「何? 今のは。何がどうなったの?」
「拙僧には、何か人の姿が見えたように感じたが・・・」
円光の言葉に、鬼童はにっこりと微笑んだ。
「さすがは円光さんだ。あの瞬間の映像を見切るなんて。では、少し戻して今度はスローで動かしてみましょう」
鬼童がキーボードに指を滑らせ、再び再生のキーを押した。今度はゆっくり映像が動いているらしい。ただ、動きのない映像のため、さっきと何が違うのか、にわかには判らなかった。しかし・・・。
「あっ!」
「こ、これは!」
二人が叫ぶと同時に、鬼童は映像を一時停止した。そこには、ついさっきまでいなかった一人の男が映っていた。それも麗夢の傍らである。男の姿はぶれてはっきりとしなかったが、それでも右手を麗夢の手に伸ばしているのは充分に見て取れた。
「どうです麗夢さん? 見覚えありませんか?」
「見覚えも何も、この映像じゃ判らないわ」
麗夢が言うのも無理はなかった。その静止映像はチューニングが不完全なテレビ映像のようにゆがんでぶれ、男のようだ、と言う以外に判別するのは極めて困難だったからだ。
「やはり無理ですか・・・。ではもう少し時間を下さい。画像処理してもっとはっきり見えるように工夫してみます」
「それより、どうしてこの一瞬しか映ってないの?」
麗夢は、より根本的な疑問を口にした。この男は、まるで心霊写真のように、あの一瞬だけ突然麗夢の傍らに現れて、その前後にはまるで姿が見えないのである。これについては、鬼童も一応は答えを用意していた。
「恐らくこの身元不明の男は、僕の夢を媒介して侵入し、また夢に去ったとしか考えられません。まるで死夢羅のように夢を自由に出入りできるのでしょう。その時、よほど強烈な思念波が発生したに違いありませんよ。うちの電子機器にはそれなりに僕自身も工夫してシールドしてあるんですが、それでもこんなに映像をゆがめるほど影響するなんて、ちょっと空恐ろしい気がします」
夢を自由に行き来する・・・。麗夢は数日前の鬼童の夢の中での出来事を想起して、思わず身震いした。やはりあれは死夢羅だったのだろうか? でも、死夢羅なら何故幻覚だけで実際に鬼童を殺害しようとしなかったのだろう? それにこの男の姿、これは、いくらゆがんだ映像と行っても死夢羅でないことくらいは見て取れる。結局謎ばかりが深まる中、麗夢はもう一つ、未解決の謎が残されていることを思い出した。
「そうそう、鬼童さん、あの時私の手に刺さっていた小さな針はどうしたの?」
「あ、あれですね! 実はあれも興味深いものだったんですよ。ちょっと待ってください!」
鬼童は三度キーボードを操作して謎の男の映像を消すと、新たに一枚の画像をモニターに映し出した。
「あの針の顕微鏡写真です。本当に極細の針ですが、麗夢さん、これ、何でできていると思います?」
麗夢と円光は、画面の中に浮かぶ真っ白な針を凝視した。だが、写真で見ただけで材質まで読みとるのは不可能である。二人は結局、針なら多分金属だろう、と常識的な答えを返すしかなかった。ところが、鬼童の答えはおよそ二人の常識の埒外にあった。
「じつはこれ、糖で出来ているんですよ」
「トウ? なにそれ」
「ほら、砂糖とかグラニュー糖とかの糖ですよ。これは、その糖の一種で出来ているんです」
もう一度麗夢と円光は目を丸くしてその画像を見つめた。頭には上白糖と赤い字で記された一キログラム入りの白い粉や、コーヒーに入れる茶褐色の砂粒のような結晶が浮かび上がるが、どれもこの針と上手くマッチさせることが出来ない。驚くばかりな二人に、鬼童は最新技術の一つですが、と前置きしながら二人に話した。
