前回江の島を訪れたときは、サムエル・コッキング苑で引き返した。こっから先は今までに1度だけしか行ったことがない。なぜなら、江の島は片瀬海岸側から見ると1つの山なんだけど、実は2つの山が合わさって出来てるんだな。つ~ま~り~。サムエル・コッキング苑が山の頂上ならば、そっから先は始めの山を一度下って先でも一度上らなきゃならないんだな。これが。んでもって、奥の山にはエスカーがない…。つまり自分の足で山を降りて上がる必要があるんだよ。だから、根性なしな私は大概サムエル・コッキング苑で引き返していたんだよ。
でも今日は久々に先へ行く。なぜって、この先に富士山の絶景ポイントがあるからだ!っつーても、訪れた11月7日には富士山は見えなかったんだけどね。
こちらは江の島大師ですの仁王像です。平成5年5月創建。以前来た時にはなかったよなコレ。素晴らしい中国刺繍仏像画が陳列されてるそうですが…。うふふ~。おばさんは階段を回避したいんじゃ!帰りにまだ元気があれば行くことにしてパスしちゃいました。当然帰りに元気が残ってる訳もなく…。
さて、階段はなかなか手強い。んでも頑張って到着したのは江島神社興津宮。トップ画像がこれです。
多紀理比売命(タギリヒメノミコト)を祀る興津宮は御旅所(おだびしょ)といい、岩屋のご本尊の夏季避暑地でした。ちなみに、トップ画像に写っている鳥居は、源頼朝の寄進の鳥居だと伝わっています。マップによりますと、「吾妻鏡によれば頼朝は養和2年(1182)奥州平泉の藤原秀衝を調伏するため、京都高尾神護寺の文覚上人に命じて弁財天を岩屋に勧請し、参詣の際には鳥居を寄進しました」とあります。って書いてある。
お清めの水。亀が登場。ハイ、ここで思い出して下さい。数日前の江島神社(辺津宮)の記事でなぜに絵馬が亀だったのか?実は興津宮の
お参りするこの場で上を見上げると、天井に亀がいるんです。
コレです。
説明板発見「江戸時代、享和3年(1803)画家・酒井抱一が描いた「正面向亀図」です。どこから見てもこちらを睨んでいる様に見えるところから「八方睨みの亀」と呼ばれています。正面向きの亀を桐材に金箔を押し、強い線で描かれ、もとは胡粉、緑青、丹色で彩色されていました。
原絵は海風の浸害からまもるために江島神社の宝殿に納められています。
いま興津宮にかかげられているのは、平成6年(1994)に片岡華陽画伯が描いた復元画です。
酒井抱一(1761-1828)の画技は特にすぐれ、琳派(俵屋宗達・尾形光琳流)を復活したことでも広く知られていました。
酒井抱一がなぜここに亀絵を奉納したのかはわかりませんが、亀は長寿のシンボルで、江の島は不老長寿の島として人々に人気がありました」だそうですよ。
他にも境内には興味深いものがある。

山田検校胴像。山田流箏曲の開祖。
もひとつ、謂れなんかはなかったんだけど、あちこちの神社で鳥居と見歩いたんですが、石の鳥居に模様があるのは珍しいよね?
拝殿の手前にあった石燈籠です。こちらにミツウロコが刻まれてましたので撮影してみた。

最後はコレ。
最近作ったらしい中国テイストの龍神様です。注目していただきたのはお供え品。これねえ、卵とコップ酒がおいてあるんだよね。参拝云々よりそっちに目が釘付けになっちゃったよ~。
さて、江島神社興津宮を過ぎると、またまた階段。しかも急階段の登場です。コレってば、行きは降りる階段だけど、帰りは上らなきゃなんだよね…。………。終点にある渡し船って今日は運行してたっけか?もし動いてたら帰りはぜひとも利用したい所存。
でも今日は久々に先へ行く。なぜって、この先に富士山の絶景ポイントがあるからだ!っつーても、訪れた11月7日には富士山は見えなかったんだけどね。

さて、階段はなかなか手強い。んでも頑張って到着したのは江島神社興津宮。トップ画像がこれです。
多紀理比売命(タギリヒメノミコト)を祀る興津宮は御旅所(おだびしょ)といい、岩屋のご本尊の夏季避暑地でした。ちなみに、トップ画像に写っている鳥居は、源頼朝の寄進の鳥居だと伝わっています。マップによりますと、「吾妻鏡によれば頼朝は養和2年(1182)奥州平泉の藤原秀衝を調伏するため、京都高尾神護寺の文覚上人に命じて弁財天を岩屋に勧請し、参詣の際には鳥居を寄進しました」とあります。って書いてある。



説明板発見「江戸時代、享和3年(1803)画家・酒井抱一が描いた「正面向亀図」です。どこから見てもこちらを睨んでいる様に見えるところから「八方睨みの亀」と呼ばれています。正面向きの亀を桐材に金箔を押し、強い線で描かれ、もとは胡粉、緑青、丹色で彩色されていました。
原絵は海風の浸害からまもるために江島神社の宝殿に納められています。
いま興津宮にかかげられているのは、平成6年(1994)に片岡華陽画伯が描いた復元画です。
酒井抱一(1761-1828)の画技は特にすぐれ、琳派(俵屋宗達・尾形光琳流)を復活したことでも広く知られていました。
酒井抱一がなぜここに亀絵を奉納したのかはわかりませんが、亀は長寿のシンボルで、江の島は不老長寿の島として人々に人気がありました」だそうですよ。
他にも境内には興味深いものがある。



もひとつ、謂れなんかはなかったんだけど、あちこちの神社で鳥居と見歩いたんですが、石の鳥居に模様があるのは珍しいよね?

拝殿の手前にあった石燈籠です。こちらにミツウロコが刻まれてましたので撮影してみた。

最後はコレ。

最近作ったらしい中国テイストの龍神様です。注目していただきたのはお供え品。これねえ、卵とコップ酒がおいてあるんだよね。参拝云々よりそっちに目が釘付けになっちゃったよ~。
さて、江島神社興津宮を過ぎると、またまた階段。しかも急階段の登場です。コレってば、行きは降りる階段だけど、帰りは上らなきゃなんだよね…。………。終点にある渡し船って今日は運行してたっけか?もし動いてたら帰りはぜひとも利用したい所存。
