★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

クリムゾン・レーキ 5

2009年10月19日 00時10分37秒 | 小説「クリムゾン・レーキ」
 闇の中に仄かに浮かぶ、場末のラブホテルのピンクの空室マーク。点滅を繰り返す、スタンドバーの壊れかけた青いネオン管。
 繁華街の外れの、遠い記憶の回廊のような路地の奥に、そのスナックはあった。
 黒を基調にした内装と間接照明が、ショットバーのような雰囲気を醸し出していた。八人掛けのカウンターには若いアベックが一組、ふたつのボックス席は空いていた。カウンターの中には、女がふたり。

「あら、よく来てくれたわね」
 カウンターの端に座った慎二の前に、慎二と入れ替わりに『レジデンス・ミラ』から引っ越して行った女がおしぼりを持って来た。引っ越しの時はジーンズにトレーナー、メイクも申し訳け程度だったのが、きょうはワイン色のワンピースと濃いメイクで、見事に場末のホステスに変身している。
 もうひとりのママらしき女は、アベックとワイドショー談議に興じている。
「近くを通ったから…」
「そう、ありがとう。何にする?」
「ブラッディ・マリー」
 女は慣れた手つきで、グラスにウォッカとトマトジュースを注いだ。
「どう、あの部屋の住み心地は?」
 慎二の前にグラスを置くと、女は好奇の眼差しで聞いてきた。 
「今のところ快適かな」
「変な音とかしない?」
「いたって静かだけど」
「そう、よかったわね」
 女は言葉とは裏腹に残念そうだった。
 幽霊が出たとでも言えば、この女は喜ぶのだろうか。
「前の住人のこと聞かせてよ」
 慎二の誘い水に女の顔が一瞬輝いた。

 死んだのは25歳の大学院生で、カミソリで手首を切っての自殺。動機はたぶん失恋で、勉強一筋の生真面目な男が惚れた女は、ショートヘアで小柄で派手な、高校生以上、大学生以下の今風の女の娘。
 女は知っていることを、声をひそめながらも得意そうに喋った。
「わたしも一応、当事者なのよね。だってわたしの部屋からよ、警察に電話したの。若い娘が血相変えて、電話貸して下さいって駆け込んで来たと思ったら、人が死んでいます、だものね。ほんとびっくりしたわ」
 当時のことを思い出したのか、女は眉をひそめながらも続けた。
「怖いもの見たさって言うの、わたし隣の部屋に入ってみたの。玄関入ってすぐ横がバスルームじゃない、恐るおそる覗いてみたら、彼がバスタブの中で寝ているみたいに見えたの。でもよく見たら水が真っ赤じゃない、ああ、この人ほんとに死んでるんだなってわかったわ」
 慎二はブラッディ・マリーに口をつけながら、あの時のバスタブのお湯の色を思い浮かべていた。
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