日本相撲協会の八角理事長は
「勝負に徹したということ。15戦全勝は立派だ」
日本相撲協会の伊勢ヶ濱審判部長は、
全勝優勝を果たした白鵬について
「気合いの入った相撲だった。
全勝して横綱の務めを果たしたのではないか」
相撲協会・行事・勝負審判と横綱白鵬関を侮辱するコメント!
ケガを乗り越え全勝優勝という結果を残してくれた。
3月に『注意』の決議を受けたあと、名古屋場所に進退をかけると明言して出場し、
結果につなげたことはそれなりに評価したい
目を疑うような仕切りや張り手、ひじ打ちと疑われかねないかち上げ、
ありえないガッツポーズ、実に見苦しく、どうみても美しくない
横綱は特別な地位で、ルールに反しなければ何をしてもいいということではない。
長い歴史と伝統を持つ大相撲が廃れていく
横綱というのはどういう地位なのか、どういう生き方をするべきなのか
ということを親方とおかみさんと相談して、うまく形にできればいいかなと思う
日本人は
横綱白鵬関の
実績・貢献度と苦悩と結果を深く読み取ることだ!
NHK 横綱 白鵬「今までの優勝と違い価値がある」千秋楽 一夜明け 大相撲
大相撲名古屋場所で7場所ぶり45回目の優勝を全勝で飾った横綱 白鵬が、千秋楽から一夜明けて会見し「今までの44回の優勝とは違い価値がある」と話しました。
白鵬は6場所連続休場から復帰し、進退をかける意向を示していた名古屋場所の千秋楽で、大関 照ノ富士との全勝どうしの一番を制し、7場所ぶり45回目の優勝を果たしました。
千秋楽から一夜明けた19日に、白鵬はオンラインで会見し
「今までの44回の優勝とは違う。本当に思い出の上位に残るくらいの価値がある」
と心境を話しました。
最後まで優勝を争い、綱とりの場所で14勝を挙げ横綱昇進を確実にしている照ノ富士については
「毎日、土俵の下で照ノ富士の取組を見て、あとに相撲を取る自分がプレッシャーを感じていた。本当に安定感のある相撲だった」としたうえで「重さ、圧力もある。新横綱としてやってくれると思う」と期待している様子でした。
また、ことし3月に手術を受けた右ひざの状態については
「おかげさまで15日間ずっと同じ。悪くもならないし、よくもならない」
と説明しました。
そして、次の目標は何かという質問に対しては
「けさは起きたときに『きょう何にもないんだよな』という気持ちよさがあった。まずは、ゆっくりしてから」
と話していました。(引用ここまで)
NHK 全勝優勝 横綱 白鵬「この年でできるとは思わなかった 最高」 大相撲
大相撲名古屋場所は千秋楽の18日、横綱 白鵬が大関 照ノ富士との全勝どうしの一番を制して、7場所ぶり45回目の優勝を果たしました。白鵬は、6場所連続休場から進退をかける意向を示して臨んだ場所で全勝し、復活優勝を成し遂げました。
白鵬はことし3月に右ひざの手術を受けて、今場所に進退をかける意向を示して6場所連続休場から復帰していました。
初日には新小結 明生にかけ投げで逆転勝ちし、4日目には平幕の隆の勝に土俵際で背中を向けながら回り込んで勝つなど、序盤は持ち味の対応力と相撲の速さで負けない相撲を見せました。
中盤以降は徐々に相撲内容も安定し、力強く寄り切る相撲も見せて勝ち星を重ねました。
千秋楽では今場所綱とりがかかった照ノ富士を退けて、進退をかける意向を示して出場した場所で横綱の貫禄を見せつけました。
白鵬「横綱として899勝 あと1勝で900勝 1勝目指して頑張る」
右ひざのけがなどから復帰した場所の千秋楽で大関 照ノ富士との全勝どうしの対戦となったことについては「右ひざがボロボロで言うことを聞かなかったので、この一番ですべてをかけようと思って気合い入れてやりました。まさかこの年で、全勝で優勝できるなんて場所前は思わなかったので本当にホっとしている。最高です」と心境を話しました。
今後の目標については「これで横綱として899勝。あと1勝で900勝なので1勝目指して頑張っていきたいと思います」と意気込みを話していました。
八角理事長「勝負に徹した」
一方、綱とりの場所で14勝1敗の好成績を残した大関 照ノ富士については「横綱になると、大関にはなかったものを求められる。それを踏まえて頑張ってほしい」と期待を示していました。
伊勢ヶ濱審判部長「横綱の務めを果たした」
敗れたものの14勝を挙げた照ノ富士については「落ち着いて相撲を取っていた。慎重な感じもしたけれどその中で勝ち星を挙げてよかったのではないか」と話し横綱昇進が確実になったことについては「まだ横綱なったわけではないですし」と話すにとどまりました。
