ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

2013年5月22日 アンカー  なるべくお早くご覧ください。

2013年05月22日 | 政治
2013年5月22日 アンカー A



2013年5月22日 アンカー B



2013年5月22日 アンカー C



2013年5月22日 アンカー D



2013年5月22日 アンカー E



2013年5月22日 アンカー F [END]


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

往年の名匠ハイフェッツ、関東大震災焦土に立つ、1923年の記事、そして中之島公会堂(大阪)

2013年05月22日 | 器楽曲
Jascha Heifetz Ave Maria


先日、橋下発言で大阪市役所に行った時、その裏手にある中之島図書館の隣に「中之島公会堂」を見た。

たしかここは、戦前、この中之島公会堂で、あのロシアのバス歌手シャリアピン(当時は国外追放中でロシアを出ていた)、そして天才ヴァイオリニスト、ハイフェッツがリサイタルを開いたところと覚えていた。

・・・戦前のまま残る中之島公会堂の大ホール、古風な雰囲気はヨーロッパの音楽ホールのようだ。

戦前の日本にとって、この中之島公会堂はまさにアジアの「カーネギーホール」でもあった。
私は建物の中をぐるっと回り、中へ入った。
古風な建築で、昔の栄華を残していた。
ふと時空を超えて、あのハイフェッツのヴァイオリンを耳にしたような感覚にとらわれた・
欧米ではハイフェッツの演奏会の切符を入手するのは、極めて困難、徹夜も辞さないファンが並んだという。

ハイフェッツは関東大震災のあと、焼け跡の日比谷公会堂で慈善リサイタルをし、人々を
慰め、多くの人々を魅了したという。

その時の記事がある。

当日、雨がまだ降りしきる1時過ぎから学生を中心に聴衆は集まりだし、開演時にはなんと
3600人もの聴衆が会場を埋め尽くしました。開演時には幸い雨は止み、ハイフェッツはまだ焦
土と化した所を残した東京、その真っただ中の日比谷公園の野外の舞台に立ち演奏をはじめ
ました。演奏は「ツィゴイネルワイゼン」「アヴェ・マリア」「ショパンのノクターン」「トルコ行進曲」
等々、十数曲にのぼりました。

 こうしてすべてが終了した時、ハイフェッツは突然「君が代」を奏ではじめました。
そして一度弾き終わるとまたもう一度「君が代」を演奏しました。
この間聴衆は全員起立し、二度目の「君が代」が終わると、聴衆全員によるハイフェッツに対して万歳三唱が嵐のようにまきおこりました。
演奏会終了後、学生を中心とした若い人達は休憩所に殺到し、小さな炭火で手を暖めていたハイフェッツはこの光景に驚きましたが、その後万歳の歓呼と多くの人々にもみくちゃにされながら、ハイフェッツは大連で覚えた「サヨナラ」をいいながらその場を去っていきました。
ハイフェッツはこの夜の特急で神戸へ向かい、その後関西方面で演奏した後、11月27日正午出帆の太平洋郵船、プレジデント・リンカーン号で帰米の途につきました。


そして大阪にも来て有名な中之島公会堂でも演奏した。
曲が進行するにしたがって頬が紅潮し熱演だったと書かれている。
私は静かで人がいないホールにたちどまって、約90年前を思いながらハイフェッツの音色を思い浮かべた・・・。

今週24日金曜日は、このあたりで、「韓国元慰安婦」と「橋下」が・・・・・。
捏造を利用して「謝罪・賠償」を迫る元慰安婦を励ます人たちの「人間の鎖」に対し、
その嘘を許さない保守が「橋下よ、謝罪するな」と激突する。




・・・ハイフェッツさんのヴァイオリン、素敵だワン・・・ありがとう、ハイフェッツさん・・・






コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする