【社説】:英のTPP加入交渉 国内産業に影響ないか
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説】:英のTPP加入交渉 国内産業に影響ないか
環太平洋連携協定(TPP)に英国が加入するための交渉が始まった。交渉の詰めはこれからだが、新規加入が実現すれば2018年12月の発効以来、初めてになる。
参加国がアジア太平洋地域以外に広がることにもなる。米国の参加交渉からの離脱によって薄れがちだったTPPの存在感が増してこよう。保護主義の強まりに対し、自由貿易の枠組みが広がる意味は大きい。
英国との交渉では、日本は議長国としてかじ取り役を担う。加入を望む中国やタイも推移を見守っている。日本の指導力や交渉力が問われることになる。
TPPは日本、カナダ、オーストラリア、ベトナムなど11カ国が合意した自由貿易の枠組みだ。関税撤廃率は100%近く、国有企業優遇の原則禁止や知的財産の保護など、自由で公正な経済活動を目指した厳しいルールを定めている。
英国は欧州連合(EU)を離脱した。TPPを新たな成長の足がかりと位置づけ、アジア太平洋地域との結びつきを強めたいとの思惑があるのだろう。
日本をはじめとするTPP参加国も交渉入りを歓迎する。米国の不参加で、比較的大きな経済規模を有するのはカナダ、オーストラリアだけ。英国の参加をきっかけに、拡大機運が高まることを期待している。
だが交渉を急ぐあまり、関税自由化の水準や投資・貿易などのルールを見直すことは避けるべきだ。
英国は今年1月に発効した日本との経済連携協定(EPA)の交渉時に英国産チーズなどの関税引き下げを求めた経緯がある。今回の交渉でも議題にされる可能性はある。
あしき前例ができれば、TPPに参加意欲を持っている中国やタイなども参加条件の緩和を迫ってくる可能性が高い。
中国は知的財産保護や国有企業の優遇禁止のルールをクリアできていない。タイも農業や医薬品分野でTPPはマイナスという反対論が拡大し、結論が先延ばしになっている。
高水準の協定が骨抜きにされればTPPの存在意義も失う。それでは本末転倒であろう。
TPP発効以降、外国産の肉や乳製品、果物などは確かに安くなった。農産物の輸入は確実に増え、国内の農業に打撃を与えているのは間違いない。
関税は段階的に撤廃され、生産者の苦悩は年々増す。加盟国が増えた場合の影響について国内で議論を尽くし、対策を講じるのが先ではないか。
コロナ禍によって、国際的なサプライチェーン(供給網)が崩れ、食料需給にも大きな影響を与えている。
頼みとなるのは国産農産物だが、日本の食料自給率は18年度にカロリーベースで37%と過去最低に落ち込み、上向く兆しは見えない。政府が目標とする25年度の45%達成は厳しいと言わざるを得ない。
TPPの拡大によって過度な市場競争原理が農業分野に浸透すれば、輸入農産物などの流入拡大だけでなく、生産基盤の弱い中国地方の中山間地域の農業などにも深刻なダメージを与える恐れがある。
輸入頼みでは危うい。政府は食料安全保障の観点から、危機感を持って自給率を高める農業振興策に取り組む必要がある。
元稿:中國新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2021年06月04日 07:06:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。