学校で習ったもので、社会に出てから絶対に使うことはないと思ったものは多々ある。
特に理数系の公式や化学式など、その分野の仕事でない限りほとんど使わない。というか、覚えてもいない。
連立方程式、因数分解、化学式、サイン、コサイン、タンジェント…使ったことないなあ。でも覚えるのにずいぶん時間を費やしたように思う。
ひとつだけ、役に立ったものがある。
順列・組み合わせだ。
競馬をやる私にとって、三連複や三連単の組み合わせが、何通りあるかを計算するのに役に立つ。
掛け算の九九並みというわけにはいかないが、わずかな時間で計算が可能だ。
締め切りが迫っている時など重宝する。
おっと、文系でも使わないものがあった。
I love you だ。
「課長、一昨日の晩飯、何食ったか覚えてますか」
昼休みから戻った部下が聞く。
「そんなもん、いちいち覚えてるか」
私は答える。
「初期の認知症の人間は、一昨日の晩飯が思い出せないんですって」
「バカなこと言ってないで、仕事しろ」
決算時期の忙しい時に、能天気な奴だ、と私は苦々しく思いながら、作成中の書類に目を戻した。
文字がかすんで見える。
雨の関門海峡だ。
門司が霞んで見える。
オヤジギャグが頭に浮かぶくらいだから、私もまだボケてないな、と思わず口元がゆるむ。
ところで、一昨日の晩飯は何だったかな。家で食べたよな。
意識して食べてないから覚えてないのも無理ないな。
昨日の晩飯はと…なんだったっけな。
え~と…思い出せないな。
今日の朝飯なら…アレ? 思い出せない。
食ったはずだよな…。
昼飯は…アレ? ちょっと待てよ。
俺、今日、昼飯食ったっけ。
今、1時5分前だよな。
えっ?
「俺、昼飯食ったっけ?」
隣の部下に聞こうと思って、私は愕然とした。
そいつの名前が思い出せない。