★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

クリムゾン・レーキ 9

2009年10月25日 16時01分57秒 | 小説「クリムゾン・レーキ」
 缶バドに入れたクスリが効くのに、大して時間はかからなかった。
 ベッドに横たわり、寝息を立てている女の娘の、Tシャツを脱がせる。
 抱え上げてバスルームへ入り、洗い場の壁を背に座らせる。
 洗面器の中に、10本の水彩絵具をチューブからしぼり入れる。
 同じ色ばかり、それも大きめのチューブ入りを10本も買ったので、画材店の店主が変な顔をしていた。
 適量のお湯を加えて手で混ぜる。
 十分に液化したところで、静かにバスタブに注ぎ込む。
 クリムゾン・レーキの不気味な赤が、八分目ほどたまっていた透明なお湯を、猛煙の勢いで犯していく。

 絵具の色と懐かしい匂いが、ふと小学生の頃の写生の授業を思い出させた。
 あの初夏の光の中、慎二は小学校の近くの田舎の小さな駅で、引込線に停まっている貨車の絵を描いていた。
 絵がほぼ完成に近づいた時、黄色いヘルメットを被った若い線路工夫が慎二のそばへ来て絵をのぞき込んだ。
「なかなか上手だな。でも坊主、この草の色がおかしいな。ちょっと貸してみな」
 線路工夫は慎二から洗った絵筆を受け取ると、絵具箱から1本の絵具をつまみパレットにしぼり出し、まわりの絵具と混ぜ合わせ、それで絵の中の雑草の茂みを塗り直した。

 冗談には思えなかったし、奇をてらっているようにも見えなかった。
 雑草の茂みは、慎二の塗った緑から、血のような赤に塗り替えられた。それはあたかも緑の皮膚が剥がれ落ち、本来の地の色である赤が現われたという感じであった。
 線路工夫が立ち去った後で、慎二は絵の中のすべてのものを、赤に塗り替えなければならないという強迫観念に襲われたが、結局、赤に塗り替えられた雑草を緑の絵具で塗りつぶして提出した。
コメント
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