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喜寿ランナーの手記(296) 白内障手術ブランクは1か月!  文科系

2020年07月17日 08時06分48秒 | スポーツ
 大変だ。一昨日改めて医者に訊いたら、標記のことが判明した。後の右目を手術したのが9日のことだから、まず7月中は走れない。僕にとってこれがとても重大なこととは知らず、医者は軽く命じるけど、それまでよほど循環器能力維持を創意工夫しないと、不可逆的な後退から走れなくなる不安さえ生じてきた。30分以上の階段往復とか、片脚爪先立ち(カカトを浮かしたまま、目一杯の上下)左右各40回とかスクワット(正式の奴)50回とかを、衝撃を排してゆっくりと連続して励むしかない。バイ菌対策の目薬はちゃんとさしているのだから、衝撃が問題なので、それさえ避ければと考えている。まー年寄り発心ランナーとしてこういうことには慣れているのだから、様子を見ながらぼつぼつやるさ。走れなくなったら速歩きでも続けて、ちょっとでも走れる日を待つことにする覚悟をも持って。

 昨日は、髪を洗うために息子がやっている美容院へ行ってきた。「髪洗いは、自分でやってはならず、美容院へ行け」というのも、医者の厳命なのだ。目に菌が入るのを嫌うからである。ただし、この往復はロードレーサーで行って来た。衝撃を与えないように、おおむね30キロ時程度に抑えながら。ただ、頭がすっきりした帰りのメーターに思わず38キロ時などと出ていて、慌てて落とした時もあった。この自転車を買った23年前からずっと変えていないギアの踏み込みで、クランクトップ時近くで足首を縮めてから伸ばす押し足を利かせたら、知らぬうちに出てしまったスピードだった。近年では低ギア比の多い回転数でしか乗らない僕が、珍しくフロント52、リア12という最大ギア比で走ってみたら、なぜか軽く踏み込めてしまったのである。白内障でぼんやりした目がクリアーになって、息子の手によって頭もすっきりしたし、気分が良すぎたということだろう。
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書評 「愛国官僚の叫び」⑤最終回  文科系 

2020年07月17日 07時55分33秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
 連載の最終回です。最後まで読んで下さった方、有り難うございました。

【 「従米か愛国か」(5)  文科系 2013年01月07日 12時50分35秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)

7 今後の日本に関わって

①孫崎享の提言

『アメリカに潰された政治家たち』の終章は『本当の「戦後」が終わるとき』となっている。そして、その最後のセクション4ページちょっとが『民意が変われば政治が変わる』と題されているから、これが孫崎の今の日本国際政治への望みなのだろう。以下は、そこから抜粋する。最初に言っておけば、外務省の国際情報局長を経て防衛大学教授だった人がこういう考えを持っているというのは、ちょっと嬉しいことと感じたものだ。

『 私は1日も早く、1人でも多くの日本人が、アメリカに対する幻想を捨て、対米従属のくびきから逃れてほしい願っています 』
『 自主路線の政治家は再び現れるのでしょうか。いま、政治家に求められる条件とは以下のようなものだと思います。
 第一に、修羅場から逃げないことです。失うことを恐れないこと。今、政界を見渡して、「すべてを失ってもいいから勝負してやろうじゃないか」という政治家はいません。
 第二に、若い候補であることです。国民は古い政治家を見放しています。これは時代の流れです。若い世代の支持を獲得できる政治家が出てこない限り、風は吹きません。
 第三に、政策的に国民が求めている「原発再稼働反対」「消費増税反対」「TPP反対」を断固やる、という姿勢です。
 以上の条件を踏まえた上で、実現しないという前提であえて申し上げれば、小沢新党が森ゆうこ議員あたりを首相候補に掲げれば、国民的な風が吹く可能性があります。彼女はそれらの条件をすべて備えているからです 』

 読んでいるうちに、孫崎享が鳩山や小沢のブレインの1人のよう感じられないだろうか。

②僕の総体的感想──「アメリカは案外もろいのではないか」

 孫崎は、アメリカの日本への基本戦略をこう述べている。
『 前章で述べたとおり、「在日米軍基地の削減」と「対中関係で先行すること」はアメリカの”虎の尾”です。これで怒らないはずがないのです 』
 この虎の尾2本の本質を、この根強さとか永続可能性とかを、そもそもどう捉えたらよいのだろうか。こんなものが一体なぜ、小沢への執拗な抹殺行動へと繋がるのか。普通に考えれば、産軍政複合体が、仮想敵国設定とかそれに向けての経済大国日本の軍事化とかを図って、その自己増殖を遂げていくことがこの虎の尾の動機だと見られよう。が僕は、それだけとはどうしても思えないのである。
 そもそもこれでは、冷戦後のアメリカの指導者たちが、こう考えていたことと合理的に合わないのである。「冷戦体制が終わった今、他国の軍事力などで怖いものはもう存在しない。本当に怖いのは、日本の(今は多分中国の)経済力である。これからは軍事産業から民需経済に変えるべきである」。そう、軍事力だけが強くても、経済が衰えたらその軍事力さえ維持できないのだ。当時そう語った一人が、ポール・ケネディ、「大国の興亡」。アメリカはなぜ民需に変わらなかったのか。この矛盾にこそ僕は、アメリカの不可思議、不条理を見る。経済力に武力で対抗したら、戦争ばかりしていなければならぬことになるのだし、経済の軍事化はやがて経済自身の停滞を呼ばずにはおかないだろう。今時、こんな政権、戦略に永続性があるわけはないだろうと言いたい。そして、この不条理をどうやったら説明できるかということに、僕は腐心してきた。そして、こんな結論に達した。
 アメリカの伝統的ワスプ(ホワイト、アングロサクソン、プロテスタント)などのエスタブリッシュメントが、その一方は産軍複合体へ、他の一方は現物経済より手っ取り早いファンドによる金転がしに走っただけなのだと。
 そこにさらに、こんなことも加わるのではないか。「アメリカ西部流マチズモ」。象徴的例示で言えば、全米ライフル協会。その精神がアメリカ議会を席巻しているようなものではないのだろうか。いくら銃による悲劇が起こっても、銃への愛着が捨てられない。あげくは「学校自体も銃で武装せよ。要員はわれわれが派遣する」などと言い出す。こういう一種の選民思想と相まって、「アメリカ西部流マチズモ」を他国にひけらかして、相手を押さえつけたような気になる優越感が手放せないのではないか。それだけエスタブリッシュメント2、3,4世が退廃しているのではないかと思いふけっていたものだ。

 定めた目的の実現には恐ろしく強くとも、人間の目的そのものを深くは考えて来なかったとは、アメリカ生まれのプラグマティズム哲学の本質。今のアメリカは退廃し、かつばらばらになっていて、案外もろいと思わざるをえない。】
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