ミュージカル『モーツァルト』-2021年4月19日帝国劇場
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/b9348c701aee65f6a6ede8f4d12b6f87
ミュージカル『モーツァルト』-2021年4月14日帝国劇場(2)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/daa644a4b79e41b6d997c0c7c92e89f6
昨夜も福永悠二さんがホストをつとめたミュージカルウィークをYouTubeで視聴しました。福永さん、ニューヨークにダンス留学していた19歳の時、一時帰国中の日本で帝国劇場の『モーツァルト』を観劇して音楽の力に圧倒され歌もやりたいと思ったそうな。ものすごくいい声。何役もこなすアンサンブルキャストのみなさん、どの舞台を観劇しても思いますがすごい方ばっかりです。『モーツァルト』、2014年、2018年に続いて観劇しましたが、まだまだ気づいていないところがたくさんあるのだとわかり、このあとで観劇したかったと思いました。奥が深い作品。裏話もいろいろ。小池修一郎先生は天才、細かいところまでこだわりがあり動きの指示がものすごく細かい、山口祐一郎さんのすごいところは無駄な動きがひとつもない、最小限の動きで台詞も歌もない瞬間の舞台をうめられる帝王感、市村正親さんは70才を超えて足がここまで(顔の前まで)あがるしすごい、アマデの子役ちゃんたちがすごくかわいい、歴代アマデ、シカネーダーが登場する場面は袖でノリノリになっている、台詞も歌もなくほぼ出ずっぱりだからストレスたまるよね、アマデすごい、コロレド大司教とヴォルフガングが対峙する場面でコロレドの手を払いのけるときのヴォルフガングの動きがゆんと育三郎さんでは違うなどなど。稽古場でずっとマスク、外で一緒に食事することもできないから舞台上で会わないキャスト同士は顔が認識できないままだったり、スタッフさんもマスクだから外で会ってもわからないだろうと。コロナ禍の制約による苦労を乗り越えながら圧巻の舞台を帝国劇場に届けてくださり、Wヴォルフガングを観劇することができたのは奇跡でした。
ミュージカルウィークに登場されたアンサンブルキャストのみなさん、『モーツァルト』の中でいちばん好きな曲は「モーツァルト!モーツァルト!」をあげる方が多かったようです。2幕終盤、市村正親さん扮する仮面をつけた人物から依頼された「レクイエム」をかくことに命を注ぐ場面、それまで羽ペンで曲をかき続けてきたアマデが見つめる中、「自分の力でかくのです」という依頼人のことばどおり、依頼人が落としたお金をコートのポケットに入れるとそのコートを脱いで狂ったように机に向かうヴォルフガング。そのヴォルフガングに向けてヴァルトシュテッテン男爵夫人、コロレド大司教、そしてそれぞれのキャストが自分のいくつもの旋律をうたいながら最後はかさなって重厚なコーラスになっていく「モーツァルト!モーツァルト!」。音楽の泉が涸れて力尽きたヴォルフガングがアマデの差し出した羽ペンで胸を刺し、アマデと共に命果てるフィナーレの「影を逃れて」まで、毎公演わかっているはずなのに鳥肌と涙、涙。
仮面をつけた依頼人をヴォルフガングの父レオポルト役の市村さんが演じるのは小池先生のオリジナル、『モーツァルト』は家族の葛藤の物語でもあるという小池先生の想い、2014年公演のプログラムに掲載されたレオポルト像を読むと、市村さんがこのレオポルト像に忠実に演じられていることがわかります。
2018年『モーツァルト』_家族の物語
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/d6e0021f79b76b90411634a1f521b5cd
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/93b7638720293d5e787edf4419840769
『エリザベート』のトート、『モーツァルト』のアマデ、自分の中に存在するもう一人の自分を擬人化し、他の人にはみえないもう一人の自分と常に葛藤しながら生きる物語を生み出す精神性はどこからくるものなのでしょうね。今回アマデのトリプルキャストは全員女の子。14日と19日共に、設楽乃愛(しだらのあ)ちゃんでした。素顔はかなりの美人さんなんだろうなと思いました。目の力で役を生きるアマデ、今回はじめて小さいアマデがトートのように場面を支配しているようにも感じる場面がありました。記憶があやふやですが、アマデの手の動きの先からヴァルトシュテッテン男爵夫人が登場したきたようにもみえたり、2018年公演の時には場面を支配しすぎているように感じた巨大ピアノの舞台装置と物語の親和性が今回は高くなったこともあるかもしれません。ヴォルフガングの運命を左右する人々がアマデにあやつられるようにピアノの影から舞台に登場してくる、それぞれのおかれた状況によっても解釈がちがってくる奥の深い作品ということでしょうか。
「モーツァルト!モーツァルト!
清らかで
モーツァルト!
神秘的
モーツァルト!
心ゆする
魔術的
モーツァルト!
悦楽
音楽の泉を持つ
彼の中に
何処から湧き出す?
神がつかわした 奇跡の人
時を超え輝く 永遠の星よ
海を越え
人を酔わせる
のちの世に
夢を見続けさせる
新しい
いつまで
たっても
モーツァルト!モーツァルト!
