福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

四国八十八所の霊験・・・その46

2018-11-15 | 四国八十八所の霊験
明治以前の日本は神仏一体で神社仏閣が同じ敷地にたち、森は神聖なものとして保護されていたのを新政府の役人が神仏分離や神社合祀で大量破壊していったのです。廃仏毀釈では四国88所の仏様や合祀しているご神体も谷に投げ出されたりしています。この神仏一体性を再建しなければ日本の基礎は固まりません。私は明治以降日本に降りかかった相次ぐ国難はこの神仏一体性を崩壊させたことによる神罰と見ています。さいわい東日本大震災後、関西で神仏霊場会ができ神仏一体の動きが出てきつつあることに希望を見出してはいますが・・四国八十八所ももともと神仏一体の霊場であったことは頼富本宏「四国遍路とはなにか」でよく書かれています。八十八所も熊野信仰の影響が大きいということです。


明治維新の指導者のように愚かな為政者はとりかえしのつかないことをしますが狂愚の徒と化した国民も蛮行に嬉々として追随することがあるのが日本歴史の負の一面です。この日本人の愚かさをなんとかしなければ亡んでしまいます。古来聖徳太子が「世間虚仮、唯佛是真」とおっしゃり、大師を始め多くの聖人たちが仏法を説かれてきたのは愚かさによりハーメルンの笛吹き男(最近では財界や経済官僚等の拝金主義者がこれ)についていき集団自殺した鼠のように自己破滅につきすすむ日本人を何とかして絶滅から救ってやりたいとの一心であったのだろうと思います。

2回目はホテルを19年1月1日6時にでました。お正月ですがホテルの人はビジネスライクです。新年の挨拶をするわけでもありません。暗い中ホテルを出て、地図をヘッドライトで見ながら歩きます。
62番宝珠寺63番吉祥寺を先におまいりしてその後61番香園寺に泊まり、山の遍路道を60番横峰寺にむけて登る計画をたてていました。 かなり歩いて、61番手前の中山大橋手前まで来ました。1回目のときはここで路が二手に分かれていて迷っていると観光バスの運転手さんがわざわざバスをとめて右手の道を指差しておしえてくれたことを思い出します。遍路装束なのでベテラン運転手さんには次はどこに行こうとしているかすぐ分かるのです
そのうち東の山から出る初日の出を拝めました。
国道196号の途中には駝鳥が飼われていてこちらを不思議そうに見ていました。「お正月から白装束で遍路とはどういう人かな・・」などとと思ってみていたのかもしれません。こちらも遍路道で正月に駝鳥にあうとは不思議な感じでした。「七面鳥でなくてよかったね、クリスマスを無事切り抜けられて」と思いつつ駝鳥の写真をとりました。
(その後はこのコースはほとんど62番61番60番64番と廻ることが多くなりました)
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