復帰までの経緯
右ひざのけがなどで3場所連続休場から復帰を目指したことし1月の初場所前には、新型コロナウイルスに感染して休場を余儀なくされました。
さらに、ことし3月の春場所には出場したものの、右ひざの痛みで3日目から休場し、右ひざの2回目の手術を受けました。
手術ではひざの皿の裏にある軟骨の損傷した部分をなめらかにするなどの処置を受け、執刀した主治医は「横綱の回復力に期待してもリハビリに最低2か月かかる」と見通しを示していました。
名古屋場所に進退をかける意向を示した白鵬は、その後、軟骨の再生医療を取り入れ、ことし4月からはひざの周りの筋肉を刺激して強化するリハビリを行い、6月には土俵上で相撲を取る稽古を再開しました。
名古屋場所直前には関取の炎鵬などとも、申し合いをして調整し、途中休場も含めて6場所連続休場から復帰して、今場所の土俵に上がっていました。
今場所の相撲と復活の要因は
序盤は、勝ち星こそあげたものの危ない場面が目立ちました。
初日の新小結・明生との対戦では四つに組み合って、相手の引きつけに腰が浮く場面もありながら、痛めた右足で踏ん張ってかけ投げで白星を得ました。
4日目の隆の勝との一番は、土俵際で相手に背中に回られながらも、持ち味の反応の素早さで逆転勝ちしました。
力強さには欠ける相撲の中でも、白鵬は「反応良く動けている」と話し、休場明けでも衰えない、みずからの相撲勘に手応えを得ている様子でした。
関係者によりますと、序盤は毎朝、稽古場に降りて、すり足など基礎運動を行いましたが、中盤以降は、疲労も考慮して体操やストレッチだけにとどめる日を作り、毎日、右ひざの回りを中心にマッサージ受けるなど体調管理にこれまで以上に気を配ったということです。
今場所は取り口にも工夫が見られました。
白鵬は、本来は右足で踏ん張り、左足から踏み込む立ち合いでしたが、今場所は手術した右足への負担を考慮してか、すべて左足で踏ん張って右足から踏み込んでいました。
右四つ左上手が白鵬の形ではあるものの、組んでも離れても相撲が取れる対応力の高さを見せました。
手術の影響と、36歳という年齢から来る衰え、連続休場による土俵勘などを不安視する声もあった中で、終わって見れば”白鵬いまだ強し”を強く印象づける復活優勝となりました。
白鵬「最後は力を振り絞った」と振り返る
照ノ富士については「15日間の中で、熱戦を繰り広げたのは照ノ富士だけだと思う。本当に安定感があって、7年前の相撲とはまったく違う照ノ富士がいた」と評価していました。
そして、「進退のこともそうだが、東京オリンピックを現役で迎えることが達成でき、親父との約束も果たせた」と充実した表情で話していました。(引用ここまで)
日本相撲協会は、大相撲名古屋場所を14勝1敗の好成績で終えた大関 照ノ富士について場所後に横綱昇進に向けた臨時理事会の開催を決めました。
大関 照ノ富士は先場所大関として初めて優勝し、綱とりがかかった名古屋場所でも持ち味の力強い相撲で白星を重ね千秋楽に横綱 白鵬との全勝どうしで優勝を争いました。
惜しくも敗れましたが14勝1敗の好成績で終えました。
こうした成績を受けて横綱昇進の議論を預かる日本相撲協会審判部は、八角理事長に対し場所後に横綱昇進に向けた臨時理事会の開催を要請し、理事長は、場所後に照ノ富士の横綱昇進に向けた臨時理事会の開催を決めたということです。
八角理事長は「横綱になると、大関にはなかったものを求められる。いろんなことを求められる。それを踏まえて頑張ってほしい」と話していました。
鳥取 高校の後輩 白鵬との対戦を見守る
相撲部の部員17人は校内の大ホールで取り組みの様子を見つめ、照ノ富士が敗れると悔しそうに小さく息を吐いていました。
照ノ富士は横綱 白鵬に敗れはしたものの、14勝1敗の好成績をあげ、日本相撲協会は場所後に横綱昇進に向けた臨時理事会の開催を決めました。
相撲部の落合哲也主将は「自分もいつかこの舞台で戦うという気持ちが強くなりました。これからも強い照ノ富士関が見たいです」と話していました。
照ノ富士と同じモンゴル出身のアルタンゲレル・ソソルフーさんは「見ていて緊張しましたが、モンゴル出身の先輩が強い気持ちで戦っていてとてもうれしかったです。自分も強い気持ちで頑張りたいです」と話していました。
照ノ富士「まだ弱いなと思う」
照ノ富士とは
来日後は強豪の鳥取城北高校に入学し、その後、間垣部屋に入門しました。
