落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

悲しくて寂しくて虚しい

2016年01月14日 | movie
『恋人たち』

3年前に通り魔事件で妻を喪った橋梁点検技師の篠塚(篠原篤)。趣味でお姫様と王子様が登場する小説を書きながら地方都市の弁当屋で働く主婦・瞳子(成嶋瞳子)。一回り以上年下の若い同性の恋人と暮らすエリート弁護士・四ノ宮(池田良)。
『ハッシュ!』『ぐるりのこと。』の橋口亮輔監督が無名の新人をメインキャストに描いた愛情をめぐる物語。

「恋人たち」なんてスウィートなタイトルですが、中身はまったくスウィートではございません。
どっちかといえばその真逆。ちょーしょっぱいです。もーお、めっちゃくちゃしょっぱい。
篠塚くんはだいじなお嫁さんを突然亡くしたショックと怒りと戸惑いから立ち直れず、裁判準備と病気療養にばかりお金を使っていて健康保険料すらまともに払えていない。
瞳子さんは毎晩毎晩憧れの皇太子妃が映った映像を繰返し眺めては、誰に読ませるあてもなく夢物語を執筆し挿絵まで描いている。
四ノ宮さんはクライアントどころか恋人の気持ちすらうまく理解することもできず、無神経に見下してばかりいる。
具体的に年齢を説明する場面がないからハッキリしないけど、みんなアラフォー?ぐらいじゃないかな?まあいい大人です。

住んでいる場所も仕事も生活環境もまったく違う3人それぞれ別々のお話は互いに交差することはないけど(例外は篠塚と四ノ宮が画面上でいっしょに映るワンシーンのみ)、テーマはひとつです。
愛が去ってしまったあとの絶望と孤独。
篠塚くんの愛する人は骨になってしまった。瞳子さんの夫は妻に関心がない。四ノ宮さんがほんとうにずっと恋してる人には家庭がある。声を限りに「そばにいてよ」と叫んでも届くことはない。少なくとも本人はそれぞれそう認識している。
悲しくて、寂しくて、虚しくて、どうしたらいいのか、どこにいけばいいのかもわからない。悩むこともできない。ただじっと身を縮めて、なんとなく平気なふりをして、日々をやり過ごしている。
自分で感情をコントロールできていてもできていなくても、悲しくて寂しくて虚しいことに変わりはない。お金があってもなくても、社会的地位があってもなくても、愛する人が隣にいない、手を伸ばしても触れられない、目を見交わすことも笑いあうこともできないせつなさは、誰にもどうしようもない。
逆にいえば、それだけの愛にめぐりあえた過去の幸運をたいせつに生きていくこともできるはずなんだけど、そこになかなか気づけないのも人情である。
観ていてつらくてつらくて、共感し過ぎて疲れてしまう。でも名作です。すごかった。

橋口さんの作品のキャラクターってだいたいこんな風にみんなダメなんだけど、そのダメさ具合が滑稽で魅力的だったりもするんだよね。けど今回はきれいさっぱり笑いゼロです。くすりとも笑えるパートがなくて驚きました。いつもその微妙な笑いがスパイスになってたんだけど。スパイスなしの真っ向勝負。
つうても前作から7年て間開き過ぎですよ。ビックリするわ。『二十歳の微熱』でデビューしてもう20年以上になるのに、劇場用長編5本しか撮ってないて寡作にもほどがあろー。なのにそれ全部劇場で観てるよワタシ(何を隠そう自主制作の『夕辺の秘密』もスクリーンで観た)。
あと全員ダメなんだけどお気に入りキャラがわかりやすいのも橋口さんの特色ですね。今回は篠塚くんだね。メイン3人の中でもとびぬけてダメなんだけど、共感しやすいダメ具合です。逆に監督自身を投影したキャラクターはだいたいやなやつなんだけど、これが今回は四ノ宮さんですね。ホントやな感じだもんね。

それと毎度思うんだけど、女性キャラクターの人物造形にいちいちものすごい悪意を感じる(笑)。今回はこれまで以上です。女性の観衆に喧嘩売ってんのかってくらい悪意MAX。だって画面に出てくる女性全員一人残らずみんな、とんでもないバカか下品な俗物ばっかりなんだよー。しかもそのバカっぷり俗物っぷりが圧倒的にリアルなうえに、それぞれのバカさと俗物加減にあらゆる個性とバリエーションがある。悪意にも根性ハマってるぜ。どうしたんだ。なんかあったんでしょーかね。
私ゃ橋口さんの作品好きだしどれも本当にいい映画だと思うんだけど、どの作品もこんな調子だから身近な人には若干勧めにくいんだよね。ははははは。

主人公が全員無名であて書きでって日本映画ではほとんど実験映画に近いと思うんだけど、ものすごく完成度は高いし、ほぼほぼ傑作といっていい映画だと思います。正直、よくこんなの撮れたなと思う。
ここまで妥協なしに追いこんだ映画、ちょっと国内では他に撮れる人いないんじゃないかなあ。少なくとも現役ではこんな作家思いつかないです。
にしても無名というかほぼ素人とプロの俳優の共演シーンの緊張感はハンパなかったね。そこだけでも一見の価値あります。