アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

楽譜を置いて弾き直しは残念です

2019年06月24日 | ピアノ
コンクールでは三人の先生が付けた点数を平均して予選通過かどうかを決めるのですが、三人の中で私に一番低い点数をつけた先生のコメントで:

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「楽譜を置いて弾き直しは残念です」
というのがありました。

ココの部分、明らかに急いで書き足した雰囲気なのはどうしてかというと、
ふつう演奏を聞いている最中にコメントをあらかた書くと思うのですが、
最後の最後で私がかなりザンネンな弾き直しをしたので(←事実)
それについてどうしても言及したくなったのだと思われます。

で、なんでわざわざ「楽譜を置いて」と書いてあるのかな?

置いてあってもなくても、弾き直しは残念じゃないのか?
置いたら弾き直しはしなくて済むはずって意味なのか?

あんまり暗譜をしない(できない)ので、楽譜が置いてあれば弾き直しをしなくて済むはずというような感覚はないのですが…まぁバルトークのルーマニア舞曲やってたときに暗譜してたけどそれで弾き直しが多いとか少ないとかあんまり関係ないと思う。

それで、しばらくつらつらと考えていたのですが、

弾き直しは残念なものであるが楽譜を置いていない場合はやむを得ない(許せる)面もある。
楽譜を置いているならば弾き直しはしないでほしい。

「楽譜を置かない」か「弾き直しはしない」かどちらかはクリアした状態で来てくれ(いちおうコンクールなんだから)

という意図なのかなと。想像ですが。

そうすると、前者はできない相談(^^;; なので後者を考えるわけですが、
(これ、元々、今年の目標ね)

とりわけ、せっかく楽譜を置いているということをアドバンテージとして「弾き直しはしない」の実現に役立てることはできるだろうか?

弾き直し癖、数年前に比べればだいぶマシになりつつあるとは思うんだけど、まぁコンクールのときほど緊張しちゃうとどうにも制御できなくてね。ふだん(練習会)についていえば、
・頭の中では正しい音を考えていたなら回復できる(指が違うところを押しただけ)
・頭の中が空白、もしくは間違いを考えていたなら回復できない
というのがだいたいの線だから、とにかく頭の中の進行が正しいようにすることが大事…

楽譜の助けを借りて。

というのは、楽譜ガン見で(楽譜にぶら下がって)弾くという意味ではなくて、細かいことは覚えてあって、大雑把な進行については目で途切れずに追っている感じかなと思います。目を離すのは計画的に(戻りが迷子にならないように)

つまり、「明譜の達人」になるってことね。


ところで、チャイコンの場合、ピアノで譜面見てる人はいないけど、バイオリンだと置いてる人置いてない人両方いますね。別に置いてあるとカッコ悪いってことはないらしい(ファイナル行ってたりするから)

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コメント (4)
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