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「陰謀(論)」という愚かさ   文科系

2019年03月24日 09時16分04秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など
 先ほど、以下のようなコメントを書いた。僕が最近よく書いている「米世界制覇と米中衝突」のエントリーに付けて。「9条」に釣られてここに良く来るネトウヨ諸君が「陰謀論」好きだからである。相手を、「陰謀論だ」と宣告して、批判できた気になっていることも含めて。以下のこのコメントをもう少し深めて続きを書いてみたくなった。

【 追加の一言 (文科系)2019-03-24 09:10:52

 ここに書いたアメリカの世界戦略方向、文中の「アメリカが作りつつある現世界のこういう方向、見方」について、重大な追加の一言を。

 これは、いわゆる陰謀というものでは全くない。陰謀というからには、「いつから、誰たちがこういう陰謀を企てたものを言うのか」というしっかりした定義が必要だからである。そもそも人類史の未来に関わるこんな大きな長期にわたる「戦略」など、だれが計画できるものでもないのである。アメリカの歴史的対外行動のいろんな物が合わさって、現在の計画ができてきたということであって、未来に向かっては、これも明日重大な変更が加えられるかも知れないのである。

 文中の一例を挙げて例えば、アメリカは以下のこのことを承知していたか?
「イラク戦争、シリア内乱はアメリカが起こしたものだが、そこの難民があれほど大々的にヨーロッパ諸国、その政治を乱し、ポピュリズムを伸ばすという事に繋がっていくから、アメリカにとって好都合である」と。
 確かに一部の人はこういう可能性在りと十分に知っていたとは思う。だからこそ文中に、僕はこう書いた。

『難民は、イラク、シリア、北アフリカなどから生まれているが、全てアメリカの軍事侵食の産物、結果と言える。単なる結果か、ヨーロッパを大混乱させる目的意識を持って難民を生み出したかは判別できないにしても。ただし、近年のアメリカ自身にこういう国際的経験があったことは確かである。アメリカ金融などが中南米諸国を上に述べたように荒らす度に、アメリカへの移民が急増していたという事実である』

 歴史上ずるずると起こってくるある大事件を、最初から計画的だったように語るのが、陰謀論。が、長期にわたる世界史的な出来事には、たとえ陰謀が絡んだとしても、それが全部ではないどころか、おそらく事件の本質的なことでも、かならずしもない。

 太平洋戦争やイラク戦争ももちろん、陰謀では説明できない。なによりも、戦争途中も含めて、どこかで引き返す道もあったはずなのだから。そこが歴史の難しい所、人間の努力のやりがいもある、ということなのだろう。 】


 そもそも陰謀と証明しようとするからには、ある事件のどの部分が陰謀なのかをはっきりさせねばならないが、長期にわたる世界史的事件などでは、これ自身が難しすぎるはずだ。太平洋戦争ひとつとっても、これを満州事変からの続きと観る人と、日米戦争からだけ観る人とでは、全く「陰謀の対象領域」自身が違うのである。同じものを観ても、観る対象領域が違えばその本質でさえ変わってくるのである。そんなことも分からず、踏まえずに「陰謀(論)」だと決めつけてみても何かまともなことを論じ、反論できたことには全くならないだろう。

 陰謀論と同じような論理として、宿命論とか目的論とかがある。何かの現象を結果から見て、こういう目的、宿命のためにこの人々は動いてきたと論ずる論法である。そういう「事実認定」をすれば当然、人は未来もそう動くということになる。例えば、人類に争いばかりを観る人が、「明日も全く同じように争っていく。人類社会の戦争は無くならない」という社会ダーウィニズムに陥るような誤りだと思う。人に罪だけを、あるいは愛だけを観れば、性悪説、性善説が生まれるようなものだろう。
 同じように、陰謀論の論理、やり口は実に単純であってこういうものだ。ある事件の原因(のすべて)を、その事件の最初に関わっていた主要人物の心の中に求めたというだけのこと、目的論的な論理だ。人類史の出来事は、宿命論、陰謀説など、目的論的に説明できるような単純なものは何一つ存在しないと言って良いと思う。ごくごく単純な事件、凶悪犯にも、生い立ちなどの情状酌量もありうるようなものだろう。最近の日本の裁判は、世界でも珍しく情状酌量がどんどん薄くなっているようだが・・・・。
コメント (5)
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再掲、書評「サピエンス全史」(2)現代の平和  文科系

