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慎二が、その大学院生の引っ越しに出くわしたのは、偶然だった。
昼食から会社へ戻る途中、『レジデンス・ミラ』の玄関前に、引越し会社のトラックが止まっているのが目に入った。
そばを通り過ぎるときに、荷物を降ろしている、黄色いツナギを着た運転手と助手との会話が慎二の耳に入った。
「大学院生で、こんな豪勢なマンションに一人住まいなんて羨ましいすね」
「それも一番てっぺんの部屋だってよ」
「きっと金持ちのぼんぼんなんでしょうね」
その時、慎二の中で何かが弾けた。
『レジデンス・ミラ』の隣のカーディーラーのショールームの前で待つこと5分、金持ちの大学院生らしき男が玄関に現われ、引越し業者となにやら相談するかのように、言葉をかわした。
小柄で痩せ気味、Tシャツにジーンズ、メタルフレームのメガネを掛けたその風貌は、どこにでもいる大学生という印象だった。
慎二はその顔を脳裏に焼き付けた。
その日から慎二は仕事を終えると、『レジデンス・ミラ』の向かいの喫茶店で張り込みを開始した。
張り込み1週間目で、大学院生が外出するのに出くわすことができた。
彼は近くのマクドナルドでハンバーガーとコーラで軽く夕食を摂り、雑居ビルの地下の小さなバーへ入った。
バーの入口の看板には、70年代ロック専科『ウッドストック』とあった。
きっちり5分後、慎二がドアを開けて中へ入ると、カウンターだけの、十人も入れば満員になりそうな狭い店内には『クリーム』の『ホワイト・ルーム』が流れていた。
大学院生はカウンターの端に座って、年令不詳の長髪のマスターと談笑していた。
他に客はいなかった。
慎二はカウンターの中央に腰掛け、オーダーを取りにきたにマスターにクアーズを注文した。
「シブいね、この曲」
慎二は気さくな感じで言った。
「どうも…」
マスターは照れたような笑みを浮かべた。
「いい曲でしょう、それ僕のリクエストなんです」
うまい具合に、大学院生のほうから声を掛けてきた。
意気投合するのに時間はかからなかった。
70年代ロックシーンの持ち札は、慎二のほうが年齢差の分だけ多かった。それを小出しにすることによって、70年代ロック・オタクの大学院生の興味を引き付けるのは容易だった。
その日から、慎二は週に二、三回は『ウッドストック』で70年代ロック談議をやったり、その種のライブハウスや、中古レコードショップへ連れていったりして、大学院生の信頼を勝ち得た。
慎二が、その大学院生の引っ越しに出くわしたのは、偶然だった。
昼食から会社へ戻る途中、『レジデンス・ミラ』の玄関前に、引越し会社のトラックが止まっているのが目に入った。
そばを通り過ぎるときに、荷物を降ろしている、黄色いツナギを着た運転手と助手との会話が慎二の耳に入った。
「大学院生で、こんな豪勢なマンションに一人住まいなんて羨ましいすね」
「それも一番てっぺんの部屋だってよ」
「きっと金持ちのぼんぼんなんでしょうね」
その時、慎二の中で何かが弾けた。
『レジデンス・ミラ』の隣のカーディーラーのショールームの前で待つこと5分、金持ちの大学院生らしき男が玄関に現われ、引越し業者となにやら相談するかのように、言葉をかわした。
小柄で痩せ気味、Tシャツにジーンズ、メタルフレームのメガネを掛けたその風貌は、どこにでもいる大学生という印象だった。
慎二はその顔を脳裏に焼き付けた。
その日から慎二は仕事を終えると、『レジデンス・ミラ』の向かいの喫茶店で張り込みを開始した。
張り込み1週間目で、大学院生が外出するのに出くわすことができた。
彼は近くのマクドナルドでハンバーガーとコーラで軽く夕食を摂り、雑居ビルの地下の小さなバーへ入った。
バーの入口の看板には、70年代ロック専科『ウッドストック』とあった。
きっちり5分後、慎二がドアを開けて中へ入ると、カウンターだけの、十人も入れば満員になりそうな狭い店内には『クリーム』の『ホワイト・ルーム』が流れていた。
大学院生はカウンターの端に座って、年令不詳の長髪のマスターと談笑していた。
他に客はいなかった。
慎二はカウンターの中央に腰掛け、オーダーを取りにきたにマスターにクアーズを注文した。
「シブいね、この曲」
慎二は気さくな感じで言った。
「どうも…」
マスターは照れたような笑みを浮かべた。
「いい曲でしょう、それ僕のリクエストなんです」
うまい具合に、大学院生のほうから声を掛けてきた。
意気投合するのに時間はかからなかった。
70年代ロックシーンの持ち札は、慎二のほうが年齢差の分だけ多かった。それを小出しにすることによって、70年代ロック・オタクの大学院生の興味を引き付けるのは容易だった。
その日から、慎二は週に二、三回は『ウッドストック』で70年代ロック談議をやったり、その種のライブハウスや、中古レコードショップへ連れていったりして、大学院生の信頼を勝ち得た。