何とも腑に落ちない鬼童実験室での出来事から一週間。相変わらず麗夢とアルファ、ベータは美奈達の足取りを追って手を尽くしていたが、これと言って芳しい成果も出ないまま日を過ごしていた。もちろんもう一度夢から探索する手も考えはしたが、どうも麗夢の脳裏に転がり落ちた鬼童の首が引っかかり、その手を使うことを躊躇わせた。
それにしてもあれは一体何だったんだろう? 翌日、改めて連絡を取ったときも、別にいつもと変わりない快活な声が返って来るばかり。少なくとも、確かに本人が言うとおり、鬼童には死夢羅の痕跡は微塵も残っていなかった。だが、あの強さと残忍な手口。あれは間違いなく死夢羅としか思えないものだ。結局、どんな方法を使ったのかすら判らないが、自分が一種の幻覚で翻弄されたのは確かなようだった。何故ただあざけるだけで鬼童を殺すこともなく立ち去るのか。死夢羅の狙いも、そして美奈達の居場所も、結局未だ判らずじまいなのだ。
どうも手詰まりになりつつある状況ではあったが、日々の営みは変わらず続けなくてはいけない。今日は別件の仕事で、ある富豪から夢魔退治を依頼されていた。美奈達の行方は気にかかるが、その仕事もほうっておけない。
「じゃあ行って来るわ。アルファ、ベータ、美奈ちゃん達をお願いね」
麗夢はその日、夢魔退治にもっとも頼りになるパートナーを残していった。常人のクライアントからすれば、それは恐ろしい相手には違いないが、相談内容を吟味するに、どうやら大した相手ではなさそうに判断されたからだ。夢に入ればそれこそ一撃でけりが付く、そんな下級夢魔らしい。それなら、膠着状態にある人捜しへ充分に人手ならぬ猫の目犬の鼻をかけるのは当然なように麗夢には思えた。
その思いは、指定された郊外の別荘まで愛車を走らせ、豪徳寺氏より紹介を受けたそのクライアントの夢に入った瞬間まで、微塵も揺らぐことはなかった。
(あれ?)
麗夢は、いつになく重い体にふと違和感を覚えた。夢魔の女王との一戦以来ダイエットなどしていない麗夢だったが、このところの失踪事件に奔走して、「太る」などという暇はなかったはずだ。いや、ここが夢の中である以上、現実の体重はまず関係ない。とすれば一体この「重さ」は何なのだろうか? ええい、ここはさくっと片付けて、早く東京に戻らなくちゃ。麗夢は身にまとわりつく違和感をかなぐり捨てるように、夢魔を求めて夢の中を降りていった。
敵は、程なく麗夢の視界に入った。身の丈五メートルはありそうな巨大な白いのっぺらぼうが、クライアントである富豪の老人を踏みつぶそうとして追い回している。麗夢は焦りに促されるかのように、その場で直ちに夢の戦士へと変身した。
たちまち悪夢を白色に染める光が天から降り注いだのを見て、のっぺらぼうと老人が上空を見上げた。そして、やがて薄れゆく光の中からにじむように躍り出た、妖艶な一人の戦士に息を呑んだ。腰まで届く豊かな碧の黒髪を軽やかにはためかせながら、際どいビキニスタイルに身を包んだ少女が文字通りまっ逆さまに落ちて来る。手にする剣が青白い光を刀身に宿らせ、のっぺらぼうの脳天に振り下ろされた。
「きゃあ!」
思いの外強い衝撃が、剣から腕に伝わってきた。と同時に、麗夢の身体がはじかれるように地面へ堕ちた。
「あいたたた、もう、なんて固い頭してるのよ!」
全く受身すらままならず、したたかに打ったお尻に手をやりながら、何とか麗夢は立ち上がった。そこへ、ぶぅん! と風切る音を奏でつつ、夢魔の腕が横殴りに麗夢を襲った。麗夢は咄嗟に剣を立ててその平手を受け止めたが、強烈な衝撃を覚えたと思う間もなく吹っ飛ばされた。腕のしびれが抜けないまま受けた一発の張り手に、頼みの剣が弾け飛んだ。麗夢は肺から一切の空気を強制的に吐き出すほどに背中を打ち、そのままゴロゴロと転がってうつ伏せに倒れ込んだ。
(っつ! い、一体どうなっているの? 全然力が出ない・・・)
ぜいぜいと苦しい息を切らせながら、麗夢は何とか上体を起こした。が、夢魔は麗夢の回復を待ってはくれなかった。夢魔は、今度はその巨大な手で麗夢の身体を鷲掴みにして、空中高く持ち上げたのである。
「くっ は、放して!」
夢魔の強烈な握力に、麗夢は息もできずにうめいた。いくら力を入れても全く歯が立たない。全身の骨がきしみを上げて、今にも握りつぶされてしまいそうだ。
(こ、このままじゃやられちゃう・・・。逃げなきゃ)
麗夢は一旦退却することを決意した。原因は分からないが、とにかくまるで歯が立たない。一人でも楽勝だと思い上がっていた自分が本当に情けなくなってくる。こんな強力な夢魔だと判っていたなら、アルファとベータを置いてきたりはしなかっただろうに・・・。麗夢は夢から抜け出るべく、意識を集中した。だが・・・
「ど、どうして脱出できないの? 一体どうなっているのよ!」
