30年以上前の大学生時の一人旅で、中国本土から日本への帰路の途中、香港に立ち寄りチョンキンマンション(重慶大廈)に宿を取った。正体不明の店、人、安宿などが入り乱れた高層多層の雑居ビルであり、香港を訪れる世界中のバックパッカーの聖地である。泊まった安宿ドミトリーは思いのほか清潔だったが、「火事があったら間違いなく死ぬな」と思ったことだけは今でも強烈に覚えている。
本書は、日本の文化人類学・アフリカ学を研究する大学教授(女性)が、中国・アフリカ間のインフォーマル経済の研究のために香港の滞在経験をベースに書いたエッセイである。タンザニア人の「チョンキンマンションのボス」と称される人物と出会い、彼や彼を取り巻くアフリカ人との交流を通じ、「フィールドワーク」的に、彼らの交易の仕組み、移民者・滞在者たちの相互支援ネットワーク、男女関係、母国との関係、人生設計が観察され、考察される。
現地の怪しさが肌感覚で残っている私としては、よくぞここまでチョッキンマンションを結節点とする在香港タンザニア人のコミュニティに入り込めるものだと筆者の行動力やコミュニケーション力に感心するとともに、その観察眼や分析に脱帽する。ノンフィクッション・ライターやジャーナリストが書く読み物のように、エキサイティングでページをめくる手が止まらない。
一方で、学者さんならではの切り口やライティングスタイルは、変に盛ったところがなく感じられ、とっても信頼して読める安心感がある。(天邪鬼な私は、ノンフィクション系読み物は、いつも「盛り」が気になってしょうがない。)
内容はネタバレになるので是非、本書を読んで欲しい。自分がそこそこ経験を積んだと思っているグローバルビジネスも、人間の経済社会のほんの一形態に過ぎないことが良く分かる。全く異なる世界で、経験のない社会の論理を疑似体験し、視野が広がる感覚が味わえる。人間の逞しさ・したたかさ、コミュニティの柔軟さ、社会の複雑さを知ることもできるし、自分たちの価値観も客観視できる。
「香港人も働き者だが、彼らは儲けが少ないことに怒り、日本人は真面目に働かないことに怒る。(中略)俺たちは真面目に働くために香港に来たわけではなく、新しい人生を探しに香港に来たんだ」(pp236‐237)。世界的に見れば、安定・安全・安心の国で生活する我々とは異なった彼らの生活や人生を本書で楽しんで欲しい。
【目次】
序 章 「ボス」との出会い
第1章 チョンキンマンションのタンザニア人たち
第2章 「ついで」が構築するセーフティネット
第3章 ブローカーとしての仕事
第4章 シェアリング経済を支える「TRUST」
第5章 裏切りと助けあいの間で
第6章 愛と友情の秘訣は「金儲け」
最終章 チョンキンマンションのボスは知っている