「・・・おかしいな・・・」
解析用PCの画面を見ていた鬼童は、すぐに麗夢の方へ現れた異常なデータに目を奪われた。装置の不具合かもと幾つかの自己診断テストを試みたが、そのテスト信号に対しては正常な値が返ってくる。円光の方はと見れば、全く問題ない夢見状態を示すデータが、画像処理された映像となってモニターに表示されている。つまりこれは機器の不具合ではなく、明らかに麗夢の脳に何らかの異常が生じている事を示している。
三〇分後、一通りの測定を終了した鬼童は、二人を起こした。
「あれ? 実験、もう終わったの?」
「ええ。開始から三〇分経過しました」
「三〇分? そんなに?」
目覚めた麗夢は、初めきょとん、とした表情で鬼童を見つめていた。が、すぐにその情報の重要性に気がつき、悲痛な面もちで鬼童に言った。
「夢に入れない・・・いえ、眠った途端意識も何もなくなって・・・こ、こんな事、初めてだわ・・・」
続けて起きた円光も、夢の中で麗夢の気が全く感じられず、小半時ただじっと待つばかりであったと証言した。
「鬼童殿、一体麗夢殿に何が起こっているのだ?」
それこそ麗夢も聞きたい事柄であった。鬼童は逸る二人をシートから立たせると、さっきまで自分が見ていたモニターの前に引っ張ってきた。
「見て下さい。これは、今睡眠中に取った二人の脳活動領域データです」
画面には二枚の脳の3D画像が並んでいた。
「実験開始直前の映像です。こっちが麗夢さん。それからこっちが円光さん」
鬼童が左右の脳の画像を指し示した。それぞれの脳には、あちこち黄色や赤の縞模様が描かれ、活発に活動している様子が手に取るように理解できた。
「これから時間を進めていきます。いいですか、この部分を注目していて下さいよ」
鬼童が画面上の脳の一部を指差しながら、キーを一つ押した。途端に画面右下隅の八つの0のうち、一番右端がめまぐるしく変化しだした。一瞬遅れて、その左となりの0が、1、2、3と順々に変化していく。その変化が15を刻んだとき、鬼童が指さしていた円光の脳領域に、初めの変化が現れた。まずそれは、緑色の光点で現れ、次第に黄色から赤へと移っていった。そこで、鬼童はキーを押して映像を止め、二人に言った。
「ここ見て下さい。緑色から赤い色に変化したでしょう? これは、円光さんの脳のこの領域が夢を見ることによって活発に活動を始めているということを示しています。でも、こちらの同じ部分を見ると、麗夢さんのは全く動いていません」
確かに鬼童の言うとおり、二人のその領域には、明瞭な差が生じていた。円光が鮮やかな虹色を示しているのに対して、麗夢のその部分は真っ黒のままなのだ。
「これはどういう意味なの?」
不安に声が震えそうな麗夢の質問に、鬼童は答えた。
「夢を見ていない、と言うことですよ、麗夢さん」
「夢を見ていない?」
「どう言うことだ、鬼童殿!」
驚く二人に鬼童は言った。
「今話した通りだ。他にもチェックするポイントが幾つかあるが、麗夢さんのそれはほとんど皆ブラックアウトしている。実際、麗夢さんは三〇分の時間経過を全く認識していない。まるで電気のスイッチをパチン、と切ったみたいに寝て、またスイッチが入ったように起きた。この記録は、その事をはっきり示しているんだ」
鬼童は更にキーを押して今度は時間を早めた。今までは律儀に1秒ずつ刻まれていた二桁目の二つの数字が、さっきまでの右隣に匹敵するスピードで動き始め、それと共に、円光の脳画像には、色とりどりな虹の模様が描かれていった。だが、麗夢の方はと言うと非常に暗いまま、時折そこここで緑の光が瞬くだけだ。そして三桁目の数字が30を示したところで、突然幾つかの領域に明るい黄や赤がきらめいた。
「目をさましたところですよ」
鬼童の説明を待つまでもなく、それが目覚めの時だと麗夢と円光にも理解できた。一番初めに見た寝る直前の状態と、その映像がほぼ同じ状態だったからだ。
「・・・どうして。何故私、急にこんなことになっちゃったの?」
初めに円光へ振り向いたが、円光は黙って目をつむるばかりであった。ついで視線を向けた鬼童も首を横に振ったが、その後には続きがあった。
「原因は不明です、ですが、可能性、と言う意味で、麗夢さんに見て貰いたい映像があります。ちょっと待ってください」
鬼童は、言いながら再びキーボードを操作し始めた。
「何を始めるのだ? 鬼童殿」
「まあちょっと待って・・・。よし」
鬼童が改めて二人に画面がよく見えるようにモニターを動かすと、その画面の中央に真っ黒な横長の長方形が一つ、映っていた。二人が怪訝な顔で画面を見ていると、鬼童はおもむろにキーを一つ押した。
「いいですか、良く見ていてくださいよ」
突然、黒い画面が切り替わり、一つの映像が現れた。
「これって、この部屋じゃない・・・」
「それに映っているのは、麗夢殿と鬼童殿だ・・・」
確かにそれは、さっきまで二人が眠りについていたリクライニングシートを、斜め前から映した映像であった。但し、円光がついていた席に、白衣の鬼童が収まっている。
「これは、先日麗夢さんが僕の夢を借りにいらしたときの記録映像ですよ。いいですか? もうすぐです・・・ここだ!」
鬼童が叫んだ瞬間、画面がぶるっと震えてまた元の状態に戻った。鬼童はキーを押してその映像を一旦停止させた。
