オリンピックは四年に一度あるが、カープの優勝は四半世紀ぶりにあるかないかの瀬戸際。
昨夜(8月26日)の巨人戦、逆転勝ちでマジック18。
1975年の初優勝の時、小生弱冠の25歳。
あれから41年、小生66歳。
25年前の優勝は記憶にないが、41歳の厄年だった。
25年前の優勝より、41年前の初優勝のほうにフィードバックする記憶の不思議。
高齢者の切狂言の始まり始まり~
朝の百島散策。
波の浦界隈まで、足を延ばしました。
陶芸体験が出来る「波の浦窯」です。
そこを通り過ぎると、「波の浦展望園」まで、もうすぐです。
「波の浦展望園」です。
私財を投じて作られたのは、多田篤さん・・残念ながら、4年ほど前に亡くなられました。
友人の叔父様であり、先輩の御父様でもあります。
観世音菩薩とは、「観音さま」と呼ばれて、昔から広く民衆に親しまれています。
三十三の異なった姿に変身し、衆生を救ってくれるとも言われています。
観音さまは、施無畏者(せむいしゃ)であると言われています。
施無畏者とは「怖いことや災いのない状態を人々に施してくれるもの」。
一切の衆生(しゅじょう)を救ってくれる現世利益の仏です。
観世音菩薩とは、人々の苦しみの声を聴き、苦しみのありさまを見届け、そのような人たちを全て救ってくれる崇高で偉大な仏であるとのこと。
伝え聞くことは、多田篤さんの尊父様が、この波の浦からの眺望を好まれて、生前、毎朝この場所まで散歩されて、四国方面を眺めていたとのこと。
残念ながら、現在は、荒れ放題の状態です。
この「波の浦展望園」が出来上がった頃に訪問した記憶は、目の前の邪魔する薮の林もなく、素晴らしい眺望が広がっていました。
多田家御親族一同様の奮起、そして、一層の御発展を期待するものであります。
~観世音菩薩第二番御詠歌~
見わたせば
功徳の海に
よせかえす
ひとつひとつの
波のきらめき
朝の百島散策。
波の浦展望台やら福田地区まで足を伸ばしました。
詳細と感想は、後日。
午前中、お墓参り、お墓掃除。
御先祖様に無事を報告。
暑かった❗
でも、海がキレイでした🎵
海辺まで近づいて砂浜を裸足で歩きました。
サイパン島のエメラルドグリーンの海よりもビックリ❗
黄金の海でした。
こんな百島の海を見て、幸福気分最高です。
さて、これから福井ヘ戻ります。
ありがとう 百島❗
昨日の昼過ぎ、20ヵ月ぶりに帰省いたしました。
初乗船のフェリー百風・・いいね🎵
途中、深夜からどこもかしこも帰省ラシュで混雑渋滞していました。
実家に着くと、ご近所の京泉さんが、庭の剪定をしてくださっていました。
感謝感謝です。
夕方までウタウタ寝て、キャプテン漆原さん(百島診療所事務長)の御自宅ヘお邪魔しました。
夜の9時半頃まで、百島の現状アレコレを話題に盛り上がりました。
その後、同級生の保ちゃんと明け方の3時過ぎまで、百島をドライブ散策。
昔話とこれからの未来について延々と子供の頃に戻ったように楽しい会話。
満天の星の下、極楽遊園地ロケ石碑の場所で楽しい時間を過ごしました。
流れ星も多く、壮大な宇宙のロマンを感じました。
今朝の百島での御来光です。
場所は、だんご岩。
口無しの瀬戸から朝日昇る朝です。
富士山御来光と見間違えるほど美しい百島御来光でした❗