴隷が付き物だからだ。森林伐採地や露天採掘場が法執行機関の目の届かない場所にあったら、そこには間違いなく搾取されている人たちがいる。
奴隷ひとりを解放するためにかかるコストも計上されている。ちなみに農業や漁業で子どもの奴隷が搾取されるガーナでは、ひとりあたり5~6万円で解放できる。犯罪者から子どもを引き離し、二度と被害に遭わないように保護し、自立できるように教育するところまで、たったこれだけのお金で奴隷がひとり助けられる。これを2700万人分に換算したとしても、ニューヨーク市が公共交通機関の運営費用として政府から毎年受け取る交付金とほぼ同額というレベルのお金なのだ。
奴隷を解放するにはお金がいる。だがお金をかけて解放するだけの価値はある。奴隷は解放された方が生産性が上がるのだ。誰でも他人から強制されて働かされるよりも、自分のために働く方が一生懸命になる。インドでは何代にもわたって搾取され続けた奴隷たちの村が、自分たちの採掘権を勝ち取ることで効率化し、それまで家畜同然だった生活から人間らしい文化的な生活にランクアップした。彼らはまず子どもたちの身なりを整え、学校を建てた。選挙に立候補して公職に就いた元奴隷さえいる。

奴隷制は人が人を搾取すること、それを見てみぬふりをし続けることで今まで生きながらえて来た。
だが、それをなくすための方法はいまや誰にも手の届くところにある。それをつかむために、誰もがまずは奴隷制の実在を認めるところから始めて欲しいと思う。認めさえすれば、誰だってそんなもの許しておけないはずだ。
そして次に、自分にできることに一歩踏み出してほしい。その方法はこの本に書いてある。
この本は確かに読みやすい易しい本ではない。だがこれほど力強く高らかに、奴隷制のない世界の到来を叫ぶことができるなら、必ずそれを現実のものにしたいという勇気がわいてくる。
その世界を招きよせられる鍵は他でもない、我々の手に委ねられているのだけれど。


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