中部ジャワの3000m級の山脈が連なる山裾の町。インドネシア初代の国軍司令官スディルマン将軍が1950年この地で肺病で34歳で亡くなられいる。スデイルマンといっても一般日本人はジャカルタの目抜き通りの名前としか知らないが、インドネシアでは独立戦争を勝利した将軍として知らないもないものはいない。今、死去された建物は博物館となっている(写真)
戦争末期、ジャワ島を占領下に置く第16軍司令部は組織改革でマゲランに中部防衛隊司令部を置いた。この司令部の憲兵隊が敗戦直後の群衆の”武器寄越せ騒動に巻き込まれ、10人が郊外の茶畑で惨殺されている。戦後、戦友たちが慰霊現地に慰霊碑を建てお祀りしているが、同じような騒動でスマランはじめジャワ島だけ500人以上が犠牲になっている。あまり知られていない悲しい歴史である。
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