百島百話 メルヘンと禅 百会倶楽部 百々物語

100% pure モノクロの故郷に、百彩の花が咲いて、朝に夕に、日に月に、涼やかな雨風が吹いて、彩り豊かな光景が甦る。

仲秋の名月(陰暦8月15日)

2023年09月30日 | 空木宝剣

秋夜長 映像栄華 絵巻もの

季節の変わり目は、月光月影が気付かせてくれる。

有史以来、栄耀栄華、諸行無常の繰り返し。

歴史上の覇者をも支配したのは、月かも知れない。

「あの月を取ってこい」といった暴君カリギュラも、己の寿命には抗えなかった。

秋の日は、釣瓶おとし。

平成の若者、令和の子供は、センサーで蛇口から水がジャーの世代。

井戸にあった釣瓶という存在など、知る由もない。

団塊は、まさに人生の秋。

「人生100年」と言われようが、秋の日は釣瓶落とし。

夜が長くなった分、日が短い。

限られた人生という時間に追いたてられる滑り台。

次に、仲秋の名月が満月になるのは、2030年との事。

団塊世代も80歳以上。

昭和世代のエピローグ。

テレビは、アジア大会やフランスでのラグビーの放送。

それに朝まで生テレビでは、政治評論家が叫んでいる。

勝った負けたのスポーツの秋。

ああでもないこうでもないの評論家。

月下の夜につくられる絵巻物。

電波の喧騒から逃れ、外を望めば鈴虫の声。

中天に満月。

せめて、朔太郎(1886~1942)のように、月に吠える。


スカーボロ・フェア。

2023年09月28日 | 百伝。

体調は相変わらず不調。

何年ぶりかに聴いた。

Are you going to Scarborough Fair?♪ で始まり、Parseley sage rosemary and thyme~~♪と続く。

この曲は、サイモンとガーファンクルが唄い、米国映画「卒業」に使われて大ヒットした曲。

映画「卒業」の中で主人公演じるダスティン・ホフマンが赤いオープンカーでサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジを渡るシーンに覆いかぶさってこの曲が流れます。

この映画を観た頃、まだ思春期だった僕は、愛する人を結婚式の場から奪い返すというシナリオとこの曲のメロディが、とても新鮮に思えました。

だが、もともとこの曲は、英国の古い民謡で、この詩の中に、パセリ、セージ、ローズマリー、タイムのハーブ類の言葉が出てくるのは、古くからの「おまじない」のようなもので、マザーグースのお話の中にある歌詞。

それから何年か過ぎて、英国で暮らしていた時期にスカーボロ出身のキャロラインという名の女性と仲良くなりました。

イースター休暇に、二人で彼女の故郷、スカーボロに出かけました。

スカーボロは、イングランドの北東部、北海に面する保養地で、いきなり真上からパノラマの世界を覗くような恰好で真下の弓なりの砂浜の海岸線を見渡せる美しい景観を持つ風光明媚な街。

若き日々の頃、スカーボロでの思い出話を書き残してみたくなりました。

断崖にあるベンチに腰掛けて、あの映画「卒業」と「スカーボロ・フェア」の歌の内容が話題になりました。

歌詞の意味は、スカーボロの市にハーブ類を売りに行く商人に恋心を託すもの。

昔の恋人に、不可能な無理難題を押し付け、それが克服出来たならば、自分の本当の恋人にまた戻れるよ・・という内容です。

あの時、キャロラインは、「男は、結局別れたその女を愛していながらも戻って来いとは言えないもどかしさ」を、無理難題な言葉に置き換えた・・と言った。

僕は、「女は、その男に飽き飽きしながらも、無理難題を克服するぐらいの愛情を自分に示せば、元のさやに戻れるよ」という暗示ではないか・・と言った。

”Remember me to one who lives there
She once was a true love of mine~~♪”

いつか、もう一度、スカーボロの街を訪ねてみたい、とは思わない。

 


デジャブもしくはジャメブ。

2023年09月23日 | 百伝。

今日は、秋分の日。

咳、痰が止まらない日々、コロナもインフルエンザも結核肺炎、感冒も、全て気管支炎。

空気中には、超微小な粉塵、多様なウィルスがうようよと泳いでいる。

体内に残る後遺症も怖い。

新鮮な空気が欲しい、換気は必要です。

この半世紀という50年間、どんな空気を吸って吐いて生きていたのかなぁ?

