【社説②】:水俣病と環境省 被害者との「対話」は形だけか
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説②】:水俣病と環境省 被害者との「対話」は形だけか
環境省の設立趣旨は、公害の防止と被害の救済だったはずだ。原点に立ち返り、被害者の声に 真 摯 に耳を傾ける姿勢を取り戻す必要がある。
熊本県水俣市で開かれた水俣病の被害者団体と伊藤環境相との懇談で、環境省の職員がマイクの音声を切り、被害者側2人の発言を遮る出来事があった。
1団体3分の持ち時間内で発言を終えるよう何度も促したが、その時間を超えたためだという。伊藤環境相は8団体の代表者から話を聞く予定になっていた。
発言を打ち切られた1人は、被害を訴えながら、水俣病と認定されないまま亡くなった妻の思いを語っていた。環境省の対応に団体側は憤り、懇談は紛糾した。
懇談は、環境相が被害者の声を聞き、施策に生かすため、環境省が毎年開催している。持ち時間の制限はこれまでもあったが、発言が多少長引いても、マイクが切られたことはなかったという。
環境省は、あくまで話を聞かせてもらう立場である。環境相が東京に帰るための飛行機の時間が迫っていたようだが、自分たちの都合でマイクの音量を絞るなど、あまりに非礼で身勝手だ。
そもそも3分で、行政に生かせる話が聞けるとは思えない。長年懇談を続けるうちに、形だけの対話になっていたのではないか。
環境省の担当者は、大臣の予定ばかりを気にして、被害者の心情に思いが至らなかったように見える。しかも、伊藤環境相は、現場の混乱を目の当たりにしながら、「マイクを切ったことを認識しておりません」と述べた。
血の通わない対応である。発言に一定の制限時間を設けるのはやむを得ないにしても、やり方があまりに稚拙だ。お役所仕事だと批判されても仕方あるまい。今後は大臣が日帰りする強行日程や発言の持ち時間を見直すべきだ。
環境省の前身の環境庁は、高度成長期に水俣病やイタイイタイ病などの公害病が深刻な社会問題となったことを受け、1971年に発足した。自然破壊を防ぎ、国民の健康を守る責務がある。
水俣病の公式確認から今年で68年となる。この間、政府は被害者救済のための特別措置法を作るなどの解決策を打ち出したが、救済の対象にならなかった人たちが各地で集団訴訟を起こしている。
「水俣病被害市民の会」の山下善寛代表(右)に頭を下げる伊藤環境相(8日午後、熊本県水俣市で)=白石一弘撮影
伊藤環境相は団体側に謝罪した。改めて懇談を行うという。被害者らは高齢化が著しい。環境省は組織の役割をかみ締め、心の通う対話を重ねることが大切だ。
元稿:讀賣新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2024年05月10日 05:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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