かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

なくても何とかなるか、と思っていましたが、新聞は毎日欲しいと近頃思うようになってきました。

2009-02-26 22:41:33 | Weblog
 なぜか今週は、月曜日から「明日は休みだ」と錯覚してしまうことが頻繁にあるおかしな一週間でした。もちろん今日は何曜日? と自問自答して、明日は休みな訳ないじゃないか、とすぐに気がつくのですが、どういうわけか毎日必ず、今週のお仕事は今日で終わりだからもう一がんばりしよう、と本気で勘違いする瞬間が訪れるのです。さすがに明日は正真正銘、「明日は休み」に違いないので、錯覚と言うこともなくなるわけですが、こうも休みと思い込むとは、ひょっとしたら大分疲れがたまっていたりするのでしょうか。
 ただ、体調はようやく気にならない程度まで回復してきまして、あれほどしつこかった咳が、気がついたらいつの間にか止まってました。多分昨日くらいからだと思いますが1ヶ月間ずっと難儀していた風邪が、ようやく終焉したのです。実際のところは、朝方まだ少し咳ごむ時間があるのですが、ついこの間までの、一日中何かにつけてゴホンゴホンしていたことを思えば、ほぼ治ったといっても間違いではないでしょう。2月の終わりになって咳が収まるなんて、まるで冬の終わりを告げているようで、なんとなく感慨深いものがあります。この調子で、3月は春の陽気とともに上り調子ですごせたらいいのですが。

 さて、昨年末からずっと新聞をとっておらず、時折、職場でとっているのをまとめ読みする以外はすっかりご無沙汰しているのですが、そのためなのか、どうもニュースに疎くなっている自分に気づくことがあります。最近も、ソマリア沖に派遣される海自艦艇について、海賊船本体への射撃を認めるとか、外国船も状況によって警護するというような話がありましたが、こんな大事な話に気づくのがずいぶんと遅れてしまいました。
 ニュースなんてものはネットで見ていれば何とかなるか、と思っていたのですが、ネットのニュースは確かに即時性では他の媒体に無いものがありますが、反面、少し時間がたつと表からは姿を消してしまい、出たそのときに見ていなければ、ずっと気づかないことになってしまう、という弊害がありました。新聞社のサイトや、某巨大掲示板のニュース板でも見てればよいのかもしれませんが、ネットで見たいのはニュースばかりではありませんし、たとえば朝の出勤前の限られたひと時、朝食をほおばりながら着替えをしながらメールチェックなどして、と言うようなときに、新聞ならちょっと手元に広げておいてざざっと横目で見出しと写真だけ流し見するだけでも大まかな情報は入りますが、PCでそれと同じ状況を作ろうとしてもまず不可能です。それに私はやっぱり活字が好きですし、同じ情報なら、PCの画面で見るよりもちゃんと印刷されたもので読みたいと感じます。
 今は少々事情があって新聞を再開することができませんが、いずれ近いうちに何とか復活させたいと思うこのごろです。
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