かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

過疎問題は避けて通れない

2005-04-20 22:02:38 | Weblog
 最近この日記やたらと重いようです。特に10時過ぎると書くのは並ならぬ苦労が伴います。まずなかなか繋がらなくなりますし、運よく繋がって日記を書いても、それが投稿できるかどうか判りません。何度か挑戦して何とか投稿しても、それがちゃんとできているかどうか判らないので、知らずに何度も投稿して同じ記事が幾つも並ぶという体たらくです。少し早めの時間帯に書くようにして、投稿できたかどうか確認できなくても投稿は一回で我慢する、など自衛策を取ってはいますが、この使い勝手の悪さは早急に手を打ってもらいたいものです。
 さて、今日は珍しく政治ネタでも一つ。
 郵政民営化がいよいよ佳境に入ってきておりますが、農協も経営合理化とかであちこち支店を閉めにかかっているらしいのです。今日の夕刊に、大阪の北の端っこの住民が地元農協の閉鎖に反対しているとニュースがありました。地区人口1076人、銀行、商店、郵便局などもなく、唯一農協の購買部と金融、郵政公社から農協に委託された簡易郵便局だけが生活の頼りとなる過疎地域です。統合先の近隣の支店は車で20分かかるそうで、車も運転できないお年寄りは生活の術を失いかねないとか。一方農協は農協で、経営合理化を進めないと他の金融機関との競争が激化する中、生き残ることができないという切実な問題を抱えてもいます。こういった話や郵政民営化の話を見るにつけ、かっこうは、この種の公共サービスについて、一人頭いくらまでならそのコストを許容できるか、という議論を本気ですべきではないか、と思います。例えば、私の住む奈良県は、人口千人未満の自治体が3つ、3千人未満なら11あります。これら自治体にも当然ながら村役場が一つずつあり、電気も電話も引かれているし、道路や小学校などのインフラも揃っています。ある村の小学校は生徒たったの4人。それでも校長先生と担任の先生がいて、子供達の面倒を見ています。こういった村には、村一番の産業が役場勤めというような、都会からは信じがたいような世界があるのです。もちろん村の税収だけでこれだけのインフラは維持できませんから、都会の人々が払った税金が交付税という形で回ってきて、これら役場職員の給料や道路、水道などの設備が維持されているわけです。それでも将来人口が増加するのなら「均衡ある国土の発展」も意味があるかとは思いますが、これから人口は減少する一方という予測がある中、いつまでこれら過疎地域に手を入れ続けるのか、都会の人達は自分達の税金の使われ方としてそれを許容してくれるのか、真剣に考えねばならないでしょう。かっこうは小学校の社会の授業でこの問題を先生に聞かれたとき、田舎から出てきた都会の人を田舎に帰せばいい、と答えたことがありますが、答えの是非はともかくとして、過疎と過密の問題はン十年前から小学校の授業でも取り上げられるような問題になっているのです。いい加減本気でどうするのか、国の偉い方々はちゃんと未来像を描き、どんな冷徹な現実となろうとも、その姿を我々国民の前に示して是非を問うべきでしょう。それなのに与党も野党も一体何をやっているのか。特に野党! 本当にやる気があるのか、その見識を疑いたくなります。とにかく与党の足を引っ張れたらそれで良しとするような子供の喧嘩レベルの話はもうたくさんです。いい加減お山の大将ごっこは辞めて、本当に国民のことを考えた議論をしてもらいたい。我が国の未来は、そんなお遊びに興じていられるほど明るくも長くもないはずです。
コメント
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