映画「レット・イット・ビー」からの流出サウンドトラック音源を、最も早く海賊盤として纏めたものが「Sweet Apple Trax Volume 1」「同 Volume 2」で、発売されたのは1973年の事でした。
これは各々が2枚組で、総計約90分の音源が収められており、その音質が良かった事から初回プレス分は忽ち売り切れました。
このブツを発売したのは「Contra Band Music」、通称CBMという業者で、すぐに大量の追加分をプレスしましたが、同時に他の業者もコピー盤やジャケット違いで同内容のLPを出してしまったので、ビートルズの海賊盤の中では最高の売上げ枚数になった作品です。
で、その中で最も良く売れたのが「Newsound Records」と名乗る業者が発売した本日の掲載盤でした。
これは前述した2セット、4枚のレコードを2枚組にした物で、しかも海賊盤としては当時珍しかったカラージャケットになっていました。
それが今日「Sweet Apple Trax」として定番化している名盤(?)です。
尤も、これは最初に同音源を発売した「CBM」が、レーベル名を変えて発売したというのが今日の真相ですが、その内容は――
A-1 Two Of Us
アップテンポのアレンジで曲の途中からフェードインして始まります。
ポールのベースラインがドライブしていて、実にカッコイ~ィ~ですねぇ~♪
この後、お喋りや楽器のチューニングの状況が続き、ジョンの鼻歌とか、何かの曲のギターリフが聞かれます。
A-2 Don't Let Me Down
かなり出来上がっており、ジョージのワウワウを使ったギターのオカズが気持ち良いです。
スタートのところでジョンのギターから音が出ずに、やり直したりするところがリアルです。
そして軽く歌っても、やっぱりジョンは凄い! とシビレる素敵な演奏です。
もちろん、ポールが寄り添うハーモニーも、一瞬のビートルズ・マジック!
A-3 Suzy Parker
映画でも観る事が出来た、即興でジョンが作ったロックンロールです。
仕事を超えた楽しい部分があると感じるのですが……。
A-4 I've Got A Feeling
これもかなり出来上がっているトラックです。
一部、映画に使われていた演奏かもしれません。
A-05 No Pakistanis
「Get Back」の原型です。
歌詞の内容は、当時イギリス政府が国内にやって来たパキスタン人労働者の強制送還を目論んだ政策を皮肉った内容です。「パキスタン人がみんな仕事を奪ってしまうのは、気に入らないぜ、元いた所へ返れ!」等々と歌っていた所為で、各方面からの様々な圧力によって歌詞が変えられたらしく、という事は当時から、この曲の存在は有名だったのでしょうか……?
演奏はかなりワイルドで、ジョージのギターがヘビメタ風に炸裂している瞬間や、ポールのインディアンみたいな掛け声が入ったりして、サイケおやじは好きです。
A-6 Get Back
未完成品ですが、かなりロックンロール味の強いアレンジです。
A-7 Don't Let Me Down
これはエレピが聴こえるのでビリー・プレストンが参加しているのでしょうか……?
だとすれば、アップル・スタジオに移ってからの音源だと思います。
B-1 Be Bop A Lalu
チューニングやハウリングの音に続いて、ジョンが何となく歌い始めます。
オリジナルはジーン・ビンセントが1956年にヒットさせたロックンロールの古典で、ジョンのお気に入りでした。これは後にジョンのソロ・アルバム「ロックンロール」で素晴らしいカバー・バージョンが披露されるのは、皆様ご存知のとおりです。
B-2 She Came In Through The Bathroom Window
アルバム「アビー・ロード」に収録された曲の断片がリハーサルされています
テンポや曲調を少しずつ変えて何度か歌われていきますが、曲を完成させていく過程が、彼等のお喋りと共に良く分かります。
B-3 High Heeled Sneakers
これもR&Bの古典ですが、全く断片だけの演奏です。
ちなみにオリジナルはトミー・タッカーが1964年に放ったヒット曲ですが、ローリング・ストーズも取上げています。
B-4 I Me Mine
ジョージの名作オリジナルですが、ほとんど前半はインストの演奏だけですので、これもビートルズが曲を完成させていく過程が良く分かるトラックです。
最初は、ちょっとスパニッシュ調の味付けになっているのが興味深いところですし、ワルツテンポという事からでしょうか、途中でポールがスタンダード曲の「ドミノ」を歌ってしまう部分は、ちょっと意地悪です。
そして後半、ようやくボーカルパートが入るものの、直ぐに中断……。
B-5 I've Got A Feeling
曲の断片とリハーサル場面だけです。
B-6 One After 909
これもチューニングや打合せ、そして曲の断片だけです。
B-7 Norwegian Wood
チューニングでポールが弾いた同曲のベースラインから、ほんの少しだけ、ギターでメロディが流れる程度です。
B-8 She Came In Through The Bathroom Window
「B-2」同様、これも曲を完成させる過程のトラックですが、かなり出来上がっています。
C-1 Let It Be
これもリハーサルですが、ポールが主導権を握り、メンバーに曲の構成を教え、演奏の雰囲気を指示して、グループをリードするという興味深いトラックで、ジョンがカウンターの別メロディを付けたり、そこからコーラスのパートを発展させたりして、ビートルズの曲創作の秘密の一端がはっきり分かるという、このアルバムのハイライトだと思います。
この場面は続いてポールのオリジナルの「La Penina (A Long Road)」という曲になりますが。これは翌年に完成され、ジョッタ・へールというオランダ人歌手にプレゼントされます。
C-2 Shakin' In The Sixties
ジョンの未発表曲で、アップテンポのロカビリー調の曲です。
C-3 Good Rockin' Tonight
前曲から続いている雰囲気です。実は「Move It」という曲が前半に演奏され、メドレー形式になっていますが、それでも短い演奏です。
しかし流石のノリ、このグルーヴ感! ポールのエルビス調のボーカルが良い味です。
C-4 Across The Universe
ここは編集によるものかどうか、前曲からの続きという雰囲気です。ビートが強く、かなりロック色が強いアレンジで、個人的には大好きな演奏です。
ボールのハーモニーも素敵ですし、ジョージのギターもツボを掴んでいて、ステージで生演奏されるとしたら、こ~ゆ~雰囲気になっていたかもっ!?