49年前の秋、広島県全体が、お祭り気分でした。

翌年(昭和50年)春、山陽新幹線が岡山から博多まで延伸開通を控えていたからです。

ただ、今の新尾道駅は存在せず、尾道市民の多くは、新幹線が到着する隣の福山と三原に何とも言えないジレンマを味わった時代です。

当時、高校3年生でした。

新幹線車両の走行テストが始まった頃には、僕らも通学途中、新幹線車両の試験走行を歓声を上げながら通学路の三原駅近くで眺めたものです。

ドクターイエローは、まだまだ登場していない時代です。

その新幹線車両の試験走行を眺めながら、来年からの進路先を決めなければならない高校3年生決断の秋でした。

思い出せば、高校からは進学希望の多くの生徒に薦めていたのは、翌年開校予定だった福山大学、岡山理科大学?でした。

地元に恋人がいるわけでもなく、やっと男子校と訣別ができる歓喜、しかも翌年春からは、広島から東京まで新幹線が繋がる歴史的な転換期、何が面白くて地元に残る理由が無い、東京行きの目的探し、理由付けを早々にして、新宿御苑近くにあったトラベル専門学校に進みたいと親に言い始めた我が儘な高校生でした。

結局いろいろあって、東京の予備校に進みましたが、地方の高校3年生が東京へ出て行きたいだけの素直な心情でした。

振り返れば、「高校卒業後、あの時地元に残り、父の背中を追いかけて船乗りになればよかったのかなぁ」と、ふと思う事もあります。

そして、あれから49年後の今日この頃。

福井県が半世紀間待ちに待った来年春待望の北陸新幹線延伸、その新幹線車両の試験走行が、やっと今日から始まりました。

新幹線が地元を走る❗

このワクワク感、人生で二度味わえるとは思いも寄らなかった事です。

今度は、地元福井県に残らないとね、来年からが楽しみです。

人生には、換気と歓喜が必要です。


何にもキカン シエン。

2023年09月21日 | 百伝。

我が家の唯一の和室、畳部屋に隔離生活5日目。

内科での受診、コロナでもインフルエンザでもなく、陰性。

独り、咳、痰をゲオと大声を出しながら吐き出す。

気管支喘息が、喘鳴に変わり始めると、昔の人は、神の呟きに聞こえたのかも。

さて、気がつけば畳の上をゴロゴロぐるぐる身体を回して動いています。

体重3キロ減っていた❗

今、気がついた事。

コロナもインフルエンザも風邪も夏風邪も、その症状は、全部同じ気管支炎という発熱、咳、吐き気、嘔吐、悪寒等々。

原因となるウィルス名と感染力が異なるだけ。

僕の場合、原因不明のウィルスによる気管支炎だと思う。

あのコロナ禍、隔離されたベッド上で、咳が止まらず痰が詰まって亡くなった方も多かったと思う。合掌。

別名、食べ物、咳、唾液、痰が詰まって亡くなる誤嚥性肺炎。

あるいは、嚥下障害。

気管支炎、怖いね❗

でも、いい事もあった。

発熱40度くらいになると脳波も熱くなって、亡くなった親が現れて話かけてくれた。

発熱39度、痰、咳が出た頃、立ってみると身体全体が危機的にふらふらしていたけど、ずっと横になっていたら、足の指先だけちょんと動かしてみる。

そうなると、足首が動いて、脚全体が持ち上がる。

生きているバイタルが活発化してくる。

案外、手っ取り早く、凄く痩せられる❗

明日は、仕事場に出掛けるつもり。


泉鏡花の人生ルート。

2023年09月16日 | 百伝。

金沢の方は、車を使って東京へ行く場合、どのルートを走るんだろうか?

