その日から早速実験が始まった。とは言っても、美奈がやることは、ただ眠って夢を見ること、そして、夢見中に外へ出るように努力するという、いつもやっていることの再現だけだった。ただし、眠る場所は睡眠実験室、と名前の付いている部屋にしつらえられたベットであり、中央に頭がすっぽり入るほどの穴が空いた、人の背丈ほどもある巨大な四角い装置に頭だけ差し込むように寝かされるのが普段と違う点である。更に、頭が動かないようにプラスチックの拘束具で鼻の上からしっかり固定された上、右腕に点滴の針を入れられるのも、もちろん普段の眠りとはまるで違う条件である。装置の名前は陽電子放出型断層撮影装置、通称PETと言われる身体内部のイメージング装置である。腕の静脈から入れられた、放射性物質で標識を付けたブドウ糖の動きをこの装置で追いかける仕組みになっている。脳は特にブドウ糖の消費が多い器官であるが、消費が盛んなところにこの標識付きのブドウ糖が集まり、その箇所が現在活発に活動していることを教えてくれる。つまり、夢見中に活発に活動している脳の領域を、この装置は手に取るように示してくれるのである。
実験開始前、その様に高原から説明を受けた美奈だったが、この装置を使って夢を見ているときの脳の状態を計る、という目的以外、残念ながら機械のことは理解できなかった。 また、あるときは違う装置のベットに身体を横たえることもあった。
これはさっきのPETよりもさらに巨大な装置で、同じように身体が入るくらいの穴が中央に空いている。機能的磁気共鳴断層撮影装置、通称fーMRIと言うこの機械は、強力な磁場を発生させ、脳内の水素分子に影響を与えて、その変化の様子で内部の活動を計測する装置である。高原の研究所の装置はドイツ製の最新機種で、三ステラという世界最高水準の磁場を発生させ、一ミリ単位で脳を測定し、画像化することができるそうだ。
これについても美奈には理解を絶する説明がしばし繰り返された後、困惑する美奈をベットに縛り付けて、およそ一時間程度かかった。更に通常の脳波測定や睡眠中の各種身体機能測定なども合わせ、それが終わる頃には、すっかりお昼を回っていた。
「良し、これぐらいにしよう」
美奈は、ようやく終わった各種実験に、ほっと安堵の溜息をついた。美奈はただ眠っているだけで何をすると言うわけでもなかったのだが、やはりこのような普通ではない雰囲気の中で眠るというのはただならぬ緊張と疲労を覚えさせるものがあった。対する高原は、そんな美奈の心情など気づかぬそぶりで、難しい顔つきでベットから降りた美奈に言った。
「まだかなり緊張が残っているようだな。君ほどの力があれば眠るのも起きるのも自在にコントロールできると思うのだが、これまでのところ、測定中に感知出来た睡眠は、ごくわずかしかなかった」
「・・・ごめんなさい」
咎めるような口調に、美奈は思わず返事してしまった。すると高原は、口調はそのままに美奈に言った。
「いや、謝るようなことではない。まあいきなりこんなところに連れてこられて慣れない生活をしているのだ。これからは、もう少し夢が見やすくなるよう考慮しよう。さあ、来たまえ」
謝ることではない、とは言うものの、美奈はどうしても引け目を覚えずにはいられなかった。
翌日、美奈は再び睡眠実験室に入った。
「もう一度同じ実験を繰り返そう。ただし、夢を見やすくするため、ちょっとだけ薬を使わせて貰うよ」
高原は、点滴パックに小さな注射器で何かの液体を注入しながら美奈に言った。
「これは、アセチルコリンという化学物質の分解酵素の働きを阻害する薬品だ。これで脳のケミカルバランスを調整し、レム睡眠を誘発する。本当は薬に頼らないで君の能力を見てみたかったのだがね。後でひょっとしたら気分が憂鬱になるかも知れないが、それ以外の副作用は無いので安心しなさい」
