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随筆紹介 「農業顔」  文科系

2014年05月01日 23時02分14秒 | 文芸作品
 今回は、S.Nさんの作品。ちょっと60代以上とは感覚が違うと分かるはずの作品。文章自身はオーソドックスなものですが、表現している対象、感覚がちょっと違う。そう僕は読みました。今の日本の世代による感覚の違いってかなりのものだと、いつも思うのです。

『 農業顔
 毎週月曜日は気が重い。その日も夫の里で義母の介護をするために、昼近く地下鉄の乗り換えホームにぼんやりと並んでいた。できることなら、くるりと後ろを向いてこのまま帰りたい。介護を始めて二年近くになった。週一回のこととはいえ、相変わらずいやで仕方がない。
「私さ、来るときに自転車にぶつかってさぁ」そのとき、いきなり話しかけてきた女性がいた。えっ、私に言っているの? それとも後ろに並んでいる人にだろうか。「運動靴はいていたから、なんともなかったけどさ」列にもぐり込みながら私に言う。以前から知り合いだった、とでもいうような言い方、だけど面識はまったくない。痩せて背が高い。大きなマスクの下には、どんな顔があるのだろう。なんで私に? 人違いじゃないの。関わりたくない。

 その時、私を助けるように電車がすべり込みドアが開いた。多くの人が降り、乗っていく。私はその中にまぎれて、空いているひとつの席に急いで体を落とした。よかった、あの人はどこかへ行ったのだろう。と思ったら、私の前にやってきた。さっきの話しの続きをする。気をきかせた左隣の若い男性が立った。きっと、私たちは親しい間柄とみたのだろう。
「私六十七。民生委員が来るけど、お金盗られるから二回追い出したんだ」、そうですか。言っている意味がわからなかったが領いてみる。どうしてそんな話をするんだろう。適当相槌を打って早く別れたい。
「アンタ、生まれはどこ」、「長久手です」、どこでもいい、話し相手になりたくない。「農業やってるでしょう」、「えっ、農業? は、はい」、なんでもいい、適当に答える。「やっぱりね。農業って顔してるもん」、自分の勘は正しかったと自信たっぷりの様子。私が降りる駅は五つ先、まだあるな。でも次で降りてしまおうか。
 その時、「あ、私ここで降りるね。じゃあね」、開いたドアに気づいて、彼女は慌てて席を立って行った。その後ろ姿を見送りながらホッとした。人の戸惑いに関係なく、自分のペースで話をしていった。彼女はいつもあんな調子で、見知らぬ人にいきなり話しかけているのだろうか。心が疲れた。ただでさえ、夫の里に行くので気持ちが塞いでいるのに、今日は運が悪い。

 それにしても、農業顔ってなに。それは褒め言葉だろうか。彼女が言ったことが妙にひっかかる。こんなことを言われたのは初めてだ。農業、っていう顔は、どんな顔なのだろう。テレビや新聞雑誌などで、野菜や花、米、などを生産している人たちを見ると痩せている人が多い。顔もすっきりとし、私のように下ぶくれ顔ではない。なのに、どうしてあんなことを言ったのだろう。

 ドアが開いた。私が降りる駅だ。深い息を吐き出しながら、そして農業顔、とやらをつけながら電車から降りた。』
コメント (1)
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