今日から11月、今日は一が三並びの11月1日。
さて、よく思い出すのは、1987年(昭和62年)の出来事。
当時の日本社会も、東京一極集中の是正、地方、農林漁業の人口減少の不安、少子高齢化への対応等々、問題山積みでした。
国鉄がJRに、老人は高齢者に、痴呆、ボケは認知症に、消費税もストカーも様々なハラスメントという言葉も認知されていない世相。
ビールの語彙と言えば、キリン、サッポロ、アサヒ、新参のサントリーかな?
お店で生ビールを注文、今のように多種多様な銘柄の缶ビールは売られていない時代。
世界から日本という国は、豊かなのは大企業ばかり、日本人は、働き中毒、ウサギ小屋で暮らす社畜と揶揄されたのも事実です。
1945年(昭和20年)敗戦、帝国主義からの脱却、軍事大国から一気に貧困国家へ。
戦後、経済大国に成り上がったのは、日本人の勤勉さの賜物、ハードワークをするしかない時代だったのです。
海外から何を言われようが、世界第2位の経済大国として世界が妬む羨む日本に辿り着いたのです。
1987年、日本が一番輝いていた時代かも知れません。
と思ったのは、先日の日曜日早朝にテレビ観戦したワールド杯ラグビー決勝ニュージランドvs. 南アフリカ戦。
日本は、多様性多様化を優先した社会にならないと、これからはますます貧民国家になるのでは?
第1回ワールド杯ラグビー大会は、1987年。
興味の無いの方に、いくら面白い楽しいと説明しても無理です。
広島カープファンに、今年の日本シリーズ阪神vs. オリクッス戦の関西ダービーの素晴らしさを熱く語るようなもの、、でも人生はそんなものでしょう。
南アフリカvs. ニュージランドのラグビー決勝戦。
素晴らしいの一言❗
見応え充分、逃亡劇、追跡劇、そして肉弾戦あり、前半ニュージランドのキャプテンへのレッドカード、ニュージランド14人vs. 南アフリカ15人の闘い、凄まじい攻防戦へ。
「一生後悔する」と言ったキャプテン。
試合終盤、今度は南アフリカのキャプテンへのイエローカード、試合終了までユニフォームで顔を覆い隠す姿、怖くて試合の結末を観れないのです。
人間劇そのままでした❗
今回のワールド杯ラグビー大会、日本代表は予選落ち。
しかしながら、決勝トーナメントから一気に盛り上がり、歴史的な名勝負が続きました。
開催国フランス、イングランド、そしてアイランドにも大拍手です❗
ワールド杯ラグビー大会は、アマチュア精神を尊び、優勝国参加国への賞金を設定していないとの事、各国ラグビー協会に任せているとの事。
ワールド杯サッカー大会は、数百億円を参加出場国の成績により配分されるというから、ラグビーとは大違い。
1987年、第1回ワールド杯ラグビー大会は、日本代表も参加。
当時、英国に居て、賭け屋の日本への優勝オッズが天文学的な数値になっていた事が、記憶に残っています。
日本のラグビーは、そんなに弱いのかなぁ?という疑問でした。
それまでの日本のお正月のスポーツ番組の目玉は、早明戦を代表とした大学ラグビー戦。
大学ラグビーと社会人ラグビーのレベルが均衡していた時代。
選手が倒れる毎に、大きなヤカンから頭へ水を流すと、不思議と選手は立ち上がり再び走り出すという光景を何度も目撃しました。
魔法のヤカンかな?
正月に観ていた魔法のヤカンの時代が終焉したきっかけ、それも1987年。
今に続く正月恒例となるのが、1987年から始まった箱根大学駅伝のテレビ中継。
各スポーツ団体の存続競争も激しくなリ、資本社会の競争ルールが取り入れられた先駈けだったかも知れません。
その後、サッカーもプロ化、Jリーグの誕生。
正月のテレビ中継は、二極対抗の大学ラグビーの肉弾戦から、多極対抗の大学駅伝大会に移行、都道府県駅伝大会も然り、大勢参加型が好いのでしょう。
スポーツもエンターテイメントも、観客あっての事。
駅伝も、競馬も、バスケットも、野球も、お金を払っても、買いたい、観に行きたい、そんなものが沢山あるのが、今の時代。
多種多様、今の時代、ビールの銘柄は覚えきれないぐらい売っています。
政治の貧困性、経済は優等生と言われた1987年。
あれから35年、相変わらず政治は世襲性、経済は格差社会を増長。
貧民国家と貧困国家は、意味合いが異なります。
今一度、1987年を検証したいものです。