落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

親愛的

2016年01月17日 | movie
『最愛の子』

2009年の中国・深圳。3歳の息子ポンポンを誘拐されたウェンジュン(ホアン・ボー黄渤)とジュアン(ハオ・レイ郝蕾)。警察に任せず独自に情報を集め、国中を必死に探しまわった挙げ句、3年後に安徽省で再会できた息子は親の顔を忘れていた。
一方、亡き夫に「深圳の女に生ませた子」と説明されてポンポンを育ててきたホンチン(ヴィッキー・チャオ趙薇)は、息子とともに当局に奪われた娘を取り返すため、故郷の村を出て深圳の児童養護施設を訪れるのだが・・・。
『君さえいれば』『ラヴソング』『ウィンター・ソング』などウェルメイドな恋愛映画を多く手がけてきた香港の娯楽映画監督ピーター・チャン(陳可辛)によるヒューマン・サスペンス。

中国で深刻な児童の人身取引。
背景には去年廃止が発表された一人っ子政策がある。法的にはひとりしか子どもはつくれないが、農村では労働力を担い家を継ぐ男の子が望まれるため、娘しか生まれない家には男の子の需要が生じ、逆に男の子ばかりで嫁不足になった地域では女の子の需要が高まる。需要のあるところには供給が生まれるわけで、子どもを誘拐したり黒孩子と呼ばれる無戸籍児(人口の1%程度存在するといわれる)を買ってきて売る人身取引集団も出現する。
この映画は奇跡的に解決した誘拐事件をもとにしているが実際には解決しないケースの方が圧倒的に多く、被害児童の数は累計数万人にも及ぶという。

といってもこの映画のテーマは一人っ子政策や人身取引だけではない。
物語の前半は誘拐被害者の苦悩が主軸に描かれているが、後半は加害者側の視点に完全に転換する。深圳という経済特区に住むウェンジュンとジュアンの生活背景と、安徽省の農村に住むホンチンのそれの間には、天と地ほどのギャップがある。言語すら違うのだ。
「中国人は生まれた場所で運命が決まる」といったのはウーアルカイシ(吾尔开希)だったか、中国人に移動の自由はない。たとえば娘や息子との再会を願うホンチンは簡単に深圳に移り住めないし、どんなに求めても子どもを引き取れないシステムになっている。つまり養育環境が娘の出生地とされる深圳で、かつひとり親家庭でないことが絶対条件になってしまうからだ。
住んでいる場所が違い生活環境が違えば、経済状態や教育レベル・得られる情報量も平等ではなくなる。誘拐された子を息子として引き渡されたホンチンはある意味では被害者でもあるのだが、その意味で、離婚して対等にわたりあっているウェンジュンとジュアンの関係と、ホンチンの夫婦関係は完全に逆ともいえる。彼女は夫が伝えたことの真意を確かめる術をなにひとつもっていなかった。その無知と男女の不平等が、こうした悲劇の原因のひとつでもあるのだろう。

社会派の重い題材で上映時間は130分とボリューミーな作品だが、そこはさすがピーター・チャン、人物の感情表現を重視し、観念的にはならずに、しかし丁寧に中国の子どもを巡る問題を描写したうえで、物語の中に観客をしっかりと引き込んでいく、絶妙にバランスのとれた完成度の高い作品に仕上がってました。もっとこの手の作品観たくなってきたよ。
宣伝でやたらに「あのヴィッキー・チャオが全編スッピン」を推されてましたが、アイドル女優だった彼女ももうアラフォーだもんね。役柄同様安徽省出身だとは知らなかった。しかしそれよりも何よりも、個人的には、あのピーター・チャンが香港ではなく本土が舞台の社会派ドラマを撮ったってところの方が驚きだったし、期待以上の良作だったことがなんだか嬉しかったです。