僕が属している同人誌の仲間の随筆を紹介していますが、今回はS.Nさんの作品です。
『 昨年のことだ。梅雨入りが近いころだったか、高校時代の友に、久しぶりにメールをしてみた。その時の私は、義母の介護をやりに、渋々、夫の里に行き始めたころだった。姑の暴言に心が疲れていた。相手は認知症だから、とわかってはいるが、それに耐えるほど精神的に強くない。誰かに言いたい、わかってもらいたいと思っていた。
私をよく知っている彼女に向けてキーを叩き、愚痴を並べた。「いろいろあるんだね。苦労しているんだね」すぐに返事がきた。短い文だが、私に寄り添ってくれる気がして、少し楽になった。彼女は二十代のころ、同居していた姑との仲が原因で、結婚一年足らずで離婚した心の傷を抱えている。だから私の気持ちもわかってくれるのだろう。しかし、その返事には続きがあった。彼女の近況を綴った文面に見入った。
「借金地獄に突入しました」、と始まる文。何があったの。自営業の男性と再婚した彼女は、二人の息子を育てながら幸せだったはずだ。東名高速道路をとばして、一家で愛知万博にも来てくれた。大柄で人のよさそうな連れ合いは、長身の彼女に似合っていた。なのに、どうしたというのだ。文は続く。
不況の影響で仕事がうまくいかなくなった。銀行からの多額の借り入れに、どうやって返済したらいいか。生活が派手な夫は自分が遊ぶ金まで借金し、危機感がないという。「寝ていても、お金のことばかり考えて」夫に、もう借りないで、と言っても聞き入れてくれない。生活費もストップ状態なのに、六十万円、という毎月の返済をどうしたらいいのか。一人で悩んでいる様子が浮かぶ。鬱にならなければいいが。
彼女とは、高校時代はクラスも部活も同じだった。お互い、勉強や片思いの恋など、あの時も悩みや不安はあった。だけど今思えば、それらはたいしたことではなく、少なくとも生活の苦労など感じていなかった。ともに若さを楽しんでいた素晴らしい時期だった。だけど、今の彼女にあの時の明るさはないだろう。そして、姑にいじられている私の愚痴なんて、ちっぽけな事だと思うだろう。
私が大富豪なら、なにげなく振った服のポケットから落ちてきた札束を渡せるのに。と夢のようなことを思ってみた。だけど、現実には何もできない、助けられない。いや、もし余裕があったとしても、貸さないほうがいいだろう。借りたことで、彼女が負い目を感じてはいけない。貸し借りの関係でいるより、今まで通り対等の関係でいたい。
「人生は楽しいことばかりじゃないよね。心も体も疲れているだろうけど、自分を大切にして」これぐらいの返事しかできない。陰で心配しているよ、心に余裕ができたらメールして。そういう意味を含めた。それ以上の言葉はいらない。過度の励ましや慰めは、かえって彼女を傷つけるかもしれない。本当の苦しみは、直面している者にしかわからないだろうから。
彼女がこんな状況から解放される日が、早くくることを祈るだけだ。』
『 昨年のことだ。梅雨入りが近いころだったか、高校時代の友に、久しぶりにメールをしてみた。その時の私は、義母の介護をやりに、渋々、夫の里に行き始めたころだった。姑の暴言に心が疲れていた。相手は認知症だから、とわかってはいるが、それに耐えるほど精神的に強くない。誰かに言いたい、わかってもらいたいと思っていた。
私をよく知っている彼女に向けてキーを叩き、愚痴を並べた。「いろいろあるんだね。苦労しているんだね」すぐに返事がきた。短い文だが、私に寄り添ってくれる気がして、少し楽になった。彼女は二十代のころ、同居していた姑との仲が原因で、結婚一年足らずで離婚した心の傷を抱えている。だから私の気持ちもわかってくれるのだろう。しかし、その返事には続きがあった。彼女の近況を綴った文面に見入った。
「借金地獄に突入しました」、と始まる文。何があったの。自営業の男性と再婚した彼女は、二人の息子を育てながら幸せだったはずだ。東名高速道路をとばして、一家で愛知万博にも来てくれた。大柄で人のよさそうな連れ合いは、長身の彼女に似合っていた。なのに、どうしたというのだ。文は続く。
不況の影響で仕事がうまくいかなくなった。銀行からの多額の借り入れに、どうやって返済したらいいか。生活が派手な夫は自分が遊ぶ金まで借金し、危機感がないという。「寝ていても、お金のことばかり考えて」夫に、もう借りないで、と言っても聞き入れてくれない。生活費もストップ状態なのに、六十万円、という毎月の返済をどうしたらいいのか。一人で悩んでいる様子が浮かぶ。鬱にならなければいいが。
彼女とは、高校時代はクラスも部活も同じだった。お互い、勉強や片思いの恋など、あの時も悩みや不安はあった。だけど今思えば、それらはたいしたことではなく、少なくとも生活の苦労など感じていなかった。ともに若さを楽しんでいた素晴らしい時期だった。だけど、今の彼女にあの時の明るさはないだろう。そして、姑にいじられている私の愚痴なんて、ちっぽけな事だと思うだろう。
私が大富豪なら、なにげなく振った服のポケットから落ちてきた札束を渡せるのに。と夢のようなことを思ってみた。だけど、現実には何もできない、助けられない。いや、もし余裕があったとしても、貸さないほうがいいだろう。借りたことで、彼女が負い目を感じてはいけない。貸し借りの関係でいるより、今まで通り対等の関係でいたい。
「人生は楽しいことばかりじゃないよね。心も体も疲れているだろうけど、自分を大切にして」これぐらいの返事しかできない。陰で心配しているよ、心に余裕ができたらメールして。そういう意味を含めた。それ以上の言葉はいらない。過度の励ましや慰めは、かえって彼女を傷つけるかもしれない。本当の苦しみは、直面している者にしかわからないだろうから。
彼女がこんな状況から解放される日が、早くくることを祈るだけだ。』