子供の頃から今に至るまで、ずっと心の中に刻み込まれた風景がある。
まわりは早朝の仄暗い闇に包まれ、そこだけ薄明かりに浮き上がった田舎の一本道に踏切があるモノクロームの風景だ。
その踏み切りも警報機や遮断機があるわけでもなく、ただ単に田舎道と線路が交差しているだけのものだ。
暗闇の中には神社の杜が感じられる。
祖母におぶされてその背中越しに見た風景のようだ。
懐かしいという以前の原風景というか、無意識下の幻影みたいなものだ。
心象風景というものだろうか。
それが現実に見たものの記憶なのか、夢の記憶なのかの判別はつかない。
もし現実の記憶であれば、たぶん1歳か2歳くらいの時の記憶だ。
3歳の頃には海の近くの家に移り住んで、その頃からの記憶は、古いアルバムに貼られたモノクロ写真ではっきりしているからだ。
場所の特定はできるので、後年その場所に行ってみたが、道路と線路の交差以外は記憶と異なっていた。
道路は拡張され、家が立ち並び、神社は少し離れた場所だった。
祖母の話によると、先天性股関節脱臼だった私をおぶって、定期的に病院通いをしていたという。
初孫がビッコにでもなったら大変だと、医者がそんなに来なくてもいいと言うのに、三日にあげず通ったらしい。
そのためかどうか、前述の風景の記憶には病院の薬棚に並ぶ藍色の薬瓶が結びついている。
昔はその風景を絵に描いたり、拙文にしたり、短編映画にしたいものだと考えたこともあったが、未だに実現していない。
まわりは早朝の仄暗い闇に包まれ、そこだけ薄明かりに浮き上がった田舎の一本道に踏切があるモノクロームの風景だ。
その踏み切りも警報機や遮断機があるわけでもなく、ただ単に田舎道と線路が交差しているだけのものだ。
暗闇の中には神社の杜が感じられる。
祖母におぶされてその背中越しに見た風景のようだ。
懐かしいという以前の原風景というか、無意識下の幻影みたいなものだ。
心象風景というものだろうか。
それが現実に見たものの記憶なのか、夢の記憶なのかの判別はつかない。
もし現実の記憶であれば、たぶん1歳か2歳くらいの時の記憶だ。
3歳の頃には海の近くの家に移り住んで、その頃からの記憶は、古いアルバムに貼られたモノクロ写真ではっきりしているからだ。
場所の特定はできるので、後年その場所に行ってみたが、道路と線路の交差以外は記憶と異なっていた。
道路は拡張され、家が立ち並び、神社は少し離れた場所だった。
祖母の話によると、先天性股関節脱臼だった私をおぶって、定期的に病院通いをしていたという。
初孫がビッコにでもなったら大変だと、医者がそんなに来なくてもいいと言うのに、三日にあげず通ったらしい。
そのためかどうか、前述の風景の記憶には病院の薬棚に並ぶ藍色の薬瓶が結びついている。
昔はその風景を絵に描いたり、拙文にしたり、短編映画にしたいものだと考えたこともあったが、未だに実現していない。