平成23年5月の技量審査場所で若三勝のしこ名で初土俵を踏み、間垣部屋の閉鎖に伴って伊勢ヶ濱部屋に移籍したあと、しこ名を今の照ノ富士に改めました。
体重およそ180キロの体格を生かした力強い四つ相撲でぐんぐん番付を上げ、平成26年の春場所に新入幕を果たし、関脇だった平成27年夏場所に12勝3敗で初優勝しました。
初土俵から25場所目での優勝は、年6場所制となった昭和33年以降、幕下付け出しの力士を除いて歴代3位のスピード記録で、場所後に大関に昇進し、横綱候補として期待されました。
しかし、ひざのケガや糖尿病などから稽古の出来ない状態となり、平成29年名古屋場所から4場所連続で休場し、その年の九州場所で2年間務めた大関の地位から陥落しました。
さらに平成30年夏場所からも5場所連続で休場し、おととしの春場所には序二段にまで番付を下げました。
大関経験者が幕下以下に陥落するのは昭和以降では初めてのことで一時は引退も考えました。
それでも師匠の伊勢ヶ濱親方に説得されて思いとどまり、ケガや病気の回復に伴って少しずつ稽古を再開し、再び番付を上げていきました。
前頭17枚目「幕尻」で幕内に復帰した去年7月場所にはおよそ5年ぶりとなる2回目の優勝を果たして復活を強く印象づけました。
そして、関脇だったことし3月の春場所で優勝し、21場所ぶりに大関に復帰した先場所も制して今場所は綱とりに挑戦していました。
過去の横綱昇進事例
過去には2場所連続優勝でなくても横綱に昇進した例は多くありましたが、昭和62年に第60代横綱 双羽黒が角界を去ったあとは、長く2場所連続優勝した力士だけが横綱に昇進してきました。
双羽黒は昭和33年に横綱審議委員会の内規が出来て以降、初めて優勝を経験しないまま昭和61年の名古屋場所後に横綱になりました。
昇進後も優勝できず、親方との口論から部屋を飛び出し横綱在位わずか8場所で角界を去りました。
このあとは、平成2年に昇進した第63代横綱 旭富士から平成24年に昇進した第70代横綱 日馬富士まで8人続けて、2場所連続優勝の力士だけが横綱に昇進してきました。
このあとは、第72代横綱 鶴竜と第73代横綱 稀勢の里は、ともに優勝1回で横綱に昇進しました。
2人の綱とりの場所の直前の成績は、鶴竜が平成26年春場所で優勝決定戦で敗れたものの14勝1敗。
稀勢の里は、平成28年九州場所で12勝3敗として優勝力士に次ぐ成績を挙げています。
照ノ富士は大関として2場所連続優勝を逃しましたが、ことしに入って関脇だった春場所と大関に復帰した先場所も制し、今場所は14連勝で迎えた千秋楽で敗れ、14勝1敗で優勝した白鵬に次ぐ好成績を挙げていました。
横綱昇進が決まるまでの流れ
日本相撲協会の八角理事長は、千秋楽の18日、審判部から横綱昇進を諮る臨時の理事会を開くよう要請され開催を決めました。
相撲協会では、照ノ富士が横綱として、実力や品格がふさわしいかを審議する横綱審議委員会に昇進を諮問することになります。
横綱審議委員会は19日、東京都内で開かれます。
横綱審議委員会は、横綱に推薦する条件として、「大関で2場所連続の優勝」を原則とし「これに準ずる成績をあげた力士を推薦する場合は、出席した委員の3分の2以上の決議が必要」と内規で定めています。
照ノ富士は、大関として2場所連続優勝を果たしていないため、横綱審議委員会では、出席した委員の3分の2以上が賛成すれば、昇進を相撲協会に推薦することになります。
横綱推薦が決まれば、相撲協会は場所後の番付編成会議と臨時の理事会で横綱昇進を正式に決定します。(引用ここまで)
大相撲名古屋場所は22歳の豊昇龍が技能賞、23歳の琴ノ若が敢闘賞に選ばれ、若手2人がいずれも初めての三賞を受賞しました。
三賞の選考委員会は、名古屋場所千秋楽の18日、名古屋市の愛知県体育館で開かれ14日目までに大関 正代に勝つなどして10勝5敗の好成績を挙げた前頭5枚目の豊昇龍が技能賞を受賞しました。
委員からは「積極的に技を仕掛けている」とか「最近の力士には珍しく足技を持っている」などの意見があり、豊昇龍は初めての三賞受賞です。
また、前に出る力強い相撲で自己最高の12勝を挙げた前頭11枚目の琴ノ若も初めての敢闘賞を受賞しました。
殊勲賞の受賞者はいませんでした。
敢闘賞 琴ノ若「上位の皆さんと当たりたい」
来場所に向けては「しっかり稽古を積んで、思い切っていきたい。上位の皆さんと当たりたい」と意気込みを話していました。(引用ここまで)
大相撲名古屋場所の十両は、モンゴル出身の水戸龍が12勝3敗で初めての優勝を果たしました。
