目の調子が悪いので、息子に車の運転を頼んで、京都まで出かけて参りました。
そのまえに、かなり大回りとなりますが、伊勢まで注連縄を買いに行こうと思いつきました。
そう、注連縄(しめなわ)です。
あの地域は、ユニークで様々な注連縄があり、年中玄関入口に飾っています。
しめなわ・・標縄、七五三縄、〆縄、年縄とも呼ばれるようです。
その起源は、古事記によると・・天照大神が、天の岩戸から出てきたあと、岩戸に縄を張り再び中に入れぬようにしたという伝説です。
その縄を、「尻久米縄(しりくめなわ)」と言い、「しめなわ」の始まりに由来するとのことです。
つまり、その起源は、神聖、聖域、清浄なる場所を外界から隔てる結界として用いられる縄となったことです。
これが、神社の拝殿や神木などに掲げられている「注連縄」となったのでしょう。
さらに、歴史を重ねて、新年正月には、一般家庭の玄関などにも飾られるようになりました。
また、注連縄は、「蛇の交尾」を擬したものという一説もあります。
蛇の形体、脱皮による再生力、その生命力が、太古の昔から日本人の蛇信仰に引き継がれているという考え方です。
来年は、巳年です。
伊勢まで、注連縄を買いに行って参りました。
お店が開くまでの時間、息子と一緒に伊勢神宮まで足を伸ばしました。
まだ夜が明けぬ、真っ暗い、朝5時から、神宮外宮、内宮にも「おかげさま詣」参りです。
早朝から・・結構な人が、かなりの数お参りしていました。
注連縄の意味には、「お祓い」という気持ちのうえに「幸福」がこめられた祈り、願いがあります。
付け加えると、厄払いです。
ところで、神社での「お祓い」という慣習は、お寺にはありません。
判り易く言えば、厄除け、厄落とし、厄払い・・その役割と意味合いです。
厄除け、厄落としは、厄日、厄月、厄年等々の「厄を取り除く」という意味になります。
厄除け、厄落としは、お寺や神社でも行います。
厄払いは、「祓い落とす」という意味となります。
厄払いという「お祓い」は、神社のみなのです。
だから、伊勢のように、一年中玄関入り口に、注連縄を飾るのは、正しいのかもしれません。
商売繁盛、千客万来、笑う門に福来たり・・という日々の願い、気持ちをこめた注連縄なのです。
赤福本店もそうです。
早朝から、火鉢にあたりながら、いただく赤福は、美味しかったです。
中庭も、小奇麗に落ち着いています。
さて・・種類のある沢山の注連縄を買って、伊勢から京都へと参りました。
京都は、仏教都市でもあり、神道都市でもあり、今や世界的な観光都市です。
京都に眠る息子の御先祖様にも、お参りに行きました。
ホテルのロビーで天井を眺めながら、注連縄とお数珠との祈り、願い・・そのイメージを追いかけていました。
自分の好きな言葉を載せた門符をつけ「我流の注連縄作り」に励もうと考えています。
注連縄・・不思議な魅力があります。