「実は注射針の研究で出来るだけ細くする、と言うのがあるんです。蚊に刺されても痛くないでしょう? あれは、蚊の唾液が麻酔効果を持つだけでなく、蚊の口が非常に細いため、人に痛みを感じさせずに血管まで刺すことができるんですよ。これを応用すれば、例えば糖尿病でインスリンを定期的に注射しないといけない人に、痛みのない注射が可能になるんです。ところが金属を使うと、万一折れたときに非常に危険です。どんなに小さい針でも、それが脳の毛細血管につまったり心臓壁に刺さったりしたら命に関わることになりかねないですからね。そこで開発が進められたのが、糖を針に仕立てる研究なんです。糖なら万一血管に入り込んでも、血液で溶けちゃいますからね。きっとこの謎の男は、この糖の結晶でできた針を使って、麗夢さんに何かを注入し、夢に入る力を奪ったんです」
「毒か!」
円光が気色ばんで鬼童に振り返った。だが、鬼童は冷静に首を横に振った。
「僕も色々脳に影響を与える薬物を研究してきたが、この針で与えられる程の少量で、夢だけに作用するような薬物は見たことがない。それに、麗夢さんの能力はこの数日で少しずつ削がれていった様だ。注入された直後ならともかく、そんなに遅延して効果を発揮するなんて、ちょっと思いつかないな」
「おのれ・・・、一体誰が、どんな妖しの技を麗夢殿にかけたのだ!」
円光は怒りにまかせて拳を握りしめた。麗夢も画面の針を見つめながら、重苦しい気分に落ち込んでいた。結局謎はほとんど解けていない。ただ、自分の力が完璧に失われたと言うことが、確実になっただけだ。そんな見るからに打ち萎れている麗夢に鬼童は言った。
「実は一つだけ、手がかりになりそうなことがあって、既に榊警部に連絡して、調べて貰っているんです。この針に関することなんですが・・・」
麗夢と円光は、つかみかからぬばかりな勢いで、同時に鬼童に振り向いた。
「それは何 (なんだ )鬼童さん!(殿!)」
「拙僧には、何か人の姿が見えたように感じたが・・・」
円光の言葉に、鬼童はにっこりと微笑んだ。
「さすがは円光さんだ。あの瞬間の映像を見切るなんて。では、少し戻して今度はスローで動かしてみましょう」
鬼童がキーボードに指を滑らせ、再び再生のキーを押した。今度はゆっくり映像が動いているらしい。ただ、動きのない映像のため、さっきと何が違うのか、にわかには判らなかった。しかし・・・。
「あっ!」
「こ、これは!」
二人が叫ぶと同時に、鬼童は映像を一時停止した。そこには、ついさっきまでいなかった一人の男が映っていた。それも麗夢の傍らである。男の姿はぶれてはっきりとしなかったが、それでも右手を麗夢の手に伸ばしているのは充分に見て取れた。
「どうです麗夢さん? 見覚えありませんか?」
「見覚えも何も、この映像じゃ判らないわ」
麗夢が言うのも無理はなかった。その静止映像はチューニングが不完全なテレビ映像のようにゆがんでぶれ、男のようだ、と言う以外に判別するのは極めて困難だったからだ。
「やはり無理ですか・・・。ではもう少し時間を下さい。画像処理してもっとはっきり見えるように工夫してみます」
「それより、どうしてこの一瞬しか映ってないの?」
麗夢は、より根本的な疑問を口にした。この男は、まるで心霊写真のように、あの一瞬だけ突然麗夢の傍らに現れて、その前後にはまるで姿が見えないのである。これについては、鬼童も一応は答えを用意していた。
「恐らくこの身元不明の男は、僕の夢を媒介して侵入し、また夢に去ったとしか考えられません。まるで死夢羅のように夢を自由に出入りできるのでしょう。その時、よほど強烈な思念波が発生したに違いありませんよ。うちの電子機器にはそれなりに僕自身も工夫してシールドしてあるんですが、それでもこんなに映像をゆがめるほど影響するなんて、ちょっと空恐ろしい気がします」