2019年03月24日 08時32分39秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 連載の2回目をご紹介する。明日は3回目と、この書評で起こったSICAさんという方との論争とを合わせて紹介したい。良い質問だったから、良い討論ができたと考えているからだ。


【 書評「サピエンス全史」(2)現代の平和  文科系 2017年05月03日 | 書評・番組・映画・演劇・美術展・講演など

『暴力の減少は主に、国家の台頭のおかげだ。いつの時代も、暴力の大部分は家族やコミュニティ間の限られた範囲で起こる不和の結果だった。すでに見たとおり、地域コミュニティ以上に大きな政治組織を知らない初期の農民たちは、横行する暴力に苦しんだ。権力が分散していた中世ヨーロッパの王国では、人口10万人当たり、毎年20~40人が殺害されていた。王国や帝国は力を増すにつれて、コミュニティに対する統制を強めたため、暴力の水準は低下した。そして、国家と市場が全権を握り、コミュニティが消滅したこの数十年に、暴力の発生率は一段と下落している』

『これらの諸帝国の後を受けた独立国家は、戦争には驚くほど無関心だった。ごく少数の例外を除けば、世界の国々は1945年以降、征服・併合を目的として他国へ侵攻することはなくなった。こうした征服劇は、はるか昔から、政治史においては日常茶飯事だった』

『1945年以降、国家内部の暴力が減少しているのか増加しているのかについては、見解が分かれるかもしれない。だが、国家間の武力紛争がかってないほどまで減少していることは、誰も否定できない』

 最後に、こういう現代の現象を学者達はうんざりするほど多くの論文で説明してきたとして、4つの原因を挙げている。
①核兵器によって超大国間の戦争が無くなったこと。
②人的資源とか技術的ノウハウとか銀行とか、現代の富が複雑化して、戦争で得られる利益が減少したこと。
③戦争は採算が合わなくなった一方で、平和が他国からの経済的利益を生むようになったこと。
④そして最後が、グローバルな政治文化が生まれたこと。以上である。

 今回の最後に、こんな文章も上げておく意味は大きいだろう。
『2000年には、戦争で31万人が亡くなり、暴力犯罪によって52万人が命を落とした。犠牲者が1人出るたびに、一つの世界が破壊され、家庭が台無しになり、友人や親族が一生消えない傷を負う。とはいえ、巨視的な視点に立てば、この83万人という犠牲者は、2000年に死亡した5600万人のわずか1・48%を占めるにすぎない。その年に自動車事故で126万人が亡くなり、81万5000人が自殺した』

 もう一つ、こんな文章もいろいろ考えさせられて、興味深いかも知れない。
『(これこれの部族は)アマゾンの密林の奥地に暮らす先住民で、軍隊も警察も監獄も持たない。人類学の研究によれば、これらの部族では男性の4分の1から半分が、財産や女性や名誉をめぐる暴力的ないさかいによって、早晩命を落とすという』

 なお、もちろん、以上これら全ての文章に、学者は学者らしく出典文献が掲げてあることは言うまでもない。

 (明日3回目と、これを巡って起こったある論争をご紹介する) 】
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再掲、書評「サピエンス全史」(1)野心的人類史  文科系

2019年03月24日 07時59分50秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 今改めて、この本が世界の脚光を浴びています。NHKのBSだったかで、特集番組が組まれたりして。2年前3回に分けて書評拙稿を書きましたが、再掲いたします。

