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随筆  ある老いの様相   文科系

2013年02月05日 13時53分32秒 | 文芸作品
 ある老いの様相

 ある夜、電話に出ると、同人誌の女性のこんな第一声。ちょっと年上の人だが、なんだろう?
「○○さん(僕の名前)、ありがとねー。ほんま、嬉しかったわ!そんなに変わった!」
 あっそうか、二~三日前に彼女に出した手紙、同人誌作品への批評文のことなんだ。その弾んだ口調に押されるようにして僕の口を突いて出た言葉はこうだった。
「いや、思った通りのことを書き送りたくなっただけ。ここ二~三年のできとは全く違うと思う。手紙に三つ四つ箇条書きした通りなんだけど、文に乱れがないし、今年は随分余裕を持って書けてたんじゃない?まちがいなく貴女の最高の小説、作品だと読みました」
「うん。そうすると見抜かれてたんかなー。ここ二~三年の私のことも」
 と、これを切り出しに彼女が説明しだしたことは、こんな内容である。親類などで何人かの親しかった人が亡くなった。特に仲の良かった「ほんま良い人」たちもいて、凄いショックだったのだという。
〈そうだったのだ。あの乱れが、そういうことだったのだ〉
 僕は一挙に思い出した。この彼女、本当におかしかったのである。心ここにあらずというか、僕よりちょっと先輩の女性としては事務仕事なども得意そうに見えた彼女が、重大な忘れ事をしたと自嘲してみせるなど、とにかくいろいろ抜けていることありありと見えた時期があった。そして、今思えば、それが文章にこそ、よく表れていたのである。そもそも原稿締め切り期日に間に合わない。僕自身が、初校期限後に書き足しなどいろいろ手伝ったこともあった。今なら言えるのだが、その時に感じたことが、これだ。
〈記憶力がえらく減衰しているようだ。これが、書く妨げになっているのだろう。語尾が不揃いでおかしいとか、多すぎる登場人物の説明不足とかも目立つし〉
 過去の自身も含めたいろんな体験から鬱病に詳しい僕には、その疑いさえあると観えた時もあった。そして、なんか悲しかった。この人が、このまま老い切ってしまう?

 さて、ここまで思い至って初めて、僕の何げない手紙への彼女の感謝の内容、度合いの強さが、よーく分かった。〈自分はどうも、ちょっとおかしいのではないか。これが老いという、避けられないこと、その最後の方の関門を通り過ぎつつあるということなのだろうか〉、そんなことを長い間悩んできたにちがいない。〈文章でこんなに苦労し、書けない私ではなかったはずだ〉などなどを繰り返しながら。生活のいろんな局面でも、考えが進まず手に着かないことも多かったのではないだろうか。こんな数年を経て、今回の僕の批評文。「回復」してきたと思えてきたやの作品、自分自身を、他人が評価してくれた!
〈やっぱり難しいものが、立派に書けたんだ。ちょっと回復したというか、おかしくなくなったのかな。逆に、あの時期が単なる老いじゃなかったんだろう〉

 電話を切った後、改めてこんな思いに耽っていた。亡くなった人がそれだけ彼女にとって大切な人だったんだ。「喪失鬱病」というのを聞いたことがあるが、ある人生とこれだけ惚れあうって、素晴らしいことだ、な。その大切な相手はもちろん、彼女自身も。
コメント (2)
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