途端に夢魔の握力が一段と増し、麗夢は、あぁっと小さく悲鳴を上げた。次第に視界がぼやけ、意識も曖昧になっていく。
「・・・も、もう駄目・・・」
それにしてもあれは一体何だったんだろう? 翌日、改めて連絡を取ったときも、別にいつもと変わりない快活な声が返って来るばかり。少なくとも、確かに本人が言うとおり、鬼童には死夢羅の痕跡は微塵も残っていなかった。だが、あの強さと残忍な手口。あれは間違いなく死夢羅としか思えないものだ。結局、どんな方法を使ったのかすら判らないが、自分が一種の幻覚で翻弄されたのは確かなようだった。何故ただあざけるだけで鬼童を殺すこともなく立ち去るのか。死夢羅の狙いも、そして美奈達の居場所も、結局未だ判らずじまいなのだ。
どうも手詰まりになりつつある状況ではあったが、日々の営みは変わらず続けなくてはいけない。今日は別件の仕事で、ある富豪から夢魔退治を依頼されていた。美奈達の行方は気にかかるが、その仕事もほうっておけない。
「じゃあ行って来るわ。アルファ、ベータ、美奈ちゃん達をお願いね」
麗夢はその日、夢魔退治にもっとも頼りになるパートナーを残していった。常人のクライアントからすれば、それは恐ろしい相手には違いないが、相談内容を吟味するに、どうやら大した相手ではなさそうに判断されたからだ。夢に入ればそれこそ一撃でけりが付く、そんな下級夢魔らしい。それなら、膠着状態にある人捜しへ充分に人手ならぬ猫の目犬の鼻をかけるのは当然なように麗夢には思えた。
その思いは、指定された郊外の別荘まで愛車を走らせ、豪徳寺氏より紹介を受けたそのクライアントの夢に入った瞬間まで、微塵も揺らぐことはなかった。
(あれ?)
麗夢は、いつになく重い体にふと違和感を覚えた。夢魔の女王との一戦以来ダイエットなどしていない麗夢だったが、このところの失踪事件に奔走して、「太る」などという暇はなかったはずだ。いや、ここが夢の中である以上、現実の体重はまず関係ない。とすれば一体この「重さ」は何なのだろうか? ええい、ここはさくっと片付けて、早く東京に戻らなくちゃ。麗夢は身にまとわりつく違和感をかなぐり捨てるように、夢魔を求めて夢の中を降りていった。
敵は、程なく麗夢の視界に入った。身の丈五メートルはありそうな巨大な白いのっぺらぼうが、クライアントである富豪の老人を踏みつぶそうとして追い回している。麗夢は焦りに促されるかのように、その場で直ちに夢の戦士へと変身した。
たちまち悪夢を白色に染める光が天から降り注いだのを見て、のっぺらぼうと老人が上空を見上げた。そして、やがて薄れゆく光の中からにじむように躍り出た、妖艶な一人の戦士に息を呑んだ。腰まで届く豊かな碧の黒髪を軽やかにはためかせながら、際どいビキニスタイルに身を包んだ少女が文字通りまっ逆さまに落ちて来る。手にする剣が青白い光を刀身に宿らせ、のっぺらぼうの脳天に振り下ろされた。
「きゃあ!」
思いの外強い衝撃が、剣から腕に伝わってきた。と同時に、麗夢の身体がはじかれるように地面へ堕ちた。
「あいたたた、もう、なんて固い頭してるのよ!」
全く受身すらままならず、したたかに打ったお尻に手をやりながら、何とか麗夢は立ち上がった。そこへ、ぶぅん! と風切る音を奏でつつ、夢魔の腕が横殴りに麗夢を襲った。麗夢は咄嗟に剣を立ててその平手を受け止めたが、強烈な衝撃を覚えたと思う間もなく吹っ飛ばされた。腕のしびれが抜けないまま受けた一発の張り手に、頼みの剣が弾け飛んだ。麗夢は肺から一切の空気を強制的に吐き出すほどに背中を打ち、そのままゴロゴロと転がってうつ伏せに倒れ込んだ。
(っつ! い、一体どうなっているの? 全然力が出ない・・・)
ぜいぜいと苦しい息を切らせながら、麗夢は何とか上体を起こした。が、夢魔は麗夢の回復を待ってはくれなかった。夢魔は、今度はその巨大な手で麗夢の身体を鷲掴みにして、空中高く持ち上げたのである。
「くっ は、放して!」
夢魔の強烈な握力に、麗夢は息もできずにうめいた。いくら力を入れても全く歯が立たない。全身の骨がきしみを上げて、今にも握りつぶされてしまいそうだ。
(こ、このままじゃやられちゃう・・・。逃げなきゃ)
麗夢は一旦退却することを決意した。原因は分からないが、とにかくまるで歯が立たない。一人でも楽勝だと思い上がっていた自分が本当に情けなくなってくる。こんな強力な夢魔だと判っていたなら、アルファとベータを置いてきたりはしなかっただろうに・・・。麗夢は夢から抜け出るべく、意識を集中した。だが・・・
「ど、どうして脱出できないの? 一体どうなっているのよ!」
途端に夢魔の握力が一段と増し、麗夢は、あぁっと小さく悲鳴を上げた。次第に視界がぼやけ、意識も曖昧になっていく。
「・・・も、もう駄目・・・」