art de vivre

ワインラヴァーであります。
日々を豊かにしてくれるワインと
お菓子作り、ちくちく手仕事、週末別荘のお話。

富士日記

2009-11-07 19:17:56 | livre ~ほん~
武田百合子著『富士日記』という本がある。

本上まなみさんの『めがね日和』という本に紹介されていて
"あっ、読みたい!"って思ったのがきっかけで読み始めた。

 ずいぶん前のご本なので本屋にはないだろうと、
 アマゾンでしかも中古の上巻だけをとりあえず買ってみたのだけれど、
 田村俊子賞を受賞した作品だけに、
 いまだ版を重ね本屋に上中下と3冊揃って並んでいたのには驚いた。

作家、武田泰淳を夫に持ち、
昭和38年に富士山麓に山荘を建てた。
東京と富士の山荘をご夫婦と娘さんで往復する生活が始まり、
山荘へ家具や道具を持ち込み、
日記は翌年の夏から始まる。

泰淳氏については、そういう作家がいたなぁ…くらいの記憶で、
ましてや百合子さんについてはまったく知らなかった。
勉強不足で申し訳ないのだけど…。
でも今、この百合子さんの日々の記録にぐいぐい引き込まれている。

自宅と別荘を行き来し、
次第に別荘の建物も家の中も整ってゆくさま。
なんとなく自分たちの今と重ねてしまうのは、、
厚かましいし、おこがましいよね~!?

あくまで日記として書かれたものを、
泰淳氏の死後出版しないかということで世に出たということなので、
百合子さんの目線の先には読者などおらず、
ただ淡々と日々の暮らしを綴っている。
それがとても面白いのだ!

朝昼晩と、一日の食事メニュー。
買ったものとその値段(かなり克明に)。
朝何時に赤坂の自宅を出て、
 ちなみに運転手は百合子さん。
 片道3時間半ほどかけて運転する、タフ!!
 雨でぬかるんだ道、凍った雪道、どこでも運転する、タフ!!
 交通事故現場が何回も出てきたり、
 車の調子が悪くなりしょっちゅう修理に出したりと、
 当時のあまりよくない道路事情とか車の性能とかが窺われる。
 お酒を飲んでも平気で運転してるのには驚いた。
 違反ではなかったみたい…
途中お弁当を買って何時に山荘に着いたか。
その日の家族のこと、愛犬ポコのこと、
周りの人々、動物、植物のこと。
トイレの水漏れ、屋根の雨漏り、水道が凍ったりなどなどで
そのたびに土地の業者さんに直してもらう。

そんな日常のことなのだけど、
百合子さんの手にかかると、
何気ないことが生き生きとおかしみを持って文字になる。
途中、何度も"ぷふふっ"と噴き出してしまう。

例えば、焼き芋をしようという泰淳氏の提案に、
あまり食べたくないのに…と作るのだけど、
一番たくさん食べたのはわたし(百合子さん)だったり、

気に入った焼きそばの2杯目を食べてるうちに急に嫌になり箸を置くと、
泰淳氏に、急に嫌になるというのは悪いことと叱られたり、

カビの生えた桜エビを洗って乾かしているうちに食べたくなり、
全部食べちゃったり、

悪さをしている男の子を注意したら言い返されてまた百合子さんが言い返すと、
泰淳氏に叱られたり、

泰淳氏の言動が気に入らない時は、
日記の最後に『憎たらし』とひとこと添えてあったり…。

よく食べ…コンビーフやベーコン、ビーフシチューなど出てきて結構ハイカラ、
     百合子さんが一番たくさん食べてる、
よく遊び…夏は湖で泳ぎ冬はスキーやそり(もどき)すべり、
よく昼寝し…夕方から翌朝までよく寝ている、
      泰淳氏に死んじゃったんじゃないかと心配されたりする。


富士の麓の風景や暮らしがセピア色で迫ってくる。
百合子さんの眼には本物の色で映った景色が
昭和というフィルターを通すと、
平成も20年を越えたこちら側にはセピア色となる。
あの頃の時代を知っているからだろう。

食卓にはちゃぶ台があって、テレビは白黒。
洗濯機の脱水は手動でくるくる回して水気を取った。
買い物は、肉屋に八百屋、乾物屋、雑貨屋、それぞれに買いに行った。
お隣はお豆腐屋さんでいつも早起きをしてお豆腐を作っていた。
魚はリヤカーで行商のおばちゃんが売りに来てたな。
…そんな時代だったあの頃だ。

昭和の穏やかで何事にも鷹揚だった時代。
その時代に生きた作家の妻の感受性豊かな目で綴られた日記。