ジャズ喫茶の人気盤の条件として、硬派なスイング感が求められるのは言わずもがな、ほとんど知らないミュージシャンがそれを演じていたら、これはもう決定的でしょう。そして演目に有名スタンダード曲があったりしたら、たまりません。
本日はそうした中の1枚を――
■Identification / Yancy Korossy (MPS)
ヤンシー・キョロシーは多分、ルーマニア人のピアニストで、はっきり言えばジャズ後進地域の出身ということで、モダンジャズ本流の活動はなかったと思われますが、それが全く独特の個性に繋がったようです。
というのは、結論から言うと、スタンダード曲中心に収録されたこのアルバムの演奏には、ビバップ以前のスイングスタイルにセロニアス・モンクの語法やモード系の手法を強引に混ぜ合わせたアブナイ雰囲気が横溢しているからで、これが実にジャズ喫茶全盛期の雰囲気にジャストミート!
個人的には昭和52(1977)年頃に初めて聴いたんですが、その瞬間から歓喜悶絶させられた記憶が今も鮮明です。
録音は1969年9月9日、メンバーはヤンシー・キョロシー(p)、J.A.レッテンバッハー(b)、チャリー・アントリーニ(ds) という正統派ピアノトリオで、有名曲がズラリ――
A-1 All The Things Your Are
極めて正統派のグルーヴながら、テーマ解釈からアドリブの展開まで全く硬派というか、セロニアス・モンクがチック・コリアしたようなゾクゾクする演奏になっています。さらにそれでいてファンキーな感覚も滲んでくるのですねぇ~♪ ベースとドラムスもシャープな感性を聞かせてくれます。
A-2 Bye Bye Blackbird
これまた楽しいグルーヴが横溢しながら、決してそこに留まらないユニークな個性が溢れ出た演奏です。もちろん歌心という部分も侮れず、しかも前向きな感性が素敵ですねっ♪
A-3 Sorrow
これが曲タイトルとは裏腹に楽しいジャズロック♪ う~ん、こういうものを堂々と演じてしまう潔さに乾杯です!
ドラムスの頑張りも微笑ましく、しかしベースは頑固に新主流派のノリなんですから、グッと歓喜悶絶です。もちろんヤンシー・キョロシーのピアノは歯切れ最高! ブロックコードと低音域主体で盛り上げる終盤の勢いにもシビレます。往年の東宝スパイアクションのサントラの如き輝きがたまりませんですね♪
A-4 Stella by Starlight / 星影のステラ
これもジャズ者には良く知られた曲ですから、そのテーマメロディを楽しみつつもヤンシー・キョロシーのハードスイングにシビレる快演です。豪快に突進するアップテンポの重量感溢れる展開が素晴らしいと思います。
このあたりはチック・コリアにも通じるような、しかしトリオが一丸となった過激な個性は、如何にもジャズ喫茶黄金期の音がしています。
終盤はフリー地獄に陥りそうになりながら、自然体でテーマメロディに戻っていくという上手い展開にヤミツキです。
B-1 Identification
アルバムタイトル曲はヤンシー・キョロシーのオリジナルで、エキゾチックなラテンビートに幾何学的なテーマメロディ、さらに強烈な先進性に震えがくるほどの名演だと、私は聞く度に悶絶します。
当然ながら中盤以降はフリーの嵐というのは、録音当時の「お約束」なんですが、ちっともイヤミになっていません。と言うよりも、シャープなピアノタッチとツッコミ鋭いトリオの纏まりがギリギリの模索を繰り返すという黄金の展開が♪♪~♪
B-2 I Can't Give You Anything But Love / 捧ぐるは愛のみ
前曲とは一転して楽しい和みの時間♪ ヤンシー・キョロシーはストライド奏法で楽しくテーマを演じ、ドラムスはバタバタとオトポケに徹し、ベースは些か呆れ顔のサポートながら、それが痛快なアップテンポで凄いスイング感を発散させていきます。
このあたりはオスカー・ピーターソンが過激に変身したような趣も感じられる、似て非なるハチャメチャ度が最高だと思います。
あぁ、これもジャズの真髄でしょうねぇ~♪ ジャズって本当に素敵です♪
B-3 I'm On My Way
ベースのJ.A.レッテンバッハーが書いた楽しいゴスペルファンキーなジャズロック♪ ほとんどキース・ジャレット(p) が演じても違和感が無い雰囲気をお楽しみ下さい。
う~ん、それにしてもグッとシビレますが、ヤンシー・キョロシー恐るべし!
B-4 Stompin' At The Savoy
これも良く知られたスタンダード曲を豪快なアップテンポで解釈し、もちろんアドリブはフリーへ突入するという展開が潔い限り! しかしフリーといってもデタラメ感は希薄で、放出される「音」の迫力、トリオ3者の思惑がしっかりと体感出来ると思います。
これは発売会社「MPS」特有の録音の良さが大きな要因かもしれません。このアルバムでは左にドラムスとピアノの低音域、真ん中にピアノ、右にベースとピアノの高音域が定位したステレオミックスで、非常に分離が良くて厚みのある音作りが流石!
ですからそれがこのセッション全体の意図を確実に引き出しているようですし、フリーな演奏でさえ、素直に楽しめるのでした。
しかしこんな凄い演奏を残したヤンシー・キョロシーは以降、消息不明のようです。なんでも渡米したとか、近年カムバックしたとか、いろいろと言われているようですが、私には確かなことがわかりません。
もちろんこのアルバム以前に吹き込んだ演奏にしても聴いた事がありませんから、そのスタイルや出来栄えは知る由もなく……。本当に現実って厳しいですね。
ということで、アルバムを通してはアップテンポの演奏ばかりなので、聴き通すと些か疲れたりしますが、しかし痛快度数は満点! 若かりし頃はもちろん、中年者となった現在でも夢中にさせられる私は、未だに「若い」と自分に言い聞かせています。