風が、見えるかなぁ?
音が、見えるかなぁ?
命が、見えるかなぁ?
今日は、月曜日、NHK朝ドラの「まんぷく」も、まもなく終了。
今日のドラマ内容は、「テレビ宣伝広告をしたにもかかわらず、店頭に置いた百円のまんぷくヌードルが、まったく売れない。」という状況で、「さて、どうするか?」という展開でした。
当時、百円が高い・・・思い出すなぁ。
カップヌードルが登場したのは、ぼくらが高校1年生か、2年生の時でした。
モデルは、日清のカップヌードルです。
創業者の安藤百福さんは、名前の如く、百円にこだわったのでしょう。
あのカップヌードルを初めて買って食したのは、お店からではありません。
尾道の中央桟橋近くの海岸通りに設置されていた自動販売機からでした。
自動的にお湯が出て、その場で食べることができたのです。
これが、若者の中で大ヒット、現在につながるカップ麺の大ブームとなったのです。
「これ(カップヌードル)高いけど、うまいぞ!」と教えてくれたのは、誰だったかな?
高校時代は、とくに土曜日の半ドンの帰り道、お好み焼き店やらラーメン屋やら喫茶店に立ち寄っていたなぁ。
当時のお値段は、いくらぐらいだったのかな?
まだ、マクドナルド店もミスター・ドーナッツ店もなかった時代です。
人間は、生きがいとか、やりがいとか、食べたいものがあれば・・・幸運な人生というもの。
基本となる切っ掛けは、やはり人間関係に尽きるものだと思います。
さて、昨日の日曜日は、彼岸明け。
昨日まで仕事予約があり、やっと今日は、お墓参りをさせていただきました。
ところで、先週、百島のご近所の京泉さんらから、百島のとある場所の空撮写真を送っていただきました。
さて、ここは、どこでしょう?
御蔭様で、彼岸の期間中、何度もお参りできました。
感謝、感謝。
合掌。
お墓掃除、お墓参りは、べつに苦にもなりません。
我が家のお墓の近くに、キリスト教信者ばかりの墓地があって、興味深い言葉に出会うのです。
永遠の安息の地です。
帰り道、歴史上、有名な人物のお墓へも、時々参ります。
柴田勝家公、お市の方のお墓です。
小さなお墓です。
お市の方は、織田信長の妹であり、豊臣秀頼、徳川家光の祖母となる女性です。
この墓地から歩いて、百メートルもない近い距離に、松尾芭蕉が「奥の細道」の道中に宿泊した場があります。
その隣りに、幕末の悲劇の志士「橋本左内」が眠る墓地があります。
西郷隆盛を心腹せしめた、と記録してあります。
西郷隆盛が、死の直前まで、橋本左内の手紙を大切に持っていたとのこと。
僅か25年の生涯、橋本左内。
橋本左内15の歳に執筆した「啓発録」です。
のちに、15歳の「立志式」という形で、日本全国に広まっていきました。
一、稚心を去る
一、気を振う
一、志を立てる(立志)
一、学に勉める
一、交友を択ぶ
最近、新しい職場で、1~2週間に一度、高齢者の前で、1時間近く、ラジオ体操に始まり、リハビリ体操、タオル体操、舌を動かす運動、発声運動、そして、レクと称する時間、個人的なクイズやらゲームやら、健康指導、元気に導くようなものを行うのですが、自分自身のリハビリ気分にもなります。
そう、命とは、芽吹くもの。
柴田勝家が、毛利家の小早川隆景と懇親であれば、日本の歴史は、大きく変わっていたかもしれません。
・・・はて?
大切な事なことは、目に見えないもの。
夫婦だって、愛だけじゃ、長続きはしません。
お互いに友情というものがないと、長続きはしません。
忙しいということ、忙しいという生き方・・・これは、どういう事なんだろう?
命とは、時間そのものかもしれません。