美奈は初めて高原の言葉に反発した。熱を帯びてきた高原の心に共振したのかも知れない。美奈自身は言い切ってから、はっとその言い過ぎを後悔したが、高原は心からうれしそうにその言葉を受け止めた。
「夢魔か! いい質問だ。我々の究極の目標のために、いずれ君にも理解して貰わねばならない事だからな。いい機会だからついでに話をしておこう。が、その前に一つ確かめておきたいことがある。君は、遺伝子についてどれだけ知っているかね?」
遺伝子? そう言えば朝食を食べているときも、確かそんなことを言っていた。が、実のところその時、美奈にはそれが何のことか良く判らなかった。遺伝子組み替え食品などをちょっと聞きかじったことはあるが、それがなんなのか改めて問われるとちゃんと答えられないだろう。何か、ちょっと気持ち悪い、良くないことのように思えるぐらいだ。するとまたも高原は美奈の思考を読みとったのか、あからさまに顔をしかめて美奈に言った。
「ほとんど知らないようだな。『メンデルの法則』も聞いたことはないかね?」
美奈は首を横に振った。
「全く、中学生が『メンデルの法則』も知らないとはな。国の教育方針がいかに誤っているかという見事な証明だな・・・。しかし、困ったな。遺伝子を知らない人間にどうやって説明しようか・・・」
高原は少し頭をひねっていたが、やがて右手人差し指で目の前の空中を指さした。途端にその空間に、直径六〇センチはありそうな白い球体が現れた。球はゆっくり回転しながら次第に透明度を増し、その中心に赤、青、黄色など原色鮮やかな梯子を浮かべて見せた。梯子は奇妙に捻れており、良く見ると梯子の段に当たる横棒が、中央からきれいに色分けされている。ちょうど左右から二色の棒を継ぎ足したような形だ。色は四色使われているが、まだ美奈は、赤と黄色、青と緑が一対になっていて、それぞれがけして交じり合ったりしないと言うことまでは気づかなかった。それよりも、荘重な室内にプラスチックで出来たようなけばけばしい3D模型がくるくる回りながら浮かぶ様が、見るからに不自然に見えた。
「これがDNAだ。日本語で言うとデオキシリボ核酸というんだが、今時わざわざそんな名前で呼ぶ者はいない。で、これが何かというと、一口に言うと、生物の設計図と考えるといい。二つの捻れた柱の間に、梯子のように連なったものがあるだろう? 分かりやすいように色分けしたが、これらが、アデニン、チミン、グアニン、シトシンという塩基と呼ばれる物質で、設計図を内包した暗号の役割を果たしている。それぞれが特異的な組み合わせや繰り返しを構成することで、たくさんの複雑な性質を表しているんだ。その数は、人ならざっと二万種類ある」
高原は指を軽く払って、DNAの模型映像を消した。次に現れたのは、巨大な四角いワラビ餅のような姿をした、細胞の模型だった。中に球状のものや細かい粒状のものなどが浮いている。
「遺伝子は、染色体というものの中に収まっている。染色体は、この細胞核の中にある」
高原が、ワラビ餅の中央付近に浮かぶ大きな球を指さした。
「遺伝子が設計図だと言うことをこの模型で少し説明しよう。地球上の生物の身体は、こんな風な細胞で構成されている。細胞は生きていくために色々な仕事をしているのだが、例えばこのワラジ虫みたいなのはミトコンドリアだ。これは、言ってみれば発電所のようなものだ。細胞、ひいては生物が生きていくために必要なエネルギーを、酸素をつかって生み出すのが役目だ。このミトコンドリアというのは面白い器官で、実はもともと生物に備わった器官ではなく、何億年も昔に寄生した、全く別種の生き物だった。こいつに寄生されたおかげで、我々生物は酸素を利用して莫大なエネルギーを使うことが出来るようになり、今日の繁栄を築いたわけだ。同じ様な役割を持つものに、植物が持つ葉緑体がある。葉緑体は光のエネルギーを利用して、水と二酸化炭素から栄養素の炭水化物を作り出すものだ。こっちの小さな粒子は、リボゾームという。これは細胞の工場と考えてくれ。例えば病気の元が入ってきたとき、それに対抗する免疫物質などを合成する場所だ。この細いのはRNAというヌクレオチドだ。DNAとよく似ており、やはり四種類の塩基で出来ている。DNAと違うのは、チミンの変わりにウラシルという塩基が入っていることと、DNAがさっきの梯子のように二本絡み合って、いわゆる二重螺旋構造で出来ているのに対し、基本的にRNAは一本で出来ていることだ」