夢を自由に行き来する・・・。麗夢は数日前の鬼童の夢の中での出来事を想起して、思わず身震いした。やはりあれは死夢羅だったのだろうか? でも、死夢羅なら何故幻覚だけで実際に鬼童を殺害しようとしなかったのだろう? それにこの男の姿、これは、いくらゆがんだ映像と行っても死夢羅でないことくらいは見て取れる。結局謎ばかりが深まる中、麗夢はもう一つ、未解決の謎が残されていることを思い出した。
「そうそう、鬼童さん、あの時私の手に刺さっていた小さな針はどうしたの?」
「あ、あれですね! 実はあれも興味深いものだったんですよ。ちょっと待ってください!」
鬼童は三度キーボードを操作して謎の男の映像を消すと、新たに一枚の画像をモニターに映し出した。
「あの針の顕微鏡写真です。本当に極細の針ですが、麗夢さん、これ、何でできていると思います?」
麗夢と円光は、画面の中に浮かぶ真っ白な針を凝視した。だが、写真で見ただけで材質まで読みとるのは不可能である。二人は結局、針なら多分金属だろう、と常識的な答えを返すしかなかった。ところが、鬼童の答えはおよそ二人の常識の埒外にあった。
「じつはこれ、糖で出来ているんですよ」
「トウ? なにそれ」
「ほら、砂糖とかグラニュー糖とかの糖ですよ。これは、その糖の一種で出来ているんです」
もう一度麗夢と円光は目を丸くしてその画像を見つめた。頭には上白糖と赤い字で記された一キログラム入りの白い粉や、コーヒーに入れる茶褐色の砂粒のような結晶が浮かび上がるが、どれもこの針と上手くマッチさせることが出来ない。驚くばかりな二人に、鬼童は最新技術の一つですが、と前置きしながら二人に話した。
「実は注射針の研究で出来るだけ細くする、と言うのがあるんです。蚊に刺されても痛くないでしょう? あれは、蚊の唾液が麻酔効果を持つだけでなく、蚊の口が非常に細いため、人に痛みを感じさせずに血管まで刺すことができるんですよ。これを応用すれば、例えば糖尿病でインスリンを定期的に注射しないといけない人に、痛みのない注射が可能になるんです。ところが金属を使うと、万一折れたときに非常に危険です。どんなに小さい針でも、それが脳の毛細血管につまったり心臓壁に刺さったりしたら命に関わることになりかねないですからね。そこで開発が進められたのが、糖を針に仕立てる研究なんです。糖なら万一血管に入り込んでも、血液で溶けちゃいますからね。きっとこの謎の男は、この糖の結晶でできた針を使って、麗夢さんに何かを注入し、夢に入る力を奪ったんです」
「毒か!」
円光が気色ばんで鬼童に振り返った。だが、鬼童は冷静に首を横に振った。
「僕も色々脳に影響を与える薬物を研究してきたが、この針で与えられる程の少量で、夢だけに作用するような薬物は見たことがない。それに、麗夢さんの能力はこの数日で少しずつ削がれていった様だ。注入された直後ならともかく、そんなに遅延して効果を発揮するなんて、ちょっと思いつかないな」
「おのれ・・・、一体誰が、どんな妖しの技を麗夢殿にかけたのだ!」
円光は怒りにまかせて拳を握りしめた。麗夢も画面の針を見つめながら、重苦しい気分に落ち込んでいた。結局謎はほとんど解けていない。ただ、自分の力が完璧に失われたと言うことが、確実になっただけだ。そんな見るからに打ち萎れている麗夢に鬼童は言った。
「実は一つだけ、手がかりになりそうなことがあって、既に榊警部に連絡して、調べて貰っているんです。この針に関することなんですが・・・」
麗夢と円光は、つかみかからぬばかりな勢いで、同時に鬼童に振り向いた。
「それは何 (なんだ )鬼童さん!(殿!)」