昨晩は、防災会長会議なるものに参加して、とある講演も拝聴致しました。
世界一の防災都市を目指す福井市の一市民としては、興味深いものでした。
詳細は、後日に。
宇宙、地球、生命の視点から考えると、人類・人間の先史・歴史は、神様の一瞬の領域かも知れません。
この頃、全盲の方と話す機会が多くて、感覚について敏感になっています。
さて、日本は、世界一の災害大国です。
地震列島だとか火山列島だとか呼ばれますが、唯一火山が無い地域が、中国四国地方です。
その中心となる臍が、百島の十文字山となります。
百島の対岸に常石という地域があります。
造船所があり、クレーンやら大きな船が見えます。
あの景色が無ければ、百島から眺める周囲は、スコットランドやイタリアのベニスにも匹敵する風景になります。
ところが、見方、視点というのは不思議なものです。
僕にとっての百島は、僕の一部です。
時は、室町時代。
1441年(嘉吉元年)、嘉吉の乱を起こした赤松満祐の一族が、桃島に逃れて住み着きました。
京都大徳寺のスポンサーでもあった赤松一族です。
大徳寺と言えば作法、千利休しかりです。
(写真提供; 神原弥生子氏)
目を閉じて、想像を膨らませてみてください。
我々の祖となる赤松一党の落武者達が、この百島を初めて眺めた時、これこそ桃源郷と感じたのでは?
歴史の表舞台に出ない出来事です。
江戸時代、隠れキリシタンと同様に、先祖代々から延々と語り継がれた百島の継承されたルーツです。
百島の福田桟橋から眺めると山肌の中腹に白い建物が見えます。
ただの建物なのですが、向こう側から百島を眺めると、意味合いが変わってくるのです。
リゾートホテル ベラビスタ境ガ浜、名称を変えて、ホテル ベラビスタ スパ&マリーナ 尾道です。
一見、病院のような建物に映りますが、内側は、備後圏最上級のホテル、そこからの俯瞰は、日本全国トップクラスの魅力ある光景が広がります。
(写真提供; 神原弥生子氏)
このアングルが、いいですね!
以前は、芝生だったと思うのですが、このテラスの上に立てば、ひとつの神話が思い起こされます。
遥か太古の昔に出雲の国からやって来たスサノオが、前に浮かぶ桃源郷の島 桃島に立ち寄った神話が目に浮かぶのです。
そして、蘇民将来が暮らしていたのが桃島、現在は百島。
決して、伊勢志摩ではありません。
全国の茅の輪くぐりも、日本中の祗園祭りの発祥の地、その源が、百島となるのです。