福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

真言宗義章・第十、入壇灌頂章

2022-02-01 | 諸経

第十、入壇灌頂章

(密教を行ずるには灌頂が必須である。之を受けないで密教に入ろうとすると佛罰を受ける。灌頂には、結縁・受明・伝法灌頂があるが俗人でも結縁灌頂を受ければ一切の罪障は消滅する。特に結縁灌頂には古往今来不思議霊験多し。)

金剛頂経に云はく、「この毘盧遮那三昧地の法は未灌頂の者に向かって一字たりとも説くことを得ざれ、若し本尊の儀軌真言はたとへ同法の行者なりといえども輙くことを得ざれ。若し説かば現前に夭に中たり殃を招き後に無明地獄に堕せん」と。(金剛頂瑜伽中略出念誦經卷第四に「師應竪結薩埵金剛契。置弟子頂上告言。此是三摩耶金剛契。汝若輒向未入壇人説者。令汝頭破裂。汝於我所。莫生疑慢。應當深生敬信。汝於我身。當如執金剛菩薩。我所教誨當盡奉行。若不爾者。自招其禍。或令中夭死墮地獄」とあり)又、瞿醯經にいわく、「若し愚人ありて曼荼羅に入らずして真言を念誦せば遍数を満たすといえども終に成就せず。また邪見を起こして彼の人、命終して地獄に堕せん、もし人ありて彼に真言法を与えば彼も亦、三昧耶戒に堕し命終わりて後は嚕羅婆地獄に堕せん」(蕤呬耶經卷下分別相品第九に「若有愚人不入曼荼羅持誦眞言。雖滿遍數終不成就。復起邪見。彼人命終墮於地獄。若有人與彼眞言法者。彼亦墮三摩耶戒。命終之後墮於嚕羅婆地獄」と)。法身如来の厳誡此の如し。豈惧れざらんや。

いうところの三昧耶とは入壇灌頂の大事なり。是れ即ち佛佛同道の軌則、顕密仏法の極意なり。若しこの法によらずして成仏する事を得といはばこのことわり更にあるべからず。故に顕教の中にも楞伽経、華厳経等には菩薩三祇(三大阿僧祇劫)の修行を満足して第十地(菩薩が修行して得られる菩薩五十二位の中、下位から数えて第41番目から第50番目の位を十地という。十廻向の上位であり等覚より下位にあたる。上位から法雲・善想・不動・遠行・現前・難勝・焔光・発光・離垢・歓喜の10位がある。ここでは仏の位である等覚・妙覚の直前の法雲地をいうか))を証する時、必ず先徳の灌頂を蒙りてここにおいてはじめて仏果の職位につくことを得、と説きたまへり。(華厳経十住品に「菩薩摩訶薩十住行。去來現在諸佛所説。何等爲十。一名初發心。二名治地。三名修行。四名生貴。五名方便具足。六名正心。七名不退。八名童眞。九名法王子。十名灌頂。諸佛子。是名菩薩十住。」)

この灌頂に三種あり。結縁・受明・伝法なり。結縁灌頂といふは金剛頂経において「この大壇場に於いて入るべきものは、まさに器、非器を簡択すべからず。所以如何となれば或は衆生ありて大罪を造る者、これらこの金剛界大壇を見已り及び入ることを得る者は一切罪障皆遠離することを得」(金剛頂瑜伽中略出念誦經卷第一「於此金剛界大壇場。説引入金剛弟子法。其中且入壇者。爲盡一切衆生界。救護利樂。作最上所成事故。於此大壇場。應入者不應簡擇器非器。所以者何。世尊或有衆生造大罪者。是等見此金剛界大壇場已。及有入者。一切罪障皆得遠離」)と。

次に受明灌頂又は学法灌頂とも名つ゛け又は許可灌頂とも名つ゛く。是れ亦、道俗に通ずと雖も而も自戒清浄信心堅固の機を選びて之を引入して具に三密修行の法理を授くるなり。

伝法灌頂といふは、出家の弟子の中、上根勝慧にして内外の徳を備へ又よく諸尊の三密に精塾せる人を選びてこれを引入し両部最極の大事を授け伝灯阿闍梨の職位を継がしむるなり。恵果和上の云は「一尊一契は証道の径路、一字一句は入仏の父母なるものなり。汝ら之を勉めよ勉めよ」(大師の性霊集「大唐神都青龍寺故三朝の国師灌頂の阿闍梨恵果和尚の碑」にあり)と。およそ我宗所伝の入壇灌頂の法はその源、法身大毘盧遮那如来の自性法界宮に在して金剛薩埵これを授けたまひしに始まり、次には金剛薩埵南天の鉄塔に在して是を龍猛菩薩に授けたまひ、この如くにして八祖嫡嫡相承し乃至末代の今日まで師資相承して毫もその遺風を失わず。我らが今、阿闍梨より授けらるところの灌頂は彼の法身如来始めて金剛薩埵に授けたまひし灌頂と更に以て異ならざるなり。往者龍猛・龍智等の祖師在世の日は西天において此の道盛んに行はれたること言を待たず。金剛智・不空等の三蔵始めて来唐して高く真言の法灯を樹つるに及びて玄宗・粛宗・代宗の三朝の天子相次いで入壇せられ宮中には神竜精舎を建てて灌頂院となし国内にも所所にこの道場を設け給へり。この故に上公卿より下万姓に至るまで渇仰尊重して競ひてこの法雨に浴したりき。わが国には大同年中高祖大師ご帰朝の後此の道おおいに興り弘仁十三年平城太上天皇大師を師として入壇あらせられしを初めとし歴代の皇室金枝玉葉相次いで入壇あらせられし方々数百人に達セリ。また大師の上足の弟子、実慧大徳は大師の遺命に則り承和十一年十一月上奏して勅許を受け末寺において春秋二季の結縁灌頂の恒例を開き給へりより以来、特にこの結縁灌頂は在在所所の本末寺院に於いて広く行われることとなれり。総じて結縁灌頂には古往今来不思議霊験これ多し。第六祖不空三蔵、天宝十二年に将軍哥舒翰(哥舒翰かじょ かん、 生年不詳 - 至徳2載(757年))は突厥系出身の唐の将軍。吐蕃との戦いで活躍したが、安史の乱で敗北し、捕らえられ殺害された。)の請に応じ武威陵においてこれを行じ給ふに入壇するものその華却って高く上がりて天蓋につき恰も蜂の巣の如くなりしといふ。また我が国においても中古法相宗の碩学子島の真興僧都(しんぎょう、平安時代中期の法相・真言宗の僧。子島僧都とも称される。東密子島流を開いた。一条天皇の病気平癒を祈願し、子島寺両界曼荼羅図を賜った)軽慢の心をもって試みに入壇し香象を越えんとするに忽ちに執金剛神に投げ倒され、ここにおいて大いに迷を醒まして真言に帰入せり。また近くは東京霊雲寺の開山浄厳和尚、讃岐に於いて結縁灌頂を行じ給ひしときも種々の奇特のことありて諸人皆信心を倍増せりといふ。さればわが宗門の道俗にして未だ入壇せざるものあらば是れ未だ真言の法流を汲むべきものといふべからず、高祖大師の末徒と称すべからず。このゆえに既灌頂の者は信心倍増のためにしばしば入壇すべく、未灌頂の者は悔悟の心をおこして速やかに入壇すべし。結縁灌頂のごときは大日如来平等大悲願力の所説なれば更に宗派の如何を問わず老若男女を択ばざるがゆえに皆ともに競ひて入壇し如来の神力にすがり奉りて現当二世の大利を獲得すべし。

 

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