そこまで思わせられますよ♪♪~♪
C-5 Two Of Us
これまたアップ・テンポのロック色の強いアレンジで演奏されています。残念ながら中断してしまいますが、その後にメンバーが各々のリフを組み立てる部分が聴かれます。
C-6 Momma, You'er Just On My Mind
生ギターのフィンガーピッキングによる演奏が延々と続きますが、時折ジョージと思われるボーカルが入ります。後半は、もしかするとボブ・ディランの「Mama, You Been On My Mind」という曲かもしれません。
かなり長い演奏ですが、聴いていて意外に気持ちが良くなります。
D-1 Tennessee
これもロックンロールと言うよりも、ロカビリーの古典です。ボーカルはジョンで、下積み時代のビートルズが十八番(?)にしていたらしいです。
ちなみにオリジナルはカール・パーキンスです。
D-2 House Of The Rising Sun
我国では「朝日のあたる家」として知られ、原曲はアメリカのニューオリンズ周辺の黒人俗謡です。多くの歌手やバンドが取上げておりますが、ビートルズも一時期レパートリーにしていました。
D-3 Back To Commonwealth
ポールのオリジナルですが、これも「No Pakistanis(A-5)」同様に「Get Back」の原型です
ジョンの素っ頓狂な合の手にポールが吹出すほど、和気藹々とした雰囲気がイイ感じ♪♪~♪
リンゴのドラムスの上手さが分かるトラックでもあります。
D-4 White Power / Promenade
前半の「White Power」はポールの一瞬のアドリブですが、ソウル調の素晴らしい曲です。
それが後半はシャッフル調のブルースロック系ジャムセッションに発展しますが、この部分が「Promenade」という事でしょうか、実はロック調の「Dig It」なのです。
そして、これが映画「レット・イット・ビー」ではビリー・プレストンを交えてソウル調のジャムセッション「Dig It」になるのですが、ここでの演奏も素晴らしい! ジョンとジョージのギターの絡み、リンゴのドラムスも最高のノリです。
さらにポールとジョンのウィットに富んだ単語の掛合いは、ラップの趣さえ感じられます。
サイケおやじは大好きです、これがっ!
D-5 Hi Ho Silver
前曲の素晴らしいノリを受け継いで、いつの間にかロックンロールのジャムが続きます。
演奏されているのはロックンロールの古典「Yackety-Yack」とスタンダード・ナンバーの「Hi Ho Silver」を混ぜ込んだもので、この演奏形態は、当時多くのバンドがやっていたスタイルです。
いゃ~~、ジョンの歌とギターが最高のノリで、中断が惜しい!
D-6 For You Blue
と思いきや、続けて演奏されるのがこの曲で、最高の雰囲気が持続されています。
あぁ~~、これがロックだっ! ロックンロールだっ!
D-7 Let It Be
そして非常に上手い編集で、ここに繋がります。
「C-1」を受継いで演奏は出来上がっていますが、かなりラフ!?
しかし、それが力強く、ゴスペルの高揚感が良く出ていると思います。
ただし……、それが本場物に比べると勘違いしているのが良く分かる部分もあります。
う~ん、この辺りがビートルズならではの個性かもしれませんねぇ……。
という上記の様な歌と演奏が収められたこのアルバムは、そのほとんどが、1969年1月8~9日の音源と思われます。
そして途中に入る「ピー」という音とトラック・ナンバーを告げるアナウンスは、撮影しているカメラのフィルムと同期させるためのもので、ここからその音源が未発表サウンドトラックだった事が分かるのです。
当然、音質もかなり良く、また編集も巧みですから、海賊盤でありながら、とても聴き易く、何と言ってもビートルズの音楽創造の現場状況が良く分かるのが最大の魅力です。
そして聴くほどに、メンバー4人の創造的な姿、緊張と緩和の和気藹々としたところが強く感じられ、当時のマスコミ報道で伝えられたり、映画「レット・イット・ビー」で観られた様な険悪な雰囲気が、それほど伝わってこない事に気がつきます。
やっぱり……、あの映画は、ある種の編集意図が存在していたのだと思わざるを得ません。
ということで、このアルバムは大ヒット! 以後続々と同種の音源が海賊盤化されるのでした。
参考文献:「ビートルズ・レコーディング・セッション / マーク・ルウィソーン」
注:本稿は、2003年11月3日に拙サイト「サイケおやじ館」に掲載した文章の改稿です。