【 書評「サピエンス全史」(1) 文科系
2017年05月01日 | 書評・番組・映画・演劇・美術展・講演など

 書評「サピエンス全史」(1)野心的人類史

 例によって、要約付きの書評をしていくが、なんせこの本は題名が示すとおりハードカバー2冊合計500ページを優に超えてびっしりという大部なもの。ほぼ全部読み終わったが、人類史をその通りの順を追って紹介してみても仕方ないので、この本の特徴とか、目立った章の要約とかをやっていく。その第1回目として、この本の概要と特徴

 オクスフォードで博士号を取った40歳のイスラエル人俊秀の歴史学者が書いた世界的ベストセラー本だが、何よりも先ずこの本の野心的表題に相応しい猛烈な博識と、鋭い分析力を感じさせられた。中世史、軍事史が専門とのことだが、ネット検索にも秀でていて、古今東西の歴史書を深く読みあさってきた人と感じた。ジャレド・ダイアモンドが推薦文を書いているが、このピューリッツァー賞学者のベストセラー「銃、病原菌、鉄」や「文明崩壊」(当ブログにこの書の書評、部分要約がある。06年7月8、19、21日などに)にも匹敵する守備範囲の広い著作だとも感じさせられた。両者ともが、一般読者向けの学術書をものにして、その専門が非常な広範囲わたっている人類学者の風貌というものを成功裏に示すことができていると思う。

 まず全体が4部構成で、「認知革命」、「農業革命」、「人類の統一」、「科学革命」。このそれぞれが、4、4、5、7章と全20章の著作になっている。
「認知革命」では、ノーム・チョムスキーが現生人類の言語世界から発見した世界人類共通文法がその土台として踏まえられているのは自明だろう。そこに、多くのホモ族の中で現生人類だけが生き残り、現世界の支配者になってきた基礎を見る著作なのである。
 「農業革命」は言わずと知れた、奴隷制と世界4大文明との誕生への最強の土台になっていくものである。

 第3部「人類の統一」が、正にこの作者の真骨頂。ある帝国が先ず貨幣、次いでイデオロギー、宗教を「その全体を繋げていく」基礎としてなり立ってきたと、読者を説得していくのである。貨幣の下りは実にユニークで、中村桂子JT生命誌研究館館長がここを褒めていた。ただし、ここで使われている「虚構」という概念だが、はっきり言って誤訳だと思う。この書の中でこれほどの大事な概念をこう訳した訳者の見識が僕には疑わしい。哲学学徒の端くれである僕には、そうとしか読めなかった。
 第4部は、「新大陸発見」という500年前程からを扱っているのだが、ここで語られている思考の構造はこういうものである。近代をリードした科学研究は自立して深化したものではなく、帝国の政治的力と資源・経済とに支えられてこそ発展してきたものだ、と。

 さて、これら4部を概観してこんな表現を当てた部分が、この著作の最も短い概要、特徴なのである。
『さらに時をさかのぼって、認知革命以降の七万年ほどの激動の時代に、世界はより暮らしやすい場所になったのだろうか?・・・・もしそうでなければ、農耕や都市、書記、貨幣制度、帝国、科学、産業などの発達には、いったいどのような意味があったのだろう?』(下巻の214ページ



 日本近代史の偏った断片しか知らずに世界、日本の未来を語れるとするかのごとき日本右翼の方々の必読の書だと強調したい。その事は例えば、20世紀後半からの人類は特に思い知るべきと語っている、こんな言葉に示されている。
『ほとんどの人は、自分がいかに平和な時代に生きているかを実感していない』
『現代は史上初めて、平和を愛するエリート層が世界を治める時代だ。政治家も、実業家も、知識人も、芸術家も、戦争は悪であり、回避できると心底信じている』
 と語るこの書の現代部分をこそ、次回には要約してみたい。こんな自明な知識でさえ、人類数百年を見なければ分からないということなのである
。げに、正しい政治論には人類史知識が不可欠かと、そういうことだろう。第4部「科学革命」全7章のなかの第18章「国家と市場経済がもたらした世界平和」という部分である。

(続く)】
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