政府が進めようとしている「特定秘密保護法」の危険性
中戦争の開始と同時に強化され、1941年にも改正、最高刑は死刑
戦争中に「軍機保護法」という法律があったことをご存知でしょうか。この法律は1899(明治32)年に作られましたが、日中戦争の開始(1937年)と同時に新しい法律といえるほど大幅に改正され、さらにアジア・太平洋戦争の開始(1941年)で再改正されました。
軍事上の秘密を保護することを目的とするとされましたが、軍人のみならず一般人も対象とされ、言論・出版の自由が抑制され、海岸で写真を撮ったり、写生しても、そこに軍事施設があるとスパイ行為と疑われ、取り締まりの対象とされました。具体的に条文を見てみますと、
第1条 ①本法ニ於テ軍事上ノ秘密ト称スルハ作戦、用兵、動員、出師其ノ他軍事上秘密ヲ要スル事項又ハ図書物件ヲ謂フ
②前項ノ事項又ハ図書物件ノ種類範囲ハ陸軍大臣又ハ海軍大臣命令ヲ以テ之ヲ定ム
第2条 ①軍事上ノ秘密ヲ探知シ又ハ収集シタル者ハ6月以上10年以下ノ懲役ニ処ス
②軍事上ノ秘密ヲ公ニスル目的ヲ以テ之ヲ外国若ハ外国ノ為ニ行動スル者ニ漏泄スル目的
ヲ以テ前項ニ規定スル行為ヲ為シタル者ハ2年以上ノ有期懲役ニ処ス
第3条 ①業務ニ因リ軍事上ノ秘密ヲ知得シ又ハ領有したる者之ヲ他人ニ漏泄シタルトキハ無期又ハ3年以上ノ懲役ニ処ス
②業務ニ因リ軍事上ノ秘密ヲ知得シ又ハ領有したる者之ヲ公ニシ又ハ外国若ハ外国ノ為ニ行動スル者ニ漏泄シタルトキハ死刑又ハ無期若ハ4年以上ノ懲役ニ処ス
(以下略)
「壁ニ耳アリ、障子ニ目アリ」
ですから、陸軍大臣や海軍大臣が「これは秘密だ」と云えば「侵してはならない秘密」になり、これに接触した国民は機密を探るつもりはなくても拘束され、罪を問われることになったのです。
現に1941年12月8日(アジア・太平洋戦争が始まった日)に北海道大学予科の学生が軍機保護法違反の疑いで検挙・拘束されました。この学生が旅行中に見聞したことを大学の英語の講師だったアメリカ人に話したことの中に軍事機密が含まれていたというのです。この日から敵国人になった者に話したというので重い懲役15年の刑を言い渡され、網走刑務所に収監されました。敗戦で軍機保護法は廃案となり、学生は釈放されますが、刑務者生活で体が弱っており、肺結核となって27歳で亡くなりました。話を聞いた英語講師夫妻も懲役12年の刑に処せられました。
このように危険な法律だったのです。ですから人々はスパイの嫌疑をかけられることを恐れました。戦争中「壁ニ耳アリ、障子ニ目アリ」という標語のポスターが町の至る所に貼られ、回覧板にもついていました。「職場や町で知ったことをうっかり喋るなよ。スパイがどこにいるかも分からないぞ。うっかりしゃべると痛い目に遭うぞ」という訳です。
軍機保護法の再現「特定秘密保護法案」
8月28日の中日新聞に「秘密保護法案 民間も罰則対象 犯歴や経済状態、調査も」という記事が載っていました。記事によりますと、
国の機密を漏らした国家公務員らへの罰則強化を盛り込んだ「特定秘密保護法案」で、防衛などの機密情報を扱う府省庁と契約を結ぶ民間企業の従業員も罰則対象とし、漏えいした場合は最高で懲役10年を科すことがわかった。
機密情報を取り扱えるか適性を評価するため、社員の同意を得た上で犯歴や経済状態などの個人情報調査する。政府関係者が明らかにした。
ということです。
報道の自由も制限されるおそれ
中日新聞の記事は
政府は法案の拡大解釈による「基本的人権の不当な侵害」を禁じる規定を盛り込む方針だが、個人調査の対象を民間に広げることでプライバシー侵害の可能性も高まるため、国会で慎重な議論を求める声が強まりそうだ。
と述べています。
安倍首相は「秘密保持は極めて重要で、今のままでは国家安全保障会議(日本版NSC)として十分に機能できない。報道の自由も勘案しながら海外の事例を検討し、議論していく」と外遊先のクウェートで語りました。自民党筋からは「普通の取材ならば問題にされることはない」という言葉も伝えられていますが、では誰が「普通の取材」と判断するのでしょうか。「あの記者は特定秘密を持っている者に執拗に食い下がった。あれは普通の取材ではない。秘密を探ろうとしたのだ」と判断されれば、特定秘密保護法違反として刑罰を受けることになる恐れもあります。軍機保護法も法律ができた時は「軍事機密を探り、外部に通報することを取り締るのだ」と言いながら、国民の自由な言論を抑圧する道具となりました。
1985年に「スパイ防止法」が自民党議員から国会に提案されたことがあります。この議員提案は予備行為や過失も処罰の対象とされることなどから議員の反対が多く、審議未了で廃案となりました。
わが国にはすでに、国家公務員法、地方公務員法、外務公務員法、自衛隊法、日米安保条約に伴なう秘密保護法など機密を守る法律があります。これらの法律の中の規定が国民の自由、権利を守っているかに議論もありますが、屋上屋を重ねるようにした、国民の知る権利や言論・報道の自由を損なう恐れのある法律の制定には反対していきましょう。
(この文章は東海放送人九条の会ホームページの「ものみやぐら」に投稿したものです。)