★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

クリムゾン・レーキ 1

2009年10月10日 13時53分50秒 | 小説「クリムゾン・レーキ」
 地上28階建ての賃貸ワンルーム・マンション『レジデンス・ミラ』は、古くからの家並みが次々に地上げされ、マンション建設の前段階として駐車場と化していた、バブル経済の真最中に忽然と現われた。
 鉄パイプの足場やブルーシートで覆われていた、建築途上時のそのマンションは、当時の建築ラッシュの中、回りの雑然とした埃っぽい風景に溶け込み、目立たないように息をひそめていた。

 ある日突然、ブルーシートのベールを脱ぎ捨て、その威風堂々の巨躯を現わした『レジデンス・ミラ』は、都心の空に新たなスカイラインを画した。
 バブル経済を象徴するかのような、メタリック・ブラックの外壁や各階を仕切るゴールドのモール、都心の居住区では群を抜いた高さ、そして地上28階建ての10階部分から上が徐々に細くなり、地上から見上げると、それはまるで都会の荒野に出現したバベルの塔を彷彿させた。
 
 入居募集と同時に満室となった『レジデンス・ミラ』は、手に入れたパンフレットによると、部屋はすべてバス、トイレ、エアコン完備の20畳のフローリングのワンルーム。オプションとして衛星放送、ケーブルテレビ、有線放送を装備。
 ショーケースの中のライカM6が、カメラ小僧を呼び寄せるように、そのマンションは妖しいフェロモンを放ちながら、慎二を呼んでいた。
 もとより一般の庶民を対象にしているはずもない家賃は、社歴10年の慎二の給料より高く、保証金はボーナスより高かった。

 そんな『レジデンス・ミラ』に慎二が入居できたのは、その一室で自殺者が出たおかげだった。
 その結果、その部屋の家賃は慎二の給料の三分の一に、保証金は給料の二ヵ月分にまで下げられた。
「ほんとにいいんですね。そりゃあ、都心の賃貸ワンルーム・マンションでは破格かも知れませんけど、何度も言うようですけど、前の住人がああいう事情で…」
 賃貸住宅会社の社員は、しつこいくらいに念を押した。
「わかってます」
 慎二は賃貸契約書に必要事項を書き込みながら、顔も上げずに答えた。
コメント
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