「去る者は追わず 来る者は拒まず」
北宋朝 四川省の詩人 蘇軾の諺である。
本朝は、平安末期 八幡太郎義家 (1041~1108)の時代。
武家が、院政時代に台頭し、勢力を広げ、やがて平安の世は終わり、末法の鎌倉時代へと突き進む頃である。
その後、南北朝 、室町、戦国、安土桃山時代と、国取り物語。
まさに、歴史は血で描かれた時代。
そして、江戸時代260年。
泰平の眠りを覚ます蒸気船がやって来て、明治の夜明け。
富国強兵を旗じるしに、近代戦争。
近代武器は儲かるか?の戦争資本主義。
「武士道と云うは、死ぬ事と見つけたり」の葉隠れ精神は、太平洋戦争の特攻隊、1億玉砕まで続いた。
2022年、広大なロシアの冬将軍は、平和の為の戦争となうってウクライナに侵攻。
「戦争と平和」の著者トルストイ(1828~1910)の、あのロシア。
香港 台湾 ウイグル問題の、大国中国。
900年前、宋の時代の蘇軾が、「去る者を追って、来るものを拒む」現代中国の度量をフォーカスすれば、何と思うやら。
ホッチキスは、戦時は、機関銃をカチャカチャ造る会社だったと言う。
ホッチキスと機関銃。
どっちが儲かるか、それが問題ではない。
どっちが、人間の役に立 つか、それが道具主義の問題である。
平和憲法を掲げる日本は、戦争の道具主義から、平和の道具主義、つまり、破壊から生ずる貧困の、どぶざらいを、新資本主義の大黒柱に据えて、世界に流布すれば良いのかも知れない。