最近、高速道路があちこちで延伸されているから、特に北陸地方に暮らす者にとっては、より良いルート探しは昔からの大きな課題なのです。

江戸時代、加賀潘は、毎夏になると江戸の徳川将軍に「氷」を献上していました。

大八車に載せて、氷が溶けて消えるまでに江戸まで爆走したようです。

最短ルートは、おおよそ今の北陸新幹線沿いの約450キロ、夏場それを4日間程度で走り届けたとの事。

江戸時代、加賀と江戸の通常の街道は、約480キロ、12泊13日が一般的な道程だったようです。

明治時代の文豪で、金沢出身の泉鏡花、彼の代表作は、高野聖、夜叉が池等々。

若い頃、彼の作品を多く読んだものです。

泉鏡花は、異常なほどに潔癖症だったとかで、現代社会でも現代病でもなく、昔々、大昔から、そういう神経質な人間が存在して生きていた、つまり、そういう神経質な人間が人類の文明を発展進化させたのでは?という大きな気付きでした。

「夜叉が池」という戯曲、舞台は福井県と岐阜県の県境に位置しています。

福井に暮らし始めて、金沢出身の泉鏡花が、どう考えても夜叉が池には行った事は無いだろうし、何故、夜叉が池の地名を作品名にしたのか?・・長年の個人的な僕の疑問でした。

この疑問、地元の新聞コラムを読んで解決❗

明治20年代、泉鏡花は、東京と金沢を何度か往復しているのです。

蒸気機関車の鉄道は、東京から敦賀まで延伸、金沢にはまだ鉄道が延びて無かったのです。

当時、泉鏡花も含めて金沢の人々の東京への最短ルートは、金沢から敦賀まで歩いて❗、敦賀から蒸気機関車に乗って上京していたようです。

それでも、東京への行程は驚異的な短縮だったはずです。

蒸気機関車を怪物と呼び、豆腐の「腐」という文字を嫌い、豆府と意図的に書いたり、お化け、夜叉、怪奇怪談を好む泉鏡花。

彼のエピソードは枚挙にいとまがなく、とてもユニークです。

文明開花の明治時代、現在よりも高速スピード感覚が鋭い時代だったのかもしれません。

夜叉が池は、今庄から敦賀に抜ける道中に分岐道があります。

泉鏡花は、その界隈に残る伝承を聞いて、デフォルメして作品にしたのでしょう。

余談ですが、夏目漱石は、泉鏡花よりも6歳程年長ですが、小説家としては、泉鏡花の方がずっと先輩になります。

漱石はデビューした頃、泉鏡花を天才だと称しました。

夏目漱石の草枕の一説。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画えが出来る。人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。」

泉鏡花は、激しく共感したのでしょう。

天才だと称された泉鏡花、面識の無い漱石に会いに行き借金をしています。

泉鏡花は、「夏目さん、金之助さん、大好きです。」と書き認めています。

個人的な閑題。

この頃、喉が痛くて咳込みが止まりません。

コロナの抗原検査、陰性でした。

さて、今年は明治155年、明治200年となる45年後には、間違いなく生きてはいません。

この世界は、どう変わっているのかな?

本質的には、変わらないのだろうなぁ。

休題。

泉鏡花も夏目漱石も、彼らの作品は、お化けのように再生するのだと思います。

因みに、泉鏡花の代表作「高野聖」のあらすじ。

若狭へ帰省する旅の車中で「私」は、一人の中年の旅僧に出会い、越前から永平寺を訪ねる途中に敦賀に一泊。その宿に同宿した旅僧から不思議な怪奇話を聞く。それはまだ旅僧(高野聖)が若い頃、行脚のため飛騨から信州松本に向かう天生峠での世にも不気味不可解な怪奇談~。