名古屋場所の十両の優勝争いは、西十両6枚目の水戸龍と東十両14枚目の阿炎が11勝3敗で並んでいました。
千秋楽の18日、先に土俵に上がった阿炎が敗れたのに対し、水戸龍が若元春に押し出しで勝ち、12勝3敗で初めての十両優勝を果たしました。
水戸龍はモンゴル出身の27歳。
鳥取城北高校を経て学生相撲の強豪、日大で学生横綱となり、錦戸部屋に入門後、平成29年夏場所で幕下15枚目格付け出しとして初土俵を踏みました。
平成30年初場所で新十両に昇進し、西十両6枚目で迎えた今場所は、前に出る力強い相撲で白星を重ねていました。
水戸龍は「いい相撲ではなかったが、結果的によかった。優勝の実感がないが、とりあえずうれしい。幕内に上がれたらこの調子で勢いよく頑張りたい」と話していました。(引用ここまで)
NHK 4年半ぶり新横綱誕生へ 照ノ富士の推薦決定 横綱審議委員会 大相撲
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210719/k10013148181000.html
大相撲の横綱審議委員会が開かれ、名古屋場所で14勝1敗の好成績を挙げた大関 照ノ富士を全員一致で横綱に推薦することを決め、4年半ぶりに新しい横綱が誕生することになりました。
日本相撲協会の八角理事長は、夏場所での優勝に続いて名古屋場所で14勝1敗の好成績を挙げた大関 照ノ富士の横綱昇進について、19日東京都内で開かれた横綱審議委員会に諮問しました。
これを受けて委員会では、照ノ富士の横綱としての品格や力量を審議した結果、全員一致で照ノ富士を横綱に推薦することを決めました。
相撲協会では、21日、秋場所の番付編成会議と臨時理事会を開いて横綱昇進を正式に決め、使者を派遣して照ノ富士に伝達します。
横綱審議委員会の矢野弘典委員長は「最近の横綱不在の場所をけん引し、今場所も14勝1敗で優勝に準じたことを高く評価した。けがで序二段まで落ちたが、奇跡と言われる復活を遂げたのは、長い相撲の歴史でも特筆に値する。根性や辛抱、我慢、不屈の精神、節制ということばを思い起こさせるものがある」と称賛しました。
そのうえで「特に序二段まで落ちてからは容易ではない。会社で言えば、重役が新入社員になったようなものだ。それを乗り越えて復活したのは、相撲の大好きな人たちが共感したのではないか。さらに精進を重ねて、品格・力量ともにほかの力士の目標になってほしい」と期待を込めていました。
横綱の昇進は平成29年初場所後の稀勢の里以来、4年半ぶりです。
照ノ富士「気持ちを入れ替え頑張る」
会見の中で、綱とりの15日間については「自分が今できることをすべてやった。重圧とかプレッシャーはなかった。本当にその日の一番に集中し、落ち着いてできることを精いっぱいやろうと思っていただけだ」と振り返りました。
横綱審議委員会から、序二段からの復活を高く評価されたことについては「これまで頑張ってきたが、少しでも皆さんにそういう思いになってもらえたとしたならば、ありがたい」と心境を語りました。
注目される伝達式での口上の内容については、これから考えるとしたうえで「横綱というのはどういう地位なのか、どういう生き方をするべきなのかということを親方とおかみさんと相談して、うまく形にできればいいかなと思う」と話していました。
横審 矢野委員長 白鵬を厳しく批判「見苦しく美しくない」
名古屋場所は、進退をかける意向を示して臨んだ横綱 白鵬が大関 照ノ富士との全勝対決を制し、7場所ぶり45回目の優勝を果たしました。
19日開かれた横綱審議委員会の会合のあと、矢野委員長は白鵬について「ケガを乗り越え全勝優勝という結果を残してくれた。3月に『注意』の決議を受けたあと、名古屋場所に進退をかけると明言して出場し、結果につなげたことはそれなりに評価したい」などとして注意の決議を解除したことを明らかにしました。
一方で、大関 正代との一番での土俵際まで離れた仕切りや、千秋楽の照ノ富士との対戦で見せたかち上げや張り手については「目を疑うような仕切りや張り手、ひじ打ちと疑われかねないかち上げ、ありえないガッツポーズ、実に見苦しく、どうみても美しくない」と厳しく批判しました。そのうえで「横綱は特別な地位で、ルールに反しなければ何をしてもいいということではない。長い歴史と伝統を持つ大相撲が廃れていくと懸念した」と述べ、今後、白鵬の相撲内容などを注視して必要な場合は何らかの措置を取るという見解を示しました。(引用ここまで)