EXPRESS DIARY~鉄人日記~

鉄道に関することを日々徒然なるままに書いて行こうと思います。

JR高山本線

2008年09月01日 | 東海

040905takayama85hida3  JR高山本線は数回乗車しており、全線踏破も2度経験している。98年夏に18きっぷを利用して東京へ遠征して、品川から当時運転されていた臨時の大垣夜行(167系使用)に乗って岐阜へ。私が大垣夜行と呼ばれる所謂急行型を使用した夜行列車に乗ったのは後にも先にもこの1回だけだ。他はすべてムーンライトながらで、大垣駅で早くから席取りのために並ぶという経験はしていない。品川では席取りのために早くから並び、見事に席をGETした。しかし、その代償として横浜-阪神戦のナイターを途中で切り上げるという代償を払っている。横浜スタジアムで牛丼(スタンドで売り子が吉野家の牛丼を売っている)を食べながらナイターを観戦していると雨が降り出し、強くなったり弱くなったりして試合が続行できる程度の雨が降っていた。この当時は携帯はあっても、容易に天気予報をチェックするというようなこともできず、明日の天気も知らずに移動していた。大垣夜行の席が取れて一安心して眠りにつき、翌朝岐阜到着寸前まで爆睡していた。岐阜に降り立って雨がジャジャぶりなのに驚いたが、計画を変更するほどでもないということで高山本線気動車に乗り込んだ。岐阜から猪谷まで直通する列車だったと思うが、北上していくにつれて雨がどんどん強くなりついには途中で抑止を食らうことに。どれぐらい抑止を食らったか覚えていないが、1時間以上は雨が弱まるのを山間の小駅で待った記憶がある。そして雨が弱まり、運行が再開され、大幅な遅れで猪谷着。途中県境を越えたあたりから天気がまさに急変して見事に晴れ渡った。キハ120に乗り換えて富山に着いた頃にはあの雨は何だったのかという見事な晴れ空だった。

 続いて高山本線に乗ったのは04年9月5日だ。前回神岡鉄道の乗り潰しについて書いたが、この時も大雨だった。猪谷で列車待ちの間からかなり降っていたが、この時も道中かなり強い雨が降っていた。抑止こそ食らわなかったが、若干の遅れが発生しており、対向の特急列車なども遅れていた。この訪問の後、台風だったかの影響で高山本線の飛騨古川~猪谷間が壊滅的な被害を受けて、全線復旧まで数年間も要している。私が訪問すると雨に祟られる高山本線だが、実際雨が多い厳しい自然条件の中を走っていることを実感できた道中だったのだと自分に言い聞かせながら、次訪れるときは風光明媚な景色がはっきり見えるよう晴れることを望んでやまない。