解析用PCの画面を見ていた鬼童は、すぐに麗夢の方へ現れた異常なデータに目を奪われた。装置の不具合かもと幾つかの自己診断テストを試みたが、そのテスト信号に対しては正常な値が返ってくる。円光の方はと見れば、全く問題ない夢見状態を示すデータが、画像処理された映像となってモニターに表示されている。つまりこれは機器の不具合ではなく、明らかに麗夢の脳に何らかの異常が生じている事を示している。
三〇分後、一通りの測定を終了した鬼童は、二人を起こした。
「あれ? 実験、もう終わったの?」
「ええ。開始から三〇分経過しました」
「三〇分? そんなに?」
目覚めた麗夢は、初めきょとん、とした表情で鬼童を見つめていた。が、すぐにその情報の重要性に気がつき、悲痛な面もちで鬼童に言った。
「夢に入れない・・・いえ、眠った途端意識も何もなくなって・・・こ、こんな事、初めてだわ・・・」
続けて起きた円光も、夢の中で麗夢の気が全く感じられず、小半時ただじっと待つばかりであったと証言した。
「鬼童殿、一体麗夢殿に何が起こっているのだ?」
それこそ麗夢も聞きたい事柄であった。鬼童は逸る二人をシートから立たせると、さっきまで自分が見ていたモニターの前に引っ張ってきた。
「見て下さい。これは、今睡眠中に取った二人の脳活動領域データです」
画面には二枚の脳の3D画像が並んでいた。
「実験開始直前の映像です。こっちが麗夢さん。それからこっちが円光さん」
鬼童が左右の脳の画像を指し示した。それぞれの脳には、あちこち黄色や赤の縞模様が描かれ、活発に活動している様子が手に取るように理解できた。
「これから時間を進めていきます。いいですか、この部分を注目していて下さいよ」
鬼童が画面上の脳の一部を指差しながら、キーを一つ押した。途端に画面右下隅の八つの0のうち、一番右端がめまぐるしく変化しだした。一瞬遅れて、その左となりの0が、1、2、3と順々に変化していく。その変化が15を刻んだとき、鬼童が指さしていた円光の脳領域に、初めの変化が現れた。まずそれは、緑色の光点で現れ、次第に黄色から赤へと移っていった。そこで、鬼童はキーを押して映像を止め、二人に言った。
「ここ見て下さい。緑色から赤い色に変化したでしょう? これは、円光さんの脳のこの領域が夢を見ることによって活発に活動を始めているということを示しています。でも、こちらの同じ部分を見ると、麗夢さんのは全く動いていません」
確かに鬼童の言うとおり、二人のその領域には、明瞭な差が生じていた。円光が鮮やかな虹色を示しているのに対して、麗夢のその部分は真っ黒のままなのだ。
「これはどういう意味なの?」
不安に声が震えそうな麗夢の質問に、鬼童は答えた。
「夢を見ていない、と言うことですよ、麗夢さん」
「夢を見ていない?」
「どう言うことだ、鬼童殿!」
驚く二人に鬼童は言った。
「今話した通りだ。他にもチェックするポイントが幾つかあるが、麗夢さんのそれはほとんど皆ブラックアウトしている。実際、麗夢さんは三〇分の時間経過を全く認識していない。まるで電気のスイッチをパチン、と切ったみたいに寝て、またスイッチが入ったように起きた。この記録は、その事をはっきり示しているんだ」
鬼童は更にキーを押して今度は時間を早めた。今までは律儀に1秒ずつ刻まれていた二桁目の二つの数字が、さっきまでの右隣に匹敵するスピードで動き始め、それと共に、円光の脳画像には、色とりどりな虹の模様が描かれていった。だが、麗夢の方はと言うと非常に暗いまま、時折そこここで緑の光が瞬くだけだ。そして三桁目の数字が30を示したところで、突然幾つかの領域に明るい黄や赤がきらめいた。
「目をさましたところですよ」
鬼童の説明を待つまでもなく、それが目覚めの時だと麗夢と円光にも理解できた。一番初めに見た寝る直前の状態と、その映像がほぼ同じ状態だったからだ。
「・・・どうして。何故私、急にこんなことになっちゃったの?」
初めに円光へ振り向いたが、円光は黙って目をつむるばかりであった。ついで視線を向けた鬼童も首を横に振ったが、その後には続きがあった。
「原因は不明です、ですが、可能性、と言う意味で、麗夢さんに見て貰いたい映像があります。ちょっと待ってください」
鬼童は、言いながら再びキーボードを操作し始めた。
「何を始めるのだ? 鬼童殿」
「まあちょっと待って・・・。よし」
鬼童が改めて二人に画面がよく見えるようにモニターを動かすと、その画面の中央に真っ黒な横長の長方形が一つ、映っていた。二人が怪訝な顔で画面を見ていると、鬼童はおもむろにキーを一つ押した。
「いいですか、良く見ていてくださいよ」
突然、黒い画面が切り替わり、一つの映像が現れた。
「これって、この部屋じゃない・・・」
「それに映っているのは、麗夢殿と鬼童殿だ・・・」
確かにそれは、さっきまで二人が眠りについていたリクライニングシートを、斜め前から映した映像であった。但し、円光がついていた席に、白衣の鬼童が収まっている。
「これは、先日麗夢さんが僕の夢を借りにいらしたときの記録映像ですよ。いいですか? もうすぐです・・・ここだ!」
鬼童が叫んだ瞬間、画面がぶるっと震えてまた元の状態に戻った。鬼童はキーを押してその映像を一旦停止させた。