余談ですが、初めに話を戻すと、現在、金沢から東京まで、車で高速道路を使用せず、一般道のみを走るのならば、最短ルートは、岐阜県高山から長野県松本へ抜ける安房峠(現在は安房トンネル)経由の国道158号線となります。

安房トンネル経由は、金沢だけではなく、福井、富山からも東京へ抜ける最短一般道路のルートとなります。

百年昔、泉鏡花は、高野聖の作品内で意図的に安房峠を天生峠に変えています。

相当、故郷金沢と東京の位置関係、最短ルートを日本地図で俯瞰して、過去から未来を予測していたのかもしれません。

天生峠の怪しい魔境世界から、人間として生還した高野聖。

永遠に考えさせられる人間テーマです。


歪む世界。

2023年09月14日 | 百伝。

先日、テレビのニュース番組を観ていたら、急にキャスターの顔左半分が陥没して見えるのです。

左目の視感覚が壊れたのかな?

昔観た映画、アーノルド・シュワルツェネッガー主演のターミネーター、トータルリコールに出てくる顔がグチャグチャから再生するような映像、視感覚なのです。

気のせいかな?
疲れているのかな?
脳梗塞?

滋賀県の全く付き合いのない義遠戚の方から琵琶湖湖畔に近い土地の相続を放棄して欲しいと突然の依頼。

思案の上、殆ど知らなかった話なので相続放棄を同意。

目を閉じて集中、瞬き百回。

通常通りの視覚に、元の世界に戻りました。

暑さも寒さも彼岸入りまで、あと一週間ほどです。

大阪は、阪神優勝で盛り上がる気配。

都会は、群衆の集まりだから怖い面があります。

上京した若い頃、東京は広島よりも、ずっと安心安全な都会風景に映りましたが、東京生活に慣れるにつれてね、何て言えばよいのかな?

今はLGBTというマイノリティの性指向も社会認知されているけど、あの当時の言葉を使うと、変態、男色、そんな人物と東京の至るところで出会ったものです。

社会は男社会、男芸者だと言われた昭和の経済優先時代。

映画館で映画を観ていると、急に中年男が隣に座って、手のひらに1万円札を置いたり、駅の公衆トイレでは、隣に立つ男が、自分のモノをブラブラさせている異様な光景が多々ありました。

世間を騒がせているジャニーズの性加害問題、中学校の校長が教え子の猥褻な写真を保持していたスキャンダルな事件。

人間は恐ろしく不安を増長させる動物かもしれません。

歪みの反対は、正しさ?

例えば、どこかの遊牧民が言うには、「わざわざ重いもの背負って生きる必要はない筈、家を買って、隣りに厄介な者が暮らしていたら、どうする?」と。

人間誰もが、自分は正しいと思って生きている。

素直に生きて、質素に生きていれば、自分の世界は歪む事はありません。

故郷を想うのも世界一。

福井の蕎麦は、日本一。

新幹線開業まで、あと185日。


ネナイトネ。

2023年09月04日 | 百伝。

よく寝た。

朝起きて、朝刊を読む。

どこもかしこも、人手不足だと言う。

物流業界ではドライバー不足。

教育の場では過労労働で教員不足。

観光業も販売業もIT業界も、人手不足だと言う。

然し乍、どこの業界も人手不足ならば、賃金収入は増える筈なのに、生活格差は拡がるばかり・・・この社会要因はどこから?

とりわけ、介護業界の人手不足は酷いもんだ。

日本の65歳以上の高齢者の独り暮らしは、700万人近く居るという。

さらに今後、独居高齢者が増加の一途を辿るという。

誰もが年老いてゆく。

他人事ではない自分事の問題。

人生終末期の命の問題だ。

彷徨う老いた多くの命を誰が支える?

この国には、スイスのように医療上での自死を法律上認めていない。

大震災、大火災、大洪水、あるいは戦争という天災人災に命を拐ってもらうのを待つしかないのか?

