江戸川乱歩「闇に蠢く」は食人の話。
さすがの乱歩も食人を描くのには抵抗があったらしく様々な仕掛けを凝らしている。
まずその作品は他人が記したもので船旅の途中、偶然手に入れたものであるという仕掛け。作者の名は「御納戸色」。
これでひとつフィルターが入る。
今から見るとなかなかおしゃれな仕掛けである。
乱歩はこの作品入手の経緯を描いた文章の中でご丁寧に「原作者・御納戸色氏がこれを読まれましたら。どうかその旨わたしまでご一報願いたく存じます」と断り書きまで入れている。
嘘だとわかっていてもロマンが感じられる。
そう言えば少年ものの「ルパン」シリーズでも、この本はパリのある古本屋で偶然見つけたみたいな記述があった。
さて作品本編。
乱歩は後に食人を行うことになる野崎三郎について冒頭こんな描写をしている。
「かれには、どんな美人の写真よりも切り離された一本の腕の彫刻に、より誘惑を感じる場合があった。ある小説家は美人の素足を崇拝したが、かれは足はもちろんのこと、首にも腕にも胸にも背中にもしりにも太ももにも、からだのあらゆる部分に容貌以上の美を見出すことができた。ある女は耳の美しさによって、ある女は肩の美しさによって、ある女は首筋の美しさによって、かれの心をひきつけた」
三郎にはフェティシズムと共に、体の部分を愛するということでと食人の潜在的嗜好があったことを示す描写だ。
ちなみに女性の素足を愛した小説家とは谷崎潤一郎のこと。谷崎を例を出して、三郎の嗜好が十分リアリティのあるものであることを描いている。
そして事件は進む。
以下、ネタバレ。
あるホテルに泊まった三郎は愛した女が行方不明になる事件に巻き込まれる。
女はこのホテルのオーナーによって殺されてしまったのだ。
オーナーは実は食人鬼。
オーナーは船で遭難し、海上のボートで飢えを凌ぐために仲間を食べたことから食人に目覚めてしまった。
以後、ホテルに泊まった客で気に入った人間が現れると殺して料理され食べられてしまう。(作中、客の三郎が「珍味」だとオーナーに勧められて食べさせられるものがあるが、それは人の肉。実に怖くグロテスクだ)
三郎は女の行方を追う内、オーナーの罠にはまり、ホテルの地下にある洞窟に友人らと共に閉じこめられてしまう。
そして脱出不能のこの洞窟で三郎が行ったこととは……?
作品はどんどん怖くなる。
生き延びるために三郎も友人の肉を食べたのだ。
そして潜在的嗜好もあったのか食人に目覚めてしまう。
ホテルが火事になり、三郎は何とか洞窟から脱出することに成功するが、地上に出てからすごい。
偶然、道で出会った少年にこんな感情を抱く。
「三郎の心に妙な感情が動き始めた。最初のほど、それ何か肉体的なむすがゆさのようなものであったが、ふと気がつくと、ぞっとしたことには、かれの目はさいぜんから、相手のあらわなももたぶの辺にくぎずけにされているのだ。そこにはキツネ色のゴムまりの様に弾力のある豊かな肉が、むくむくと動いていた。三郎はその皮膚からたちのぼる一種の香気をさえ感じた」
ラストはこう。
三郎はついにホテルのオーナーに出会う。
オーナーは三郎が愛した女の墓を暴こうとしてる。
そこでふたりは対峙する。
「雲が出たのか、空には星も見えず、かれらの低い会話を縫うようにして、暖かい風がおどろおどろと吹き始めた。森の奥からは、気味の悪い鳥の声がホウホウと聞こえていた」
という描写の後、シーンは翌朝に変わってこんな描写がなされる。
「その翌朝、人々は前代未聞の珍事を見た」
「若い女の墓があばかれて。そのそばに女の連れであったビール樽のように太った男が血みどろになって倒れ、一方、その大樹の枝には、おがらのようにやせ細った男が首をくくって長くなっていた」
「不思議なのは太った男の死に様であった。かれがまるでオオカミにでも食われたようにのどくびをむざんにかみ砕かれていた。そして、よく調べていくと若い女の死骸の胸が引き裂かれて、その心臓がなくなっていたことがわかった。首をくくったいるやせた男は、口から胸にかけて恐ろしい血のりがった。だらりとたれた舌には、おびたたしい血塊が、朝日を受けて金色に輝いていた」
太った男とはオーナーのこと。
やせた男とは先日まで洞窟にいて食うや食わずだった三郎のこと。
夜、三郎とオーナーが対峙してから、どの様なことが行われたかが明確である。
そのシーンは描かれなかったが、前述のとおりさすがの乱歩も描けなかったのであろう。
結果だけを描いて、読者にあったことを想像させる手法も面白い。
また3つの死体を見た人々が「前代未聞の珍事」としか理解できないというのも皮肉である。何しろ普通の人々には想像にも及ばないおぞましい出来事が展開されていたのだから。