憂鬱というなら今も充分憂鬱なのだが、と思いながらも、美奈は従順に頷いて見せた。高原の言う薬品の名前や作用など、聞いてもほとんど理解できないから、美奈としては頷くしかない。こうして注入を終えた高原は、少し離れたところにあるリクライニング・シートに納まり、美奈に言った。
「やはり対象があった方がやりやすいだろう。私の夢に入ってくれたまえ」
高原は、たくさんのケーブルが繋がったフルフェイスタイプのヘルメットのような機械をかぶり、シートに横たわった。美奈は少し慌てたが、どうやら機械はプログラム済みで勝手に動くらしい。美奈は一つ小さく溜息をつくと、午前中同様身体を固定されたまま眠りについた。
実験開始前、その様に高原から説明を受けた美奈だったが、この装置を使って夢を見ているときの脳の状態を計る、という目的以外、残念ながら機械のことは理解できなかった。 また、あるときは違う装置のベットに身体を横たえることもあった。
これはさっきのPETよりもさらに巨大な装置で、同じように身体が入るくらいの穴が中央に空いている。機能的磁気共鳴断層撮影装置、通称fーMRIと言うこの機械は、強力な磁場を発生させ、脳内の水素分子に影響を与えて、その変化の様子で内部の活動を計測する装置である。高原の研究所の装置はドイツ製の最新機種で、三ステラという世界最高水準の磁場を発生させ、一ミリ単位で脳を測定し、画像化することができるそうだ。
これについても美奈には理解を絶する説明がしばし繰り返された後、困惑する美奈をベットに縛り付けて、およそ一時間程度かかった。更に通常の脳波測定や睡眠中の各種身体機能測定なども合わせ、それが終わる頃には、すっかりお昼を回っていた。
「良し、これぐらいにしよう」
美奈は、ようやく終わった各種実験に、ほっと安堵の溜息をついた。美奈はただ眠っているだけで何をすると言うわけでもなかったのだが、やはりこのような普通ではない雰囲気の中で眠るというのはただならぬ緊張と疲労を覚えさせるものがあった。対する高原は、そんな美奈の心情など気づかぬそぶりで、難しい顔つきでベットから降りた美奈に言った。
「まだかなり緊張が残っているようだな。君ほどの力があれば眠るのも起きるのも自在にコントロールできると思うのだが、これまでのところ、測定中に感知出来た睡眠は、ごくわずかしかなかった」
「・・・ごめんなさい」
咎めるような口調に、美奈は思わず返事してしまった。すると高原は、口調はそのままに美奈に言った。
「いや、謝るようなことではない。まあいきなりこんなところに連れてこられて慣れない生活をしているのだ。これからは、もう少し夢が見やすくなるよう考慮しよう。さあ、来たまえ」
謝ることではない、とは言うものの、美奈はどうしても引け目を覚えずにはいられなかった。
翌日、美奈は再び睡眠実験室に入った。
「もう一度同じ実験を繰り返そう。ただし、夢を見やすくするため、ちょっとだけ薬を使わせて貰うよ」
高原は、点滴パックに小さな注射器で何かの液体を注入しながら美奈に言った。
「これは、アセチルコリンという化学物質の分解酵素の働きを阻害する薬品だ。これで脳のケミカルバランスを調整し、レム睡眠を誘発する。本当は薬に頼らないで君の能力を見てみたかったのだがね。後でひょっとしたら気分が憂鬱になるかも知れないが、それ以外の副作用は無いので安心しなさい」
憂鬱というなら今も充分憂鬱なのだが、と思いながらも、美奈は従順に頷いて見せた。高原の言う薬品の名前や作用など、聞いてもほとんど理解できないから、美奈としては頷くしかない。こうして注入を終えた高原は、少し離れたところにあるリクライニング・シートに納まり、美奈に言った。
「やはり対象があった方がやりやすいだろう。私の夢に入ってくれたまえ」
高原は、たくさんのケーブルが繋がったフルフェイスタイプのヘルメットのような機械をかぶり、シートに横たわった。美奈は少し慌てたが、どうやら機械はプログラム済みで勝手に動くらしい。美奈は一つ小さく溜息をつくと、午前中同様身体を固定されたまま眠りについた。