癒される
迷いと苦しみに
勇気与え
希望見出す
その響きが立ち向かう
この地上の痛みと悲しみ
神がつかわした 奇跡の人
世界果てる日まで 奇跡は終わらない
神の子 モーツァルト!」
4月14日の帝国劇場
4月19日の帝国劇場
圧倒的な音楽の力をもつミュージカル。札幌公演、無事に幕があがることを祈っています。和音美桜さんのナンネールのことも書きたいですが、いい加減長くなりすぎたのでまた後日にします。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/b9348c701aee65f6a6ede8f4d12b6f87
ミュージカル『モーツァルト』-2021年4月14日帝国劇場(2)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/daa644a4b79e41b6d997c0c7c92e89f6
昨夜も福永悠二さんがホストをつとめたミュージカルウィークをYouTubeで視聴しました。福永さん、ニューヨークにダンス留学していた19歳の時、一時帰国中の日本で帝国劇場の『モーツァルト』を観劇して音楽の力に圧倒され歌もやりたいと思ったそうな。ものすごくいい声。何役もこなすアンサンブルキャストのみなさん、どの舞台を観劇しても思いますがすごい方ばっかりです。『モーツァルト』、2014年、2018年に続いて観劇しましたが、まだまだ気づいていないところがたくさんあるのだとわかり、このあとで観劇したかったと思いました。奥が深い作品。裏話もいろいろ。小池修一郎先生は天才、細かいところまでこだわりがあり動きの指示がものすごく細かい、山口祐一郎さんのすごいところは無駄な動きがひとつもない、最小限の動きで台詞も歌もない瞬間の舞台をうめられる帝王感、市村正親さんは70才を超えて足がここまで(顔の前まで)あがるしすごい、アマデの子役ちゃんたちがすごくかわいい、歴代アマデ、シカネーダーが登場する場面は袖でノリノリになっている、台詞も歌もなくほぼ出ずっぱりだからストレスたまるよね、アマデすごい、コロレド大司教とヴォルフガングが対峙する場面でコロレドの手を払いのけるときのヴォルフガングの動きがゆんと育三郎さんでは違うなどなど。稽古場でずっとマスク、外で一緒に食事することもできないから舞台上で会わないキャスト同士は顔が認識できないままだったり、スタッフさんもマスクだから外で会ってもわからないだろうと。コロナ禍の制約による苦労を乗り越えながら圧巻の舞台を帝国劇場に届けてくださり、Wヴォルフガングを観劇することができたのは奇跡でした。
ミュージカルウィークに登場されたアンサンブルキャストのみなさん、『モーツァルト』の中でいちばん好きな曲は「モーツァルト!モーツァルト!」をあげる方が多かったようです。2幕終盤、市村正親さん扮する仮面をつけた人物から依頼された「レクイエム」をかくことに命を注ぐ場面、それまで羽ペンで曲をかき続けてきたアマデが見つめる中、「自分の力でかくのです」という依頼人のことばどおり、依頼人が落としたお金をコートのポケットに入れるとそのコートを脱いで狂ったように机に向かうヴォルフガング。そのヴォルフガングに向けてヴァルトシュテッテン男爵夫人、コロレド大司教、そしてそれぞれのキャストが自分のいくつもの旋律をうたいながら最後はかさなって重厚なコーラスになっていく「モーツァルト!モーツァルト!」。音楽の泉が涸れて力尽きたヴォルフガングがアマデの差し出した羽ペンで胸を刺し、アマデと共に命果てるフィナーレの「影を逃れて」まで、毎公演わかっているはずなのに鳥肌と涙、涙。
仮面をつけた依頼人をヴォルフガングの父レオポルト役の市村さんが演じるのは小池先生のオリジナル、『モーツァルト』は家族の葛藤の物語でもあるという小池先生の想い、2014年公演のプログラムに掲載されたレオポルト像を読むと、市村さんがこのレオポルト像に忠実に演じられていることがわかります。
2018年『モーツァルト』_家族の物語
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/d6e0021f79b76b90411634a1f521b5cd
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/93b7638720293d5e787edf4419840769
『エリザベート』のトート、『モーツァルト』のアマデ、自分の中に存在するもう一人の自分を擬人化し、他の人にはみえないもう一人の自分と常に葛藤しながら生きる物語を生み出す精神性はどこからくるものなのでしょうね。今回アマデのトリプルキャストは全員女の子。14日と19日共に、設楽乃愛(しだらのあ)ちゃんでした。素顔はかなりの美人さんなんだろうなと思いました。目の力で役を生きるアマデ、今回はじめて小さいアマデがトートのように場面を支配しているようにも感じる場面がありました。記憶があやふやですが、アマデの手の動きの先からヴァルトシュテッテン男爵夫人が登場したきたようにもみえたり、2018年公演の時には場面を支配しすぎているように感じた巨大ピアノの舞台装置と物語の親和性が今回は高くなったこともあるかもしれません。ヴォルフガングの運命を左右する人々がアマデにあやつられるようにピアノの影から舞台に登場してくる、それぞれのおかれた状況によっても解釈がちがってくる奥の深い作品ということでしょうか。
「モーツァルト!モーツァルト!
清らかで
モーツァルト!
神秘的
モーツァルト!
心ゆする
魔術的
モーツァルト!
悦楽
音楽の泉を持つ
彼の中に
何処から湧き出す?
神がつかわした 奇跡の人
時を超え輝く 永遠の星よ
海を越え
人を酔わせる
のちの世に
夢を見続けさせる
新しい
いつまで
たっても
モーツァルト!モーツァルト!
癒される
迷いと苦しみに
勇気与え
希望見出す
その響きが立ち向かう
この地上の痛みと悲しみ
神がつかわした 奇跡の人
世界果てる日まで 奇跡は終わらない
神の子 モーツァルト!」
4月14日の帝国劇場
4月19日の帝国劇場
圧倒的な音楽の力をもつミュージカル。札幌公演、無事に幕があがることを祈っています。和音美桜さんのナンネールのことも書きたいですが、いい加減長くなりすぎたのでまた後日にします。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。