さすがの乱歩も食人を描くのには抵抗があったらしく様々な仕掛けを凝らしている。
まずその作品は他人が記したもので船旅の途中、偶然手に入れたものであるという仕掛け。作者の名は「御納戸色」。
これでひとつフィルターが入る。
今から見るとなかなかおしゃれな仕掛けである。
乱歩はこの作品入手の経緯を描いた文章の中でご丁寧に「原作者・御納戸色氏がこれを読まれましたら。どうかその旨わたしまでご一報願いたく存じます」と断り書きまで入れている。
嘘だとわかっていてもロマンが感じられる。
そう言えば少年ものの「ルパン」シリーズでも、この本はパリのある古本屋で偶然見つけたみたいな記述があった。
さて作品本編。
乱歩は後に食人を行うことになる野崎三郎について冒頭こんな描写をしている。
「かれには、どんな美人の写真よりも切り離された一本の腕の彫刻に、より誘惑を感じる場合があった。ある小説家は美人の素足を崇拝したが、かれは足はもちろんのこと、首にも腕にも胸にも背中にもしりにも太ももにも、からだのあらゆる部分に容貌以上の美を見出すことができた。ある女は耳の美しさによって、ある女は肩の美しさによって、ある女は首筋の美しさによって、かれの心をひきつけた」
三郎にはフェティシズムと共に、体の部分を愛するということでと食人の潜在的嗜好があったことを示す描写だ。
ちなみに女性の素足を愛した小説家とは谷崎潤一郎のこと。谷崎を例を出して、三郎の嗜好が十分リアリティのあるものであることを描いている。
そして事件は進む。
以下、ネタバレ。
あるホテルに泊まった三郎は愛した女が行方不明になる事件に巻き込まれる。
女はこのホテルのオーナーによって殺されてしまったのだ。
オーナーは実は食人鬼。
オーナーは船で遭難し、海上のボートで飢えを凌ぐために仲間を食べたことから食人に目覚めてしまった。
以後、ホテルに泊まった客で気に入った人間が現れると殺して料理され食べられてしまう。(作中、客の三郎が「珍味」だとオーナーに勧められて食べさせられるものがあるが、それは人の肉。実に怖くグロテスクだ)
三郎は女の行方を追う内、オーナーの罠にはまり、ホテルの地下にある洞窟に友人らと共に閉じこめられてしまう。
そして脱出不能のこの洞窟で三郎が行ったこととは……?
作品はどんどん怖くなる。
生き延びるために三郎も友人の肉を食べたのだ。
そして潜在的嗜好もあったのか食人に目覚めてしまう。
ホテルが火事になり、三郎は何とか洞窟から脱出することに成功するが、地上に出てからすごい。
偶然、道で出会った少年にこんな感情を抱く。
「三郎の心に妙な感情が動き始めた。最初のほど、それ何か肉体的なむすがゆさのようなものであったが、ふと気がつくと、ぞっとしたことには、かれの目はさいぜんから、相手のあらわなももたぶの辺にくぎずけにされているのだ。そこにはキツネ色のゴムまりの様に弾力のある豊かな肉が、むくむくと動いていた。三郎はその皮膚からたちのぼる一種の香気をさえ感じた」
ラストはこう。
三郎はついにホテルのオーナーに出会う。
オーナーは三郎が愛した女の墓を暴こうとしてる。
そこでふたりは対峙する。
「雲が出たのか、空には星も見えず、かれらの低い会話を縫うようにして、暖かい風がおどろおどろと吹き始めた。森の奥からは、気味の悪い鳥の声がホウホウと聞こえていた」
という描写の後、シーンは翌朝に変わってこんな描写がなされる。
「その翌朝、人々は前代未聞の珍事を見た」
「若い女の墓があばかれて。そのそばに女の連れであったビール樽のように太った男が血みどろになって倒れ、一方、その大樹の枝には、おがらのようにやせ細った男が首をくくって長くなっていた」
「不思議なのは太った男の死に様であった。かれがまるでオオカミにでも食われたようにのどくびをむざんにかみ砕かれていた。そして、よく調べていくと若い女の死骸の胸が引き裂かれて、その心臓がなくなっていたことがわかった。首をくくったいるやせた男は、口から胸にかけて恐ろしい血のりがった。だらりとたれた舌には、おびたたしい血塊が、朝日を受けて金色に輝いていた」
太った男とはオーナーのこと。
やせた男とは先日まで洞窟にいて食うや食わずだった三郎のこと。
夜、三郎とオーナーが対峙してから、どの様なことが行われたかが明確である。
そのシーンは描かれなかったが、前述のとおりさすがの乱歩も描けなかったのであろう。
結果だけを描いて、読者にあったことを想像させる手法も面白い。
また3つの死体を見た人々が「前代未聞の珍事」としか理解できないというのも皮肉である。何しろ普通の人々には想像にも及ばないおぞましい出来事が展開されていたのだから。