アル中、眠剤、忘れたいのに眠れないストレス、眠れない人は寿命が短い。

よく寝る子は、よく育つという。

夏休みの宿題、提出したかな?

よく寝る老人ほど、よく長生きする。

事実である。


波瀾万丈の百年。

2023年09月03日 | 百伝。

この頃、毎朝観てしまうNHK 朝ドラマ「らんまん」。

先週は、東京帝国大学植物教室で万太郎と同じく「雇い」の画工として働いていた野宮が、世界初イチョウの精子を大発見したという偉業シーンがありました。

これは、ダーウィンの進化論発見と同じぐらいの大発見と言われています。

だって、植物イチョウの動く精子を発見したという事は、いつかは植物(動物)が動物(植物)に進化する可能性もあるかもしれないのです。

この野宮朔太郎の実在モデルは、福井出身の平瀬作五郎。

公式な学歴が無い画工から植物学者に変身したものの、その後の人生は不遇だったのかどうか? 何とも言えません。

福井の偉人、平瀬作五郎は自分が出来ると思い、未来に自分を映し出したのでしょう。

福井市内日の出に生まれた平瀬作五郎、その12年後、ほぼ同じ地域に地震学の父となる大森房吉と岡田啓介(2,26事件時の首相)が生まれました。

彼らは、幼なじみなのです。

百年昔の9月1日は、関東大震災発生日。

当時の東京帝国大学地震学教室には、二人の地震学者がいました。

日本地震学の父と言われる大森房吉教授(福井出身)。

もう一人は、大森よりも二歳年下の日本地震学の神と言われる今村明恒助教授(鹿児島出身)。

詳細を省きますが、当時の二人の論争対立、人間関係が非常に興味深いのです。

「天災は忘れた頃に来る」と言ったのは寺田寅彦。

「くれぐれも災害予防の事、一日も猶予すべきにあらず」と言ったのは今村明恒。

福井の偉人、大森房吉は大震災の予知していたにも関わらず、それを浮説として否定。

未来に自分の想いを映し出す事が出来なかった大森房吉は、関東大震災発生後、国民に謝罪、その1ヶ月後に亡くなりました。

関東大震災から百年目の今年、天体観測、天気予報に較べても、未だに地球上の地震予知予測は困難。

らんまん百年とは、言い難い人類の叡知です。

天災と人災の波瀾万丈の百年です。


防波堤の先人達

2023年09月01日 | 空木宝剣

繰り返し 寄する浜辺や  砂洗い

関東大震災(1923年)

時は、わが広島大手町出身の加藤友三郎(1861~1923)が総理大臣だった大正12年の日本。

ところが、加藤総理は、大地震の約1週間前の8月24日に亡くなっている。

原 敬(1856~1921) 岩手南部、東北初の宰相が暗殺されて、その後、高橋是清(1854~1936)が総理となり、それに続く、伊藤博文より12人目、第21代総理大臣が、広島初の首相、加藤友三郎。

広島の比治山には、銅像は、第二次大戦で供出。

大理石の台座だけが現存し、今は知る人も少ない。

団塊が若い頃、興味をもった事件のひとつが、甘粕事件。

憲兵大尉の甘粕正彦(1891~1945)が、関東大震災の際、ドサクサに紛れて、アナーキストの大杉 栄(1885~1923)を抹殺したという事件。

大正デモクラシーの終焉。

関東大震災(1923年)。

その後1929年の世界大恐慌が明治以来の富国強兵に拍車をかけ、昭和 前期は、国威発楊の全体主義へまっしぐら。

「欲しがりません勝つまでは」その結果、1945年(昭和20年)8月15日敗戦。

日本国中焼け野原。

この100年の日本のトレンド。

軍国日本、軍都広島の末路と、その後のルネサンス。

令和の今、広島では、海軍大将ながらワシントン会議で、軍縮条約を結んだ加藤友三郎が再評価されつつある。

「戦後よ永遠なれ❗戦前よ去れ‼️ そして、天災を忘るべからず‼️」