高原は時々美奈が話に付いてきているか確かめるように視線を送りながら、更に講義を進めた。
「夢魔か! いい質問だ。我々の究極の目標のために、いずれ君にも理解して貰わねばならない事だからな。いい機会だからついでに話をしておこう。が、その前に一つ確かめておきたいことがある。君は、遺伝子についてどれだけ知っているかね?」
遺伝子? そう言えば朝食を食べているときも、確かそんなことを言っていた。が、実のところその時、美奈にはそれが何のことか良く判らなかった。遺伝子組み替え食品などをちょっと聞きかじったことはあるが、それがなんなのか改めて問われるとちゃんと答えられないだろう。何か、ちょっと気持ち悪い、良くないことのように思えるぐらいだ。するとまたも高原は美奈の思考を読みとったのか、あからさまに顔をしかめて美奈に言った。
「ほとんど知らないようだな。『メンデルの法則』も聞いたことはないかね?」
美奈は首を横に振った。
「全く、中学生が『メンデルの法則』も知らないとはな。国の教育方針がいかに誤っているかという見事な証明だな・・・。しかし、困ったな。遺伝子を知らない人間にどうやって説明しようか・・・」
高原は少し頭をひねっていたが、やがて右手人差し指で目の前の空中を指さした。途端にその空間に、直径六〇センチはありそうな白い球体が現れた。球はゆっくり回転しながら次第に透明度を増し、その中心に赤、青、黄色など原色鮮やかな梯子を浮かべて見せた。梯子は奇妙に捻れており、良く見ると梯子の段に当たる横棒が、中央からきれいに色分けされている。ちょうど左右から二色の棒を継ぎ足したような形だ。色は四色使われているが、まだ美奈は、赤と黄色、青と緑が一対になっていて、それぞれがけして交じり合ったりしないと言うことまでは気づかなかった。それよりも、荘重な室内にプラスチックで出来たようなけばけばしい3D模型がくるくる回りながら浮かぶ様が、見るからに不自然に見えた。
「これがDNAだ。日本語で言うとデオキシリボ核酸というんだが、今時わざわざそんな名前で呼ぶ者はいない。で、これが何かというと、一口に言うと、生物の設計図と考えるといい。二つの捻れた柱の間に、梯子のように連なったものがあるだろう? 分かりやすいように色分けしたが、これらが、アデニン、チミン、グアニン、シトシンという塩基と呼ばれる物質で、設計図を内包した暗号の役割を果たしている。それぞれが特異的な組み合わせや繰り返しを構成することで、たくさんの複雑な性質を表しているんだ。その数は、人ならざっと二万種類ある」
高原は指を軽く払って、DNAの模型映像を消した。次に現れたのは、巨大な四角いワラビ餅のような姿をした、細胞の模型だった。中に球状のものや細かい粒状のものなどが浮いている。
「遺伝子は、染色体というものの中に収まっている。染色体は、この細胞核の中にある」
高原が、ワラビ餅の中央付近に浮かぶ大きな球を指さした。
「遺伝子が設計図だと言うことをこの模型で少し説明しよう。地球上の生物の身体は、こんな風な細胞で構成されている。細胞は生きていくために色々な仕事をしているのだが、例えばこのワラジ虫みたいなのはミトコンドリアだ。これは、言ってみれば発電所のようなものだ。細胞、ひいては生物が生きていくために必要なエネルギーを、酸素をつかって生み出すのが役目だ。このミトコンドリアというのは面白い器官で、実はもともと生物に備わった器官ではなく、何億年も昔に寄生した、全く別種の生き物だった。こいつに寄生されたおかげで、我々生物は酸素を利用して莫大なエネルギーを使うことが出来るようになり、今日の繁栄を築いたわけだ。同じ様な役割を持つものに、植物が持つ葉緑体がある。葉緑体は光のエネルギーを利用して、水と二酸化炭素から栄養素の炭水化物を作り出すものだ。こっちの小さな粒子は、リボゾームという。これは細胞の工場と考えてくれ。例えば病気の元が入ってきたとき、それに対抗する免疫物質などを合成する場所だ。この細いのはRNAというヌクレオチドだ。DNAとよく似ており、やはり四種類の塩基で出来ている。DNAと違うのは、チミンの変わりにウラシルという塩基が入っていることと、DNAがさっきの梯子のように二本絡み合って、いわゆる二重螺旋構造で出来ているのに対し、基本的にRNAは一本で出来ていることだ」
高原は時々美奈が話に付いてきているか確かめるように視線を送